屋敷の獣
夢の中で、空気はいつも重かった。
少年少女を脅かすものは、侯爵の実験だけではない。
屋敷の奥に棲む“獣”がいた。
鎧が擦れる音。重い足音。
それだけで、誰が来たか分かった。
「今日の獲物はどれにするかなぁ」
入口で仁王立ちになり、怯える子供たちを舐め回すように見渡す。
殺すな、という命令だけは守る。
だからこそ、死なない程度に壊す。
「おい、そこの黒髪」
名指しされた瞬間、周囲が一斉に後ずさった。
身体が固まり、衝撃が視界を白く塗り潰す。
壁。蹴り。鈍い音。骨が軋む。
「なんだ。こんなもんか」
興味を失ったように、次の標的へ向かう。
泣き叫ぶ少女の髪を掴み、軽々と持ち上げた。
「やめろ……!」
声にならない。
立ち上がろうとした瞬間、重い爪先が肋骨を打ち抜いた。
床に伏した視界の端で、少女が奥へ引きずられていく。
遠ざかる足音。途切れない悲鳴。
助けられない。何もできない。
あの男の顔だけが、いつも暗闇の中で笑っていた。
◆ ◆ ◆
シャムロックは動かない。だが眠ってもいなかった。
浅い呼吸。歯ぎしり。跳ねるような動き。
これは普通の悪夢じゃない。
知っている。
この呼吸を、前にも聞いたことがある。
助けを求めているのに、声が出ない人間の音だ。
(……またか)
放っておくべきだ。
自分はゴランに雇われた護衛で、それ以上でも以下でもない。
(クソ……)
結局、起こすことはしない。
シャムロックは目を閉じる。
これ以上、手を伸ばしたくならないように。




