第94話:魔力通し
逃げる二人の子供と、追いかける魔物。
その距離は、広がるどころか近づいてしまう。
……私はそれを、ただ見ている事しか出来なかった。
あの魔道具が障壁を通ってるのか、障壁が部分的に避けているのは分からないけど、一度で良いなら魔道具越しに攻撃が届く可能性は残されている。
けど、それだと魔道具が壊れて、結局二人が中に入れなくなってしまう。
「何か、何か、他に何か――」
思考を巡らせる間も、魔物が二人に近づいていた。
そしてマルレーンくんの手を引きながら走っていたマルレーネちゃんが躓き、繋いでいた手を離して、自分だけ倒れ込んでしまう。
「お姉ちゃんっ!」
倒れたマルレーネちゃんよりも前に出たマルレーンくんが、立ち止まって振り返った。
「早く行って! 痛っ――ほらッ」
叫びながら立ち上がったマルレーネちゃんが、マルレーンくんの背中を叩いて先に走らせる。けれど、その後ろで走り出した筈のマルレーネちゃんの動きは余りにも遅かった。
片足を少し引きずっているだけでなく、まるで諦めている様な気さえ感じられる。
「マルレーネちゃん……何してるの! 走ってッ!」
近づいたからなのか、私が大きな声を出したからなのかは分からない。
マルレーネちゃんが私の方を見て、首を横に振った。
「私の方が、速いから」
小さく呟いたマルレーネちゃんが、更にゆっくりと歩き始める。
「何で……」
駄目だよ、そんなの。
走ってよ……。
「お願いだから、走って!」
けれど、マルレーネちゃんが走る事はないまま、後ろから迫った魔物が宙に向かって飛び出してしまう。大人の背丈よりも高く上がった魔物が、鋭い爪を前にしたままマルレーネちゃんに向かう。
「避けてッ!」
マルレーネちゃんが遅れて振り返り、飛びかかって来る魔物を目にした。恐怖を感じながらも動かそうとした身体は思うように動かせず、私達に背を向けたまま小さな身体が座り込んでしまう。
だめ駄目駄目駄目駄目駄目――、
でも障壁を破ったら、ここにいる皆まで助からない。
障壁を破ろうとしていた私の手はルイスさんに掴まれ、
振り払ってでも魔術を使おうとする私を必死に抑えていた。
そんな中で突然――、
「ふざけんじゃねぇええッ!!!!!!!!」
障壁の外から男性の声が聞こえてくる。
「このクソガキがッ! 死んだら目覚めが悪いじゃねぇかよぉおッ!!!!」
酒瓶を振り上げた男性がそのまま魔物に向かって、勢いよく腕を振るった。
魔物の頭に当たった酒瓶は割れ、飛んでいた魔物が地面に落とされる。頭部を打たれたその魔物は、前足で頭を抑えようとしながら地面をのたうち回っている。
「ライジャ――!」
近くに居たエルヴィスさんが名前を口にした。
その人物は、屋敷に向かう私達に付いて来ていた人だった。
けど、そんなのはどうだって良い。
「早くその子を連れて、こっちに!」
今は逃げて――。
「走れライジャ!」
「うっせぇえ! どいつもこいつもギィギぃと、頭に響くだろうがッ――!」
文句を言いながらも走り出したライジャさんがマルレーネちゃんを抱えて、直ぐに障壁へと向かおうとする。しかし、ライジャさんを追って来たのか、叩き落とした魔物よりも大きな獣型の魔物が、四体ほど奥から二人に向かって駆けていた。
このままライジャさんがマルレーネちゃんを抱えてたどり着いたとしても、魔道具が一つしかないんじゃ、どっちかが入っている内に追いつかれてしまう。
もう迷ってられない。
「ゆっくりで大丈夫ですから、これを掴んで下さい」
落ち着かせるような口調で話すエルヴィスさんが、たどり着いたマルレーンくんに魔道具を触れさせ、障壁の中に入れようとしていた。
「待って――!」
私は急いで駆け寄り、マルレーンくんの身体が入りきる前に静止させる。
「マルレーンくん、二人を助けたい?」
「うんっ助けたい!」
勢いよく返事をしたマルレーンくんの手までもが障壁内に入りそうなのを見て、私はその右腕を掴んで止めていた。
「魔術じゃなくて、手がなくなっちゃうかもだけど……良いかな」
「何でも良いから、早く助けてよ! お願いっ!!」
私の言葉をちゃんと聞いているのかすら怪しい。
それでも、私はやるしかなかった。
「じゃ、その手――借りるよ」
障壁からマルレーンくんの右の腕先だけが出ている。
そんな状態で、私は右腕を掴んだまま魔力を流し始めた。
――しっかりとした魔術の起動なんてものは出来ないけど、ただ魔力を流して、出た先で何かしらの状態に変化させるだけなら出来る。
いや、やるしかない。
マルレーンくんの腕が破裂するのも駄目だ。
「おい、何をしている!」
「ルイスさん後にしてください!」
やるんだ、やるんだ。
三人とも助けるんだから。
走って来るライジャさんと、抱えられるマルレーネちゃん。
その後ろから迫る四体の魔物と、遅れて来る一体の魔物を目にした。
「マルレーンくん、手の平を上にッ!」
私の声を聞いて、
マルレーンくんが手の平を真上に向けてくれた。
「ちょっと熱いかもだけど我慢してね、いくよ――」
「うん!」
マルレーンの腕を伝い、私の魔力が障壁の外へ溢れる。
――勢いよく注ぎ込んだ魔力が炎へと変わり、一瞬にして炎の壁が空高くに広がった。
「うぁああぁああああああ火がッ、火が出て――!」
自分の手から火が出てしまったマルレーンくんが叫びだす。
暗がりだった辺りを一瞬にして赤く染め上げるだけでなく、障壁越しにも熱気が伝わってくるかのような感覚すらも受けてしまう。
その突然現れた火の壁を目にしたライジャさんが反射的に足を止めるも、それは魔物だって同じだ。瞬時に魔物が重心を下げたかと思えば、次の瞬間には体の向きを変え――逃げるように走って行く。
掴んでいた小さな腕も無事で、驚いたマルレーンくんが自分で手を動かしたりしている。
私はその様子を見て、安堵していた。
「はぁぁ、良かったぁ……」
これで三人とも助かった。
私が安堵する中、近くにいるルイスさんやノエルさんだけでなく、炎を遠くから目にしてしまった人々の視線が、全て私とマルレーンくんに集まっているのを認識する。
あれ、喜ぶ所なんじゃ……。
子供が助かった事で飛び跳ねるでもなく、
私みたいに安堵するでもない人々の感情が、障壁内に満たされてしまうのだった。
昨日の投稿で、本作の投稿文字数が20万字を超えました。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
引き続き、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。




