第87話:トトコッタ茶(どんぐり茶)
「ふぅ……美味しいですね、このお茶は」
近くにあった木を削り、表面を焼いたり磨いたりした簡易的なコップ。
それを持って私は、中に入っている茶の様な飲み物を飲んでいた。
そう――トトコッタ茶である。
少し離れた場所で休もうとしていた私達は、石畳の上でまず私が枝をかき集めてから火を作り、座るのに良さそうな石を運んで設置する。すると、離れていたと思ったテレンスさんが、急にトトコッタの一部と枯れ葉を手にしたまま戻っていた。
それからはトトコッタに付いていた砂埃をテレンスさんが自分で生成した水で洗い落としたり、用意した無骨な石のすり鉢でそれを砕き、枯れ葉すらも合わせて細かくする。それをテレンスさんが容易した薄い石の上に置いて、魔術で起こした火で熱していた。
その後に魔術で器用に浮かせたと思えば空中に作り出した水滴を使い、コーヒーのドリッパーで液体だけを落とす様に、器用に液体だけをコップに落として――今に至る。
途中何かをふりかけていたけど、美味しいからよしとしよう。
「いやぁ、まさかこんな地中で、こんなにも美味しい物が飲めるなんて、思ってもいませんでしたよ」
周囲に魔物の気配はなく、だいぶ減っていた魔力もゆったりとではあるが回復に向かっている。
あれ……もしかしなくても私、テレンスさんの術中にはまってるんじゃ……。
抱えて運ばれるのを拒んだものの、その後は殆ど何もしてない。
にも関わらず、こうして美味しい飲み物が出て来てしまっている。
不味い……非常に不味いと考えるべきだ。
「おかわり……ください」
しかし、乾いていた喉は正直である。
私は二杯目をもらい、僅かに飲んでからコップを置いた。
「テレンスさん、ありがとうございます」
「いえ、お気に召したようで何よりです」
慣れた手つきで自分のも入れ、焚き火を挟んだ状態で私達は静かに腰掛けていた。
枝が焼かれる音が聞こえ、時間がゆっくり流れてくれる。
「ノエルさん達、今頃どうしてるんですかね」
待つとは言ったものの、美味しいご飯を食べられているのか、ちゃんと休めているのかと考えてしまう。
「きっと今頃、皆さんで楽しく走り回っていますよ」
「テレンスさんが言うと、本当にそうなってそうですね」
その楽しくにはきっと、必死という言葉が含まれているだろうけど。
「私達の所に出てきたのが、あの木の化け物とトトコッタですから。上の方でも何か出て来ているんじゃないですか?」
「そうですね。普通に考えるのなら、魔術が有効な魔物が出て来ているかと。だからこそ、魔力量で反応してしまった私達は下に落とされた筈ですので」
「確かに」
こっちの敵は魔術が使えても楽だったかは怪しい。それに比べて、もし仮にアレクシアさんがあの場に居たのなら、一太刀で敵を斬り伏せていただろう。
「でも冷静に考えたら、倒し方は、目の前に示されてたんですよね」
トトコッタは体を浮かせながら移動を行う。
そして、同じ様に岩石を浮かせれば、魔術である私でも倒せた。
だから相手がどう戦っているかを考えれば、倒し方は分かるに違いない。
そうでなければ、この地下迷路は理不尽過ぎる。
もう一口、トトコッタ茶を口にしてから呼吸を整えていると、テレンスさんが口を開いた。
「私の場合は少し違いましたが。それは恐らく、ルイス様も同じかと」
テレンスさんが少しだけ冷たい表情を見せた気がした。
何だったんだろう。
それに、ルイスさんも同じ……?
どういう事だろう。
同じ様に衝撃を伝えるとか、変わった事が出来るって事なのかな。
テレンスさんもだけどそれ以上にルイスさんには何かがある気がして、本人が居ないこの場では聞くべきではないと思い至り、聞き返せずにいた。
「なら、そういうのも含めて、あの三人なら。大丈夫そうですね」
「はい。ですのでこちらは、休息を優先しても問題ないかと思います。それにあの扉も、びくともしませんでしたので、今日これ以上無理をするのは、体力的にもよろしくないかと」
向かって来たトトコッタを倒した私達は一度扉の前に行ったものの、はめ込んだ黒い球体が取れる事もなければ扉が開く事もなく、進展がないのでとりあえず休んでいた。
「そうですね、少しぐらい休憩しますか。魔力も、だいぶ減ってますし」
魔力を大量に渡して敵を倒し、その後の戦闘。
それだけだとしても、魔力を消費する空間での出来事は思ってた以上に消費している。
「それでは、私は周囲を探索してますので、クローディアさんは先に休んでいてください」
「でも、ちょっとやりたい事あるんで、直ぐには寝ないと思うので、先に休んでて良いですよ?」
「いえ、私は問題ありませんので、ご自身のタイミングで、お休みいただいて結構ですよ」
「分かりました。それじゃ、少しして勝手に休んでますね」
「はい。それでは何かあれば、適当に合図していただければ大丈夫ですので」
それだけ言い残し、テレンスさんが私のそばかな離れて行く。
焚き火がある場所で一人残された私。
横になっても直ぐに眠れるとも思えず、私は懐から拾っていた木札を取り出していた。
「さて。ようやくこれと睨めっこできそうだけど」
ただの木札とも思えず、利用方法を考えてみる。
普通に考えれば、魔術刻印をしたりするのが良いんだろうけど。
この場でこれに刻み込むのは流石に厳しい。
「とりあえず、魔力を流してっと」
あの木の化け物は、魔力を得ると同時に成長していた。
だったら、この木札もまた、同じ様に何か変化が起こるかもしれない。
手に握りしめた木札に、私は魔力を流し始めた。
すると、木札の上の方から小さな枝が生え、注いだ分だけ伸びて行く。
「よし、まずは……あれ?」
喜んだ私が、それを観察しようとした途端に伸びていた枝が消えていた。
どこにいったのか。
答えは恐らく、魔力を注ぐの止めたから消えたんだと思う。
「ほいっ」
もう一度魔力を注ぐと、いきなり先程の伸びていた枝が現れる。
一度育った形は元の木札が覚えているのか。
先程よりも、魔力の消費量は少なかった。
「これ、成長させた状態で折ったら、どうなるんだろう……」
気になったらやるだけである。
少し成長させた木の枝を意図的にへし折り、魔力を遮断した。
伸びていた枝が全て消え、再び魔力を注ぐ。
すると瞬時に枝が生え、折れてしまった箇所も元通りに戻っていた。
もう一度枝を折り、そのまま更に魔力を注ぐと枝の修復が行われ始める。
「う~ん。どうにかして、形を変えられたらなぁ~」
木札を握ったまま、その場で私は横になっていた。
これじゃ、ただ無限に伸びるただの枝だ。
膨大な魔力を注いだら、もしかしたらあの怪物みたいなのが私に付き従ってくれるのかもしれないけど、そんな実験をする余裕はない。
簡易的に形を変えられれば、やりようはある。
魔力で伸びる枝なんだから、太陽で伸びる方向とかが決まってる訳じゃないだろうし。
だとすると、いったい何に……。
あれ、でも普通に考えれば魔力になるよね。
それが成長に作用しているのだから、形作る要因になっていてもおかしくはない。
「だったら、ここをこうして。片手で魔力を当てながら……」
木札を左手に持ち替え、私は右手に魔力を纏わせたまま木札から伸びる枝を、魔力の塊で無理やり押しのけていた。
すると、ただ伸びていた枝が、手の魔力を避けるように不自然に曲がりながら育ってくれる。
「やった! 後はこのまま――」
それから私は、横になったまま木札をいじる続けていた。
だから、いつ私が意識が失ったのかは余り覚えていない。
けれど、それから暫くしたのか。
余り時間が過ぎていないのかは分からないものの。
寝ていたと気づいた私が次に耳にしたのは――間違いなくノエルさんの声だった。




