第98話:現れる大木
輝く魔術陣が光を増しながら突如として回転し始める。一つだと思っていた物が二つ分かり、そのまま三つへと増えて、重なったまま回り続けた。
それぞれの魔術陣から黒い蛇の様な渦が姿を見せ、細いひもが合わさってロープになる様に互いに巻き付きながら、三つの頭らしき部分をもつ一つになっていく。
「蛇は嫌かな」
後ろの魔術陣が広がったと同時に、飛び出ていた三つ頭の蛇が私目掛けて――真っすぐに伸びた見えない棒を這うみたいにして、空中を突き進んで来る。
周囲に黒い毒の様なものを撒き散らし、触れてもいない地面を削り取っていた。
右手を伸ばしていた私は魔術陣を作り始める。
描かれている刻印を切る縦線が入った長方形の魔術陣が前面に現れ、その四方にある角を起点として円形の魔術陣が追加されていく。
速度を落とす事なく迫る攻撃。
それだけを捉えながら、私は足りていない魔力を注いだ。
「万象拒みし異端の祖が開く・境間の――扉」
現れていた五つの陣を後ろから包込むかの様に円形の大きな魔術陣が現れ、迫った攻撃に対して四角い魔術陣が切れ目から分かれ後ろに開いた。
「――転移応報」
飛び込んで来た攻撃がまるで吸い込まれるかの様に入り込み、抜け出そうとしたのか、頭部が飲み込まれた時点で暴れながら全てが飲み込まれてしまう。
そして放った筈の攻撃は、
魔物の体から――空に向かって現れていた。
放たれた魔術が空中で元の一つ一つに分かれ、遥か上空で霧散する。
放たれた魔術を、放った存在の中心に送り返す魔術。
人に対して使えば、大抵の場合は無惨に死んでしまう。
なのに、目の前に居る魔物は生きていた。
人の形を僅かに保っていた上部は殆ど形を留めておらず、細い手足だけが歪に残っている。けれど、倒れる気配はないどころか、黒い体が元に戻ろうとし始めていた。
「やっぱり、死なないよね……」
気づけば、ノエルさん達が屋敷から離れ始めているのを感知する。
これで最悪倒せなくても良いけど、ただ諦めて放置するには余りにも危険過ぎる。
私はゆっくりと魔物に向かって歩き出した。
上手く行くかも分からない。
だからって、何もしない理由にはならかった。
――体が元に戻り、私を狙って魔術を使おうとしたのか、魔物が手を伸ばそうとする。
「これ、受け取って」
そこに向かって私は、懐から取り出した木札を魔物に向かって放り投げていた。
影の魔物がそれを受け取るのかは大して関係ない。
魔力をただ周囲に放出しているのなら、それで良かった。
木札が宙を舞って近づき、反応した影の魔物が自然と手を伸ばす。
触れる直前から木札に魔力が注がれ、意図した形に植物が生み出される。木札を中心にして周囲に広がった枝が、まるで魔物を守る形で周囲をぐるりと囲い、地上にも根を生やしてしまう。
――本来であれば、私の意図した形はここで終わりだ。
使用者を守る、即席の壁。
けれど、それ以上の魔力を注ぎ続けるのなら――成長は止まらない。
魔力を注ぎ続けられた木札から枝が生え始め、あっという間に森にある木と同じ大きさになってしまう。そこで止まらず、更に膨大な魔力が注がれ、どこまでも木が成長し始めた。
近くにある屋敷の高さを軽く超え、
地下空間で見た木と変わらない姿へ近づいていく。
「魔力を遮断出来たら、違ったのにね」
魔物であっても体の内側に魔力を留める事は出来る。
ただしそれは、体を構築している血肉がある種族のみだ。
レイス系の様に、魔力そのもので体を保っている種族にとっては不可能に近い。魔力を抑えるという事は、存在を消せと言っているのと同じなのだから無理というものだ。
やがて、根本の成長が止まり、私は頭上を見上げる。
高く聳え立つ木は地下空間にあった物よりも大きく、帝国からも見えてしまいそうなほど巨大になっていた。
同時に、それだけの魔力を有していた事にもなる。
「魔術で吹き飛ばすのは、無理があったかな……」
自らの攻撃でダメージを負っていたとは言え、そのまま消し飛ばすにはあれ以上の魔力をぶつける必要があるという事になる。
例えそれを行ったとしても、本当に倒せていたかどうか。
「どうにか、しないとな」
周囲が少しずつ明るくなる中で広い範囲が影となっている大木に近づき、木の根本に残っている木札に手を伸ばした。魔力を当てながら木札だけを切り離すと、巨大な大木だけがその場に残ってくれる。
「でも暫くは、これで良いかな」
手にした木札を見つつ、私はノエルさん達の魔力を探し始めた。
さっきよりも街の中心から離れて行く人達の反応。
それを捉えた私が、転移しようとした時だった――。
「随分と魔力の多い個体だな。本当に人間か?」
見下したかの様な冷たい声。そして辺りに冷気が纏わりついたのかと錯覚すらしてしまう。正確に言えば、声を発した存在によって既に周囲が魔力で満たされてしまっている。
「誰……?」
振り向きながら声を発すると喉が凍る様な感覚に襲われ、それ以上は大きな声も出さないまま、私は声のした方向に身体を向けた。
肩留めされた黒いマントに、血の気を感じない白い肌と長い白髪。その靡く長い髪で見え隠れしていた尖った耳を目にするも、直ぐに見下すような赤い瞳に視線が吸い寄せられてしまう。
どこか近寄り難かく、人と思えなかったからだろうか。
無意識に逃げようとする身体に反応して、体内の魔力が乱れてしまう。
背が高く、整った顔つきをした男性。
そんな相手が、突き刺す様な鋭い視線を向けててくる。
「誰とは、いささか不十分な聞き方をする」
冷たい声と共に向こうが動き始め、
手を不自然に動かしながら――近づいて来た。




