第95話:崩れ落ちる障壁
「手から火が、火がぼぁああって出て、お姉ちゃん! 手から――」
「見てたわよ! ビックリして死ぬかと思ったんだからね!」
障壁内に入ったマルレーネちゃんとマルレーンくんが向かい合っていると、近くにいたライジャさんが二人に怒鳴り始めた。
「てめぇら、ふざんけじゃね! 何、魔物に殺されそうになってんだ! 自分の身も守れやしないのに、余計な事してんじゃねぇぞ!」
間髪入れずに口を開き、それを見ていたエルヴィスさんが咄嗟に割って入る。
「ライジャ、落ち着かんか。子供にそう怒鳴るものではない」
「うるせぇ! 俺はこいつらに言ってるんだ!」
落ち着かせようとするも上手くいかないので、勢いで何があったか話してもらう。
どうやら、魔物が街に入って来たのにマルレーネちゃんとマルレーンくんの二人は、家から出ようとしないライジャさんの元に行って一緒に屋敷に行こうとしていたらしい。
それが幸をなしてライジャさんも助かったのだから、怒るべきであっても強くは怒れない分、ライジャさんが怒ってくれた方が……少しは良いというものだ。
その代わり、
ライジャさんを怒るのは、他の人達なのだが。
騒ぎを知って近づいて来たコリンさんが、問答無用でライジャさんに迫る。
「そもそもライジャ、お前が酒なんか飲まずに避難していたら、二人は危険な目に遭わなかった話じゃないか! いったい今の今まで何をしてたんだ!」
問い詰めるその距離は、頭突きをすれば直ぐにぶつかってしまいそうな程だ。
「お前には関係ねぇだろ! そもそも、家を捨てて逃げる方がどうかしてんだよッ」
「皆だって、好きで家を捨てた訳じゃない! でも助かる為には仕方ないじゃないか! 皆で生き残るためには――」
「生き残る? はっ、ふざけてんじゃねぇぞ。どうせコアも外せねぇんじゃこの狭い場所から出られねぇじゃねえか。それにだ、仮に出られたとしてもあの魔物どもをどうやって追い払うって言うんだッ!」
ライジャさんが障壁の外に集まり始めた魔物を指さして叫ぶ中。
ルイスさんが横から姿を見せる。
「それを今から考えろと言っている。お前は向こうで大人しくしてるか、少ない知恵を貸すんだな」
「何だと、このガキ――」
ルイスさんだと知らずにガキと言ってしまった後に気づいたのか、それとも手にしてるコアを見て黙ったのか、ライジャさんが口を開けたまま固まってしまう。
「お前……それは……」
「コアだが?」
誰も驚いてくれず、ようやくまともな反応が見られてルイスさんが少し満足そうだった。でなければ、ガキと言われた時点で、ライジャさんの命が危なかったのは間違いない。
「貴様の言う通り、じきに障壁が解けてもこの人数を魔物と戦いながら移動させるのは不可能だ。籠城したとしてもジリ貧だしな」
「そうですね。助けは来ない様に命じてありますから、我々だけでどうにかしなくてはいけません」
テレンスさんが横から救助が来ない事を肯定し、ルイスさんが私達の方を見た。
「という訳だが、ここに馬車は呼べるのか?」
急に話を振られ、馬車の事は分からない私が話をブレンダさんかノエルさんに答えてもらおうとすると、近くで成り行きを見ていたノエルさんが何も言わず直ぐに答えてくれる。
「呼ぶ事は可能です。勿論我々第三騎士団が住人の方々を守りますが、実際に行うとなると、守り切るのはまず不可能かと」
「絶対に守るなどと、綺麗事は言わないのだな」
「私とルイス様の仲です。必要ないかと」
二人の間で視線が交わされるも、ルイスさんが面倒そうに鼻で笑った。
「なら他の方法を考えたい所だな。いや、待て……あるじゃないか出口なら」
「ルイスさん、何か思い付いたんですか?」
「あぁそんな所だ。おい貴様、エルヴィスとか言ったな。この屋敷の非常用の地下通路は何処だ。まさか、無いなどとは言わんだろうな」
エルヴィスさんではなく、コリンさんとライジャさんが何故か暗い顔を見せるも、遅れてエルヴィスさんが答えてくれた。
「非常用はありませんが、地下通路ならあります」
「何だ、まずい代物なのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが、地下通路を掘っている時に、崩落で……」
「それは気の毒だったな。だが、今は何もしてられんしかける言葉もない。ここにいる全員で街を出る。それだけだ」
ルイスさんが話す間も外から迫った魔物が障壁を破ろうとするも障壁は破れず、辺りに物凄い衝突音だけが響き渡りる。そして私は、その魔物達の中に居る細い人形の影を見つけた。
私達がこの城塞都市に向かう道中で、逃げて来た魔物だ。
まさかもう――こんな所までたどり着いていただなんて。
大人のコリンさんやライジャさんがその衝撃に驚く中、大きく驚いてそのまま転びそうになっていたマルレーネちゃんとマルレーンくんに声をかける。
「二人とも、もう皆の所に戻ってて。次はもう離れないでね」
「僕たち、ちゃんと街を出られるんだよね?」
マルレーンくんが心配そうに私の方を見ていた。
「大丈夫だから、お菓子のお姉さんに任せて。私も、ロッティくん? に会ってみたいから、街で紹介してね」
「うん、お姉ちゃんみたいに、お菓子くれる人って言う」
そんな紹介のされかたされるんだ……私。
まぁ良いけど。
「それで良いよ、ほら行って」
「うんっ」
そばに居たマルレーネちゃんも静か頷いて、手を繋いだまま二人が走り出してくれる。
「エルヴィスさん。その地下通路は、街のどこに繋がっていますか?」
走って行く二人を見ながらエルヴィスさんに話しかけ、私はそのまま障壁の方へ身体を向けた。
「南側の森に出ます」
「分かりました。それじゃ住人の人を地下通路で避難させてから、馬車で離脱して下さい」
他に選択肢なんてものは思いつかない。
だったらもう、やる事は決まった様なものだ。
「来ます――」
魔物の中に居た黒い影の魔物。
それが細い腕を前に出したと思いきや、障壁の外側に攻撃陣が現れる。
赤い光が放たれ――近くに居た全員がそれを目にした。
障壁の向こう側で巨大な爆発が起こり、先程よりも大きな音を生み出す。そして障壁を何度も衝撃が打ち付け震わせたかと思えば、私達の遥か頭上で何かが割れてしまう。
「障壁が……こんな簡単に……」
エルヴィスさんが上を見上げたまま目を見開き、呆然としている。
屋敷を囲っていた球状の障壁。
その一部が破れ――崩落したのだ。
全てが破られなかったにしても、魔力を消費した事で部分的に解除されたのだろう。まさか障壁がこんな崩れ方をするなんて思ってもいなかったけど、これでようやく私の魔力が外に届いた。
魔術を放った敵は首を傾げ、私達の様子を伺ってくる。
それが障壁が破れなかった事に対してなのか、それとも思っていた位置に魔術が発動出来なかった事なのかはどうでも良い。
一撃で壊れなかった事が救いだ。
手を前にした黒い影の魔物が周囲の空中に魔術陣を生み出し、それを私達に向ける。
良かった気づかれてない。
一部とは言え障壁が壊れて事で、もうこの壁は完全には機能していない。だから、さっきと同じ攻撃を同じ感覚で行われてしまえば、直に私達の足元に陣が作られてしまう。
敵は、まだそれに気づいていない。
魔物が生み出した魔術陣から炎の槍が生まれ、飛来した。
「させない」
だから私も攻撃はせずに障壁の外側で土の壁を作り上げる。敵の放った炎の槍と土の壁がぶつかり、激しい衝撃が土埃と炎を周囲に広げ、私達の視界を大きく妨げてしまう。
けれど、障壁はまだ残っている。
それだけで十分だった。
「此処は私に任せて、街の人達を地下通路にお願いします」
そして私はノエルさん達に後の事を任せ、前に居る魔物だけに意識を向ける。




