二人で道を塞ぐ
夕焼けが西の空をどろりとした真紅に染め上げていた。沈みかけた陽が放つ熱はまだ大地に残り、乾いた風が頬を撫でるたびに土埃の匂いが鼻腔に入り込む。
ゴラン隊商はその中を、軋む車輪の悲鳴を引きずりながら必死に進んでいた。
遠く、水平線の上に街の尖塔が霞のように浮かび上がる。しかしそこまでの距離は、目に見える以上に遠く、喉の奥に焦りが引っかかる。
街道の曲がりを抜けると、視界が開けた。丘陵が途切れ、平坦な草原が広がっている。
だが、前方にも後方にも、他の隊商の姿はなかった。
朝のうちに追い抜いていった馬車はとうに先へ行っている。
幌の上で警戒していたグレンの目が、違和感を捉えた。
はるか後方、地平線から迫るように黒い起伏が蠢き、乾いた砂塵がうねりながら天へと巻き上がる。無数の松明が闇に瞬き、赤い光が星屑のように揺らめいていた。焦げた油の匂いと煙の気配が、風に乗ってかすかに届く。
「来たぞ!」
硬く張り詰めた声が零れた。
「やっぱり本隊がいたか……」
シャムロックが剣の柄に手を添え、緑髪の隙間から細めた眼で後方を見据える。夕焼けの赤を受けたその瞳は冷たく光り、獲物を前にした獣のように静かな殺気を帯びていた。疲労の色はなく、むしろ血が巡る音が内側から高まっているような気配がある。
「数はわかるか」
「見える限りで……三十、いや四十か」
「ずいぶんと豪勢な出迎えだ」
積荷満載の馬車と、奪うために身軽な盗賊たち。機動力の差は歴然だった。みるみるうちに距離が縮まっていく。
「ふん」
グレンは短く鼻を鳴らすと、杖を強く握り高々と掲げた。杖先に集まる魔力が、空気をじわりと熱しながら淡い紅色の光を帯びていく。周囲の空気がわずかに震え、肌に微細な圧が触れる。上空に赤い光粒が無数に生まれ、宙に浮かんでは微かに弾けるような音を立てる。それらは朝露のように散りながら互いに引き寄せられ、やがて一つに溶け合い、巨大な火球へと膨れ上がった。夕焼けと見紛うほどの赤が空に広がり、熱が頬を刺す。御者台のゴランは思わず息を呑み、喉がひくりと鳴る。
一拍の静寂の後、火球は内側から弾けるように砕け散った。幾千もの火の矢が、焼けつく風を引き連れて流星のように降り注ぐ。轟音が空気を叩きつけ、大地が低く震えた。遠くから絶叫が届く。
「ぎゃあああっ!?」
「熱いっ! 火が……火があぁ!」
火花が弾け、煙が立ち昇り、炎に包まれた盗賊たちが地面を転げ回る。焦げた布と肉の匂いが断続的に風に乗って流れてきた。視界の端で、五人以上の盗賊が炎に呑まれ、もがき苦しむ。恐慌した馬が甲高く嘶き、蹄が地面を叩きつける乾いた音が乱雑に響いた。隊列は瞬く間に崩れ、混乱が波のように広がる。
「いいぞ。あれならかなりの足止めになる」
シャムロックがわずかに口角を上げ、腰を浮かせる。呼吸は深く、一定で、胸の内に揺らぎはない。視線はすでに戦場の奥を見据え、次の一手を測っている。
「それじゃあ、そろそろ行くとするか」
馬車が激しく揺れる中、シャムロックはためらいなく御者台から跳び降りた。足が地面に触れる瞬間、砂利が弾けて小さく音を立てる。夕風が緑髪をさらりと撫で、汗の匂いと土の匂いが混ざり合った空気を運んだ。
「ほっ」
グレンもまた幌の上から静かに身を躍らせる。落下の寸前、足元に展開された魔力障壁が薄く光り、着地の衝撃を吸い取った。足裏に伝わるのは柔らかな反発だけで、骨に響くような衝撃はない。
「おい……本当にここで降りるのか?」
ゴランが慌てて振り返る。背後からはすでに、盗賊たちの怒号や喚き声が風にちぎれて届き始めている。馬車の中ではエレナが震える手で布切れを握りしめ、その指が白く強張っていた。並走する従者たちは不安げに視線を交わし、喉を鳴らす。
「ああ。ここで時間を稼いでおく」
シャムロックは剣を抜き放ち、肩に担ぐように構えた。刃が夕焼けを反射し、赤い光を鈍く返す。その動きは流れるように滑らかで、無駄な力みが一切ない。彼は一瞬だけゴランを見つめ、努めて平静な声で言った。
「街に着いたら応援を頼む。できるだけ早くな」
ひらひらと手を振る仕草は軽い。しかしその瞳の奥には、微塵も揺るがない意志が静かに燃えている。
「そんな……簡単に……!」
ゴランの言葉は途中で詰まり、喉に絡まる。エレナが必死にその袖を引き、震える息を押し殺した。ゴランは拳を握りしめ、顔を歪める。やがて歯を食いしばり、観念したように鞭を振り下ろした。
「……頼むぞ!」
乾いた鞭の音が夕闇に鋭く響き、三台の馬車は土煙を巻き上げて一気に加速する。車輪が地面を噛み、振動が遠ざかっていく。シャムロックとグレンは振り返ることなく、その背を見送る気配すら見せずに戦闘態勢へと移った。風が二人の背を押し、衣服をはためかせる。
「さてと。大口叩いたからには働かんとな」
シャムロックが腰を落とし、軽く膝を曲げた。髪が風に揺れ、琥珀の眼が獲物を捉える獣のように細まった。全身から滲み出る闘気が、空気をわずかに重くする。
「一人も通さん。絶対にだ」
グレンもまた杖を構え直す。指先に伝わる木の感触がやけに鮮明だった。灰青色の瞳に宿るのは、誇りではなく、背負うべき責任の重みである。もし一人でも突破を許せば、逃げていくゴランたちに牙が届く。その未来を想像した瞬間、喉の奥が冷たく締まった。彼は呼吸を整え、迫り来る気配へと意識を研ぎ澄ませた。




