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第96話:黒い影の魔物


 ルイスさん達やアレクシスさんが動き始める中、ノエルさんだけが少し残っていた。

 心配そうに私の方を見ている。


「クローディア。君も脱出できるんだよね?」


「どうしたんですかノエルさん。そんなの当たり前じゃないですか」


 私からノエルさんの方に近づくと、ノエルさんの表情が少しだけ和らいだ。


「僕たちの誰かが、地下通路を先導しないといけない」


「知ってますよ。ルイスさんと一緒に、お願いしますね」


「伝令役だけでも、残そうか?」


「そんな人員居ないじゃないですか。避難する人の方が多いんですよ。アレクシアさんだって、地下通路を突っ走ってもらわないといけませんからね」


 どれぐらい広いのかも分からないけど、

 もし道中で魔物と遭遇したりしたら大変だ。


 私が居ない分、アレクシアさんには頑張ってもらわないと。


「だから、大丈夫です。それに、私一人の方が、いざとなったら逃げられますから」


 障壁が部分的にでも消えた今なら、一人で転移出来る。

 でも、近くに誰かが居たらそれすらも厳しい。


「でも。そんなに心配なら、魔力を付けてて良いですか?」


「良いけど、何に使うの?」


「私が緊急脱出する時に、無差別に湧き出て来るだけですよ」


「だけって……なかなか、凄い事を言ってると思うよ」


「勿論、私が分身して出てくるとかじゃ、ないですからね」


「それはそれで、面白そうだけどね」


 ノエルさんが笑ったまま手を前に出したので、私も握りこぶしを前に出した。


「それと……その時の体勢で飛ぶので、蹴り飛ばしちゃったら……すみません」


 こればっかりは私には分からない。

 最悪、転移と同時に顔を蹴り飛ばす可能性だって残されている。


 けど、ノエルさんは、


「そういう事なら任せて。しっかりと受け止めるから」


 迷うことなくそう言ってくれた。


「お願いしますね」


 前に出した私の拳に、ノエルさんの柔らかく芯のある拳が正面から触れ合う。そこに私は魔力を乗せ、転移用の座標として魔力を残す。 


 指の皮膚が触れ、何も話さない時間。


 二秒か、それ以上か。


 経ったそれだけの時間で手を離し、互いにやるべき事に戻った。


 ノエルさんが走り出して、皆の所へ向かい。


 私は――身体を回転させると同時に、魔力を操った。



 壊れかけていた壁に、更に土を覆いかぶせる。けれど、先程よりも強く放たれてしまった攻撃がそれを意図も容易く吹き飛ばしていた。


「ちょっとは、待っててくらたのかな」


 土煙に視界が妨げられる中、

 更に奥の方で光る魔術陣を目にする。


 それに対して私は、ただ土の壁を作り更にそれを氷で覆った。

 飛来した魔術が氷とぶつかり、今度は辺りに氷と蒸気を吹き飛ばしてしまう。


 少し視界を横に逸らせば、障壁に体当たりする無数の魔物達。


 魔術だけに対応していれば良い訳でもなく、私はふと空を見上げる。


 ――朝焼けが始まった空は、夕陽よりも薄く綺麗に赤みを帯びている気がした。そんな空の下で、構築された障壁が更に砕け、欠片の様に下へと下がって来ている。


 攻撃魔術を止めていても、この速度で壊されたら意味がない。


 一瞬だけ後ろを見ると、遠ざかってはいるものの街の人を捉える。


「あと、五分は欲しいかな……」


 それだけあれば、ノエルさん達が地下通路に誘導してくれる筈だ。


 五分だけ持ちこたえてくれるなら。

 そう考えたら私は、見えない範囲に居るであろう魔物の事は気にせず、視界の端までで捉えられる魔物に対して狙いを定めた。


「結局、力技が一番なんだよね」


 右手を左に流すと、視界の左端で氷の塊が空中に形成される。そして次々に正方形の形をした氷の塊が作られ始めるも、私が右に向かって手をゆっくり動かすと同時に、氷の塊が地上に向かって落下した。


 落ちた氷の塊が魔物を押しつぶし、障壁に沿ってそのまま壁となる。

 それが左端から、右端まで何十回と繰り返され、辺り一面が一瞬にして氷で塞がれていた。



 ――けれど、

 飛来した炎の槍によって、私の正面だけは直ぐに氷が弾け飛び、黒い影の魔物を視認する。


 恐ろしく近く。

 気づけば、障壁に魔物の体が触れてしまいそうな距離だった。


「だからいったい、あんたは何なのよ――」


 自我や知性らしいものは感じられず、魔人とも思えない。

 それなのに、ただの魔物にしては余りにも魔力の総量が異常だった。


 咄嗟に落とした岩の塊が魔物を巻き込んだまま地面に落ち、地面を砕きながら振動を広げる。


「……嘘でしょ」


 落ちた岩が砕けるのでもなく、トトコッタみたいに消されるとも少し違った。


 魔物に触れていたであろう岩が不自然に膨らんだと思えば、まるでただの魔力に戻ったかの様に消えてしまい、中から出て来た魔物が障壁に向かって行く。


 そして――魔物の細長い手が障壁に伸び、触れると共に私は上を向いた。

 障壁が物凄い速度で消え始め、上部からだんだんと無くなっている。


「魔力も吸い取るって、それは駄目なしでしょ――」


 顔を下げ、目の前の魔物に狙いを定めた私が、黒い魔物を包み込んだ状態で水を生み出そうとする。しかし、生み出した水の塊は魔物の頭上で現れそのまま下に落ちも魔物に近づいた水が蒸発し、触れなかった水だけが地面に広がっていた。


 ――魔物が障壁越しに私達を攻撃しようとして、陣が入らなかったのとは訳が違う。

 今起きた現象は、常に高密度の魔力を体の周囲に放出してる時と同じだ。


 そんな魔物が、今度は魔力を障壁が奪い取っている。


 一つ分かる事があるとすれば、このまま奪われていたら五分も経たずに障壁が消し飛んでしまう。けれど、屋敷付近に人が残っている今の状況で、私に出来る事は殆ど残されてはいなかった。


「いったい……どれだけ膨れ上がる気なのよ」



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