第92話:地上へ
私は装置に向かって正座をし、手に木札をもっていた。
一人ではやる事が限られている。
最初の内は静かに動き回って刻印を眺めていたけど、やっぱり動いてるとどうしても物音が経ってしまい、途中からは諦めて木札いじりに時間を使っていた。
「よーし、これでこうして、こうしちゃえば――」
そんな私の背後から突然、声がする。
「クローディア?」
「――ノエルさん!?」
小声で驚きながら振り返ると、魔力が途切れた事で伸びていた枝が消えただの木札に戻った。
「ごめん、何かしてる途中だったかな?」
「いえ、別に大した事はしてませんよ。それよりも、どうしたんですか? まだ時間じゃないと思うんですけど。もしかしなくても……うるさかったりしましたか?」
更に小声で申し訳なさそうに私が聞くと、ノエルさんがそんな事はないと首を横に振ってくれる。
「何だか、休むに休めなくてね。原因は、明らかにあの装置何だけど」
そう言って、中央に置かれたコアをノエルさんが見ていた。
確かに、目で魔力量を見れるのなら、目を瞑っていても普通の人よりは感じてしまうのかもしれない。
あれ……おかしいな。
それってつまりは、
私が近くに居るだけでも辛いのでは……。
気づいてはいけない真実に辿りついてしまい、私は崖から突き落とされた気分だった。
どうしてこう、気づくのが遅れてしまったんだ私は。
余りにも盲目的過ぎる。
「そのノエルさん、日頃より、大変ご迷惑をおかけしているかと思います。すみません」
膝をついたまま身体の向きを変え、両手で木札を胸の前で握りしめながら、私は頭を下げていた。
「クローディアが居て、迷惑だなんて思った事ないから、安心して」
「ノエルさん……」
何て出来た人なんだろう。
私みたいな魔力庫をそばに置いても、嫌な顔一つしない。今考えてみればつまりは、光輝くライトか、湯気みたいに何かが溢れる存在が近くに居るって事だよね?
私なら根を上げているかもしれない。
それでも、生まれながらにして見えていたノエルさんにとってはもう普通の事なのかもしれないけど、それは私には分からない事だ。
「ったく騒がしい奴らだ」
声がしてノエルさんの方を向いていた顔を後ろに振り向かせると、 ルイスさんが壁際に座ったままこちらを見ている。
「もう少し、静かに出来んのか」
「すみません、ルイス伯爵」
「それよりも何だ、団長殿がついに呆けて失礼でもしでかしたか?」
「いえ、まさか」
ノエルさんが間髪入れずに否定してくれた。
「そうですよ、ルイスさん。私がそんな事する訳ないじゃないですか」
「貴族を、川に突き飛ばした奴のセリフじゃないな」
「過去を勝手にねじ曲げないで下さい。あれはルイスさんが楽しそうに自分で飛び込んだんじゃないですか」
「誰が楽しそうにだ! そんな事は断じてない。だいた――ぃ……」
何かを話そうとしていたルイスさんが突然口を閉ざした。
「ルイスさん?」
「どうかされましたか?」
私とノエルさんは立ち上がり、自然とルイスさんの方に近づいていく。そのルイスさん本人は何故か少し首を上に上げて、高い場所を見ていた。
いったい何を見てるのだろうか。
近寄った私とノエルさんが、やがてルイスさんが見ているであろう同じものを視界に収める。
部屋の中央に置かれた装置の上部。
そこに映し出されていた街の外壁だ。
しかし、他が薄青く表示されている中、その場所だけは赤く色を変え、他が整然と綺麗に並ぶ中でーーその箇所だけが崩壊した様に穴が空いている。
そして障壁も、穿たれた様に一部が割れている状態だった。
「いつからだ……いったい、いつからだッ!」
ルイスさんが声を荒げ、私は事実だけを伝える。
「分かりません。少し前に見回った時には、こんな事には――」
「おい、テレンス!起きろ!」
そしてルイスさんが声をかけると、休んでいた筈のテレンスさんは既に立ち上がっていた。
「どうなさいましたか。というのは、必要なさそうですね」
冷静なテレンスさんがルイスさんのそばに来て、そっと装置を見上げる。
「すみません。私がしっかりしてなかったばかりに」
二人に向かって謝罪しようとすると、テレンスさんが手の平を私に向けながら声を発した。
「いえ、クローディアさんの責任ではありませんよ。確かにお言葉に甘えて休ませてはいただきましたが、こんな事態を想定しろと言う方が無理というものです。それに、警報の一つも鳴らないとは、作った方に文句を言いたくなりますね」
いつものように微笑んだままテレンスさんが言い終えると、ルイスさんが話し始める。
「責任の所在などどうでも良い。今すぐ上に戻るぞ、コアを取り外せ。どうせ破られているんだ、最悪壊しても構わん」
「分かりました」
私は、予め決めていた箇所の刻印に衝撃をぶつけた。
辺りに小さな瓦礫が飛び散ると同時にコアを支えていた台座が下がる。手を伸ばしてコアを取り出すと、光っていた障壁が消えた。
「ルイスさんこれ」
「私が持つのか?」
「何今更いってるんですか、帝国に取られるとか言ってたのはルイスさんじゃないですか、良いから持っててください。それと、上に行くならこっちですっ」
ルイスさんにコアを押しつけたまま、転移陣の場所まで背中を押して進める。
「おいっ! 本当に大丈夫なんだろうな!」
「何がですか!」
「この転移だ! それ以外にあるかっ」
「それは、分かりません! ……けど、急ぐ以外に無いじゃないですか」
「ちっ、貴様に任せるからな」
「任せて下さい。これでも、こういうのは二度目ですから」
「おい、一度目の時は大丈夫だったんだろうな!」
ルイスさんが再び問いかけてくるも、私ではなくノエルさんが代わりに答えてくれた。
「大丈夫ですよ。その時も、どうにかなりましたから」
答えたノエルさんの後ろから、いつの間にか目を覚ましていたアレクシアさんが加わる。
「そんな事があったのですね。初耳です」
そしてテレンスさんが入った事で、全員が転移陣の内側に入った。
「それじゃ行きます」
あの時とは違って、描かれているだけの陣。
私はその転移陣に向かって魔力を流し始める。
すると、魔力に反応した転移陣が光り出す。
やがて輝き出したその光が視界を白く染め上げ、私が更に魔力を注いだ時点で身体が転移した。
***
暗がりの中で見える屋敷の扉。
けど、それは黒色というよりは、ほんのりと赤みを帯びている。
「戻れたか」
僅かなルイスさんの安堵は、後ろからの喧騒に消されてしまう。
ルイスさんが振り返り、私達も一斉に後ろを向く。
横に流れる視界の端の空は僅かに暗かった。
けれど、屋敷を見ていた私達が真後ろで目にした光景は、まるで違う。
真っ赤に染まった街が遠くに見え、
屋敷の前に至っては、混乱している人達で溢れかえっている。
私達が昨日来た時とは、全てが――違っていた。




