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天元魔術師と白詰草 ~孤独な最底辺魔術師、訳あり無気力剣士と大森林の異変に挑む~  作者: 藍川葵
プロローグ

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血の匂いと銀貨二十枚

 血の匂いが喉の奥に貼りついている。

 乾いた鉄と、ぬるく腐りかけた肉の匂いが混ざり合い、息をするたびに体内を蝕む。

 それが自分のものか、他人のものかは、もう判別できなかった。


 陽が沈みかけている。

 空は焼けたように濁り、雲の縁がどす黒く滲んでいた。地面にも同じ色が広がっている。

 街道に転がる死体の数を、数える気力はとうに失せていた。


 グレンは仰向けに倒れたまま、空を見上げていた。

 右腕は重りのように沈み、指先すら動かない。左脚はどこまでが自分のものなのか、境界すら曖昧だった。痛みはある。だが、どこが痛いのかもわからない。

 呼吸のたびに胸の奥が軋み、喉に地の味がせり上がる。


 ――近くで、何かが擦れる音がした。

 視界の端に人影がかかる。

 生き残ったもう一人の男、シャムロック。

 若草色の髪は血を吸い、夕陽を浴びて鈍く濁り、元の色を失っている。

 彼は無言のまま自分の肩からマントを外し、グレンの上にかけた。そのまま、隣に腰を下ろす。

 肩口から血が滴り、地面に落ちて、ぬかるんだ音を立てた。


「……おわった、のか」


 声は掠れていた。喉の奥で引っかかり、他人のもののように聞こえる。

 シャムロックは答えなかった。

 代わりに、マントの端を引き寄せ、グレンの首元に押し当てる。血のにじんだ布が、わずかに温かい。


「大丈夫だ」


 低く、短い声だった。

 怒りにも、疲労にも聞こえる。だが、そのどちらとも断言できない。


「俺がついてる」


 数日前、この男はただの他人だった。

 名前すら知らなかった。


 銀貨二十枚。その程度の価値で結ばれたはずの縁が、今はやけに重かった。

 それがすべての始まりだった。

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