第91話:魔道部屋
暫くして手足のしびれがなくなり、私は座ったまま部屋の至る所に描かれている刻印に目を向けていた。
魔力が流れる方向を制御するものや、それを一方通行にするもの。
単純にコアを置いて障壁を張ったとしても、本来であればここまでの強度にはならない。
けど、それを可能にしてるのは、この魔力の流れを制御した上で一方通行(入れば出られない )仕組みにする事で、障壁のエネルギーを部分的に集めている。
あれもしたいこれもしたい。という理想は、装置を作る上ではどうしても邪魔になってしまう。
けどこの装置は、起動させた人すら帰さないという形をしてしまっている。
そんなものが弱いはずがない。
内側から簡単に出入り出来る仕組みを、壁に設けなくていいのだから。
それに、屋敷に入る時だって魔道具が必要だった。
エネルギーの全ては、障壁とこの地下空間を作る事に使われている。
あの街の形を模した壁は出力されたものであっても、その下にある木は本物だ。
良く見たら手のひらサイズのどんぐりも付いている。
あの大きな木は、この目の前の木を無理やり大きくして作られたに違いない。でなければ、あんなにも大きな木が地下で育つとも思えなかった。
物質の拡大複製か、凄いな。
私には無理だ。
そして、視界に大きく映る中央の装置。
部屋全体が装置の為に作られているからか存在感しっかりある。
そんな装置の下側に小柄なルイスさんがコアが近づき、コアを外そうとしている。その方法は両手で掴み外そうとしたり、身体の向きを変えたかと思えば足で蹴り飛ばしていた……。
「確かに、コア自体が壊れる事はないだろうけどさ……」
まぁでも、もしかしたら。
なんて事を考えるよりは、ものは試しでやった方が良いのかもしれない。
「私もそろそろ」
壁に手をついたまま立ち上がり、手のひらを握ったり足首を少し回したりして、問題なく動く事を確認した私はゆっくりと装置に近づいて行った。
「ルイスさん、外れそうですか?」
「これのどこがっ、外れそうに思うか?」
感情を乗っけた蹴りが放たれるもびくともせず、片肘を地面に付けたまま寝転がっているルイスさんが下から私の事を不満そうな顔で見上げて来る。
「まぁ、そんなけ蹴っても動かないって事は、別の方法があるって事ですよ」
ルイスさんから視線を外し、座っていては見えなかった部分の刻印を見始めた。
一つ一つが大きく描かれているとは言っても、組み合さっている数が多い。
パズルは小さくても大きくても、数が多ければ難易度は変わらないのと同じで、私からすれば専門外も良い所だ。せめて攻撃系ならともかく、それ以外を目的とした魔道具の刻印ともなれば、見慣れないものの方が割合的に多い。
「なら、その方法を早く探せ。私は休む」
ルイスさんが後は任せたと言わんばかりに離れ、木の扉の近くで座った。
けど、私が動き出すまでは代わりに探していてくれたと思うと、何も言う事はない。
「でも、無理やり外れないなら、後は刻印を崩すぐらいになっちゃうんだよね」
この装置全体の作り方的に、いちいち止め方が用意されてるとは思えなかった。
起動させたらさせたで、終了のさせ方は壊すぐらいなんだろう。
その方が、余計な仕掛けもなく、障壁として更に安定して起動が出来る。
同じ部屋に転移陣らしきものも描かれてはいるが、その刻印は他のものとは一切繋がっておらず、孤立する形で部屋の隅に設けられていた。
だから問題は――どこを壊すかだ。
もちろん、この部屋を吹き飛ばせば装置は止まる。
けど、それじゃ困る。
コアが全体的にエネルギーを供給しているものの、壁自体にも多少はそれが行き渡り保持されている。つまり壊し方さえ間違えなければ、障壁が少しの時間はもつ筈だ。
その間に、皆で門から脱出すれば良い。
ブレンダさんがそっちは上手くやってるだろうからそっちの心配はしてないけど、私達が壊し方を間違えていきなり壁が消えたんじゃ、どうやっても厳しい状況になってしまう。
だから、余り損壊させずに一部だけを……壊したいんだけど……。
もしかしたら……見つけたかもしれない。
コアを地面から離している小さな台座。
それに作用する形で、刻印が一つだけ設けられている。
「この台座、元からじゃなくて、下から持ち上がってるだけじゃん」
この部分を壊せば台座が下がり、
コアの位置がずれるから、ゆっくりと供給が止まる筈。
「ノエルさん、ありました。多分、これを壊せばいけます」
私がそう言うと、ノエルさんが私の方を見てくれるも何か言いたげな表情だった。
「それは良かったよ」
何でだろう……。
私、何かしちゃったこと……あったな。
「大丈夫ですよ! 今度は、転移と違って、壊すだけですから!」
私が急いで否定すると、ノエルさんが苦笑いしたと思ったら普通に小さく笑っていた。
「そんな心配は、してないよ」
「ほんとですか? なら良いんですけど。それで、いつ壊しますか?」
「外は今、深夜頃になります。この地域ですと、陽が登るまでは、後三時間半と言った所でしょうか」
私とノエルさんの近くに来てくれたテレンスさんが、懐中時計を見ながら私達に教えてくれる。
昼頃から屋敷に向かった私達。
あれから迷路を歩いたり、その下で木の化け物と戦ったり、更に下でも移動してと思えばトトコッタ達と戦って休んだりしていて、時間なんて気にしてる余裕はなかった。
「流石に夜に障壁がなくなるのは、不味いですよね」
「出来れば、朝の方が良いかと」
アレクシアさんも近くに来て、意見を言ってくれる。
「そうだね。出来れば、今日と同じぐらいの時間の方が、街の人達も動けるんじゃないかな。共和国側もそれで問題ありませんか?」
「それで問題ありません。ルイス様もお休みになられたみたいですので」
私達が目を向けると、壁際に座っていた筈のルイスさんがすっかりと横になっていた。
「私は殆ど休んでましたから、皆さんで休んで下さい」
「それでは陽が昇ってから、おおよそ一時間後にコアを外し地上を目指すという事で、いかがでしょう」
「分かりました。帝国としては、それで問題ありません」
「かしこまりました。それでは、お言葉に甘えて先に休ませていただきます」
微笑んだテレンスさんが、そっと私達の元を離れて行く。
「クローディア。テレンスさんと何かあったのかい?」
「んっ? いえいえ、何もなかったですよ?」
ノエルさんに聞かれとっさに答えてしまう。
言えない。
楽して運ばれたあげく、ただで飲み物を飲んでいたなんて。
「変な事を聞いてしまったね。すまない」
「いえ、ルイスさん達から金銭を要求されたら第三騎士団が破産してしまいますから。安全に確認しながらやっていくのは良い事ですよ」
テレンスさんも最初の頃は、私をルイスさんの罠にはめようとした人だ。
油断してはいけない。
「それよりも、ノエルさん休んで下さい。アレクシアさんもですよ? 二人とも、私が知ってる限りだと、休んでないじゃないですか」
私と違って動きっぱなしの二人の手で押して、壁際で座ってもらう。
「それを言ったら君も、ちゃんとは休めてない筈なんだけどな」
「良いんですよ私は、少しずつ休んでますから。近接戦で戦える人達はちゃんと休んでて下さい。魔術がまた使えなくなったりしたら、代わりに働いてもらいますから」
「分かりました。では、休ませていただきます」
「そうだね。君も、少しは休んでていいからね」
「はい。そうさせてもらいます」
納得してくれたのか、二人が目を瞑ってそっと壁際に背をあずける。
二人の姿勢は余り崩れておらず、座ってるだけでも何か負けている気がした。
本当に休めてるのかな。
もっと体勢崩してくれても良いのに……。
それにノエルさんの寝顔なんて、見た覚えがないや。
もっとこう、ふにゃふにゃって感じでも良いのに。
休もうとする顔つきまで、しっかりとしていた。
……これはなかなか。
「ぁっ……」
つい屈んで見ていた私は、ノエルさんと真正面で目が合ってしまう。
「そんなに見られてると、流石に休みづらいかな」
そして、何とも言えない雰囲気のまま、
私は――どうにかやり過ごそうとするのでした。




