第88話:閉鎖空間
「もしかして起こしたかな。ごめんね、クローディア」
横になったまま少し首をそらして上を向くと、近くに座るノエルさんの姿が目に入る。
「あれ、ノエルさん……ノエルさんっ――!?」
私が急いで上半身を起こすと、ノエルさんが近くに座っていた。
嫌そうだよ、だって目覚めて直ぐに座ってるのを認識したじゃん。
いやいや、そうじゃなくて。
「……あのいつ頃から……」
「そんな随分と前じゃないから、失礼とか何も気にしなくて良いからね」
「なるほど、随分と前からなんですね。そうですよね、やっぱりそうなんですね……」
ノエルさんが気遣っている事ぐらい直ぐに分かる。
というか、来たなら起こしてくれていいのに。
何、先に寝てんだとか言ってさ。
ノエルさんは絶対に言わないだろけど……。
それにこの感じは、前にもあった気がする。
でも、あの時と比べたら、まだマシかもしれない。
今は戦闘続きで、完全に就寝するつもりで殆どいつもと一緒の筈だ。
慌てて髪を手ですくも、寝癖らしいものはなさそうに思える。
ヤバいあくびがっ――。
「――っ」
明後日の方向を向いてどうにか耐え忍び、口周りに何も付いていない事を手で確かめてから私は、ゆっくりとノエルさんの方を向いていた。
「それでその、ノエルさんはいつから此処に。それにアレクシアさんと、ルイスさんは? ……まさか、何かあってはぐれたんですか!?」
自然と身体が動いてしまうも、ノエルさんが離れた位置から手の素振りで止めてくれる。
「二人とも一緒だよ。今は三人で向こうに居るから、心配いらないよ」
そう言ってノエルさんが、大きな木の幹がある方を一度だけ見ていた。
「そうですか。三人とも無事みたいで、良かったです」
「それはこっちの心配だよ。君が居なくなった時どんなに焦ったか」
近づいて来たノエルさんが私の肩に触れたまま、顔を見合わせてくる。
「本当に、どこも怪我とかはしてないんだね?」
ノエルさんが近くに来て、私は喋る事も出来ないまま、首を何度も縦に動かしていた。
大丈夫ですからっ。
何なら今の方が血が動き回って、ヤバいですよノエルさんっ。
それに寝起きでノエルさんと遭遇すると、目覚めが早すぎる。
いつもはそんなに遅くもないけど、比べるまでもない違いだ。
「聞いた話だと、魔物相手に、随分と無茶な戦いをしたらしいじゃないか」
「えっ……」
テレンスさん。
いったいどう伝えたらそうなるんですか!?
どれの事を言ってるか分かりませんけど、木の化け物との戦闘を言ってるなら、あれはテレンスさんが考案したやり方じゃないですか!!!
色々と言いたい気持ちを抑え、私は苦笑いで逸らせないかと誤魔化そうとする。
「まぁ、そんな事もあったかもしれませんが、無事なので! 大丈夫でしたよ。そんな事を言ったら、ノエルさん達の方は、あの後どうだったんですか?」
「あぁ、こっちはね。問題は、なかったかな」
何か言いづらそうにするノエルさん。
やっぱり、アレクシアさんかルイスさんが怪我でもしてしまったのだろうか。
「そうですか」
でも、ノエルさんがそう言うなら信じるだけだ。
何かあったら、きっと話してくれる。
そう信じるのが、団長として。
近くに居たいと願う者の責務かもしれない。
「いつでも話してくださいね。特に、ルイスさんがやらかした話なら、聞きますよ」
「それは中々、話すのが難しそうな話題だね」
「そうですか? 思い切って公表しちゃえば良いんですよ」
「そしたらきっと、色々と帝国に要求してくるのが、あの人だと思うよ」
「確かに……強敵ですね、ルイスさんは。でもですよ――」
それから私とノエルさんは、どうでも良い話をして、楽しく休んでいた。
こんな事をしてて良いのかとも思ったが、魔力は全快してないのだから仕方がない。
無理をし続けても、良いことがないのは嫌というほど分かっている。
――そして話す内容が自然とうつり変わり、
私とノエルさんは、この広い地下空間を見渡しながら口を開いていた。
「広いようで、狭いですよね。此処は……」
「地中にある事を考えたら、十分広いんじゃないかな?」
「それはそうですけど、だって窮屈じゃないですか。一度入ったら――出られないんですよ」
普通に考えて、そんな場所には入りたくはない。
外からはそう見えていても、閉鎖されている空間というのは、中に入ってからの方が狭く感じてしまうものだ。
「外にある筈の街ですら、壁の外には現状出られないんですから。息苦しいですよ」
だから早く、子供達を出してあげたい。
此処にとどまっていても、未来は遠のいてしまう。
「確かに、君の言う通りかもしれない。僕は見た通りと生み出す工程をばかりを考えて見ていたけど、それ以外の事も考えてしまえば、此処は生きるには狭すぎるよ」
「皆を脱出させる為にも、まずは私達が地上に戻らないといけませんね」
座ったままノエルさんの方を見ると、ノエルさんも私の方を向いてくれる。
「それに、やり遂げないと、お菓子も食べられないみたいだからね」
「私の事なんだと思ってるんですか。大丈夫ですよ、街から出られたら沢山食べますからっ!」
「その時は僕も一緒に食べようかな」
「良いですね。ルイスさんに言って、街で一番美味しいケーキとか教えてもらいましょうよ。きっと知ってる筈ですよ、ルイスさんが知ってなくても、テレンスさんなら確実に知ってます」
「その信頼はどこから……」
「あのルイスさんの事です。きっと普段から、テレンスさんに美味しいものを持って来いとか、無理なんだいを言ってるに違いありませんから」
苦笑いするノエルさんだけど、割と乗り気らしい。
クスクスと静かに笑いながら頬を緩めていた。
「そうと決まれば、やる事は一つです。此処を出ましょう」
そして、私が立ち上がろうと床に手を突いた時だった。
突然周囲が揺れ始め、身体に振動が伝わる。
「これ、どう考えても良くない奴ですよね……」
「恐らくね」
これからという時に、くじかれた気分だった。
仕方ないけど、やる事は変わらない。
「ひとまず、アレクシアさんと、ルイスさん達と合流しましょ――ぅ」
私が起き上がろうとしたタイミングで追い打ちで強い揺れが起こり、体勢を崩された私の身体が倒れ始めてしまう。それを近くで座っていたノエルさんが腕を伸ばし、立ち上がりながら支えてくれる。
「まだ揺れてるから、気をつけて」
背中から優しく押し上げられ、私の身体がゆっくりと立たされる。
「はい。ありがとうございますノエルさん。でも、ノエルさんも頭上には気をつけて下さいよ。枕とかで頭を守ると良いですよ」
空から落ちて来た瓦礫を風で吹き飛ばす。
それを遅れて見たノエルさんが、困った様に返してくれる。
「枕は、今はないかな」
「……まぁ、そんな時もありますよ!」
つい口から出るまま言葉を発した事で、変な感じになってしまう。
けれど、のんびりもしてられず、
私とノエルさんは急いで三人の元へ向かい始めた。




