第83話:どんぐりじゃないの!?
――見たことのない巨大な木の幹が遠くに聳え立つ。
幹の直径は、軽く百メートルは超えているであろう大きさだった。
そこから更に上に広がるのは、無数に絡まったであろう枝達。
巨大な空間の三分の一を埋めるほどに円形に広がっていた。その端から不自然に伸びた枝達は、少し伸びた先でまた四方に向かって広がり、元元見えていた天井を全て覆い尽くしている。
大きな木がさっきまでいた私とテレンスさんの足元を作り、更に上に広がっているであろう最初の迷路すらも自らの枝を地面として支えているみたいだ。
今、私とテレンスさんは、その巨大な木の根と同じ高さに居る。
周囲は根らしきものが石畳の地面や土を壊し、元々あったであろう迷路らしき壁も所々で壊していた。更には、大人一人が軽々と包めてしまうであろう巨大な木の葉まで落ちている。
「それじゃ、その……お願いします」
「えぇ、お任せて下さい」
そんな景色が足を動かさずとも、前に向かって進んでいく。
そう、私は今――歩かずして移動しているのだ。
テレンスさんの背中の高い位置で抑えてもらっている。
だから、テレンスさんの頭が少し低い位置に見えていて、肩を掴む腕はどちらかと言えば伸びている状態に近かった。
「ノエルさん達が居そうだったら、おろして下さいよ」
「分かっていますよ。安心して休んでてください」
そうこれは休んでいるのだ。
決して、楽をしている訳ではない。
魔力を多く消費したから、約束通り背負ってもらっている。
正確に言えば、私がテレンスさんの背中に足を固定しているとも言える形だけど。
綺麗に低い位置でおんぶされるのは……流石に無理だった。
いくら疲れてるとは言え、無理なものは無理である。
ここは大人しく、この状態を受けようではないか。
うん、本当に有り難い。
「ありがとうございます、テレンスさん。その……重かったりしたら、言って良いですからね」
「ご心配には及びませんよ。ルイス様に言われて、馬車を曳くのと比べたら、何も担いでいないのと変わりませんから」
「何ですかその、人力車みたいなのは……」
ルイスさんいったい何しちゃってるの。
テレンスさんってもしかしなくて、私達が居ない場所だと酷い扱いを受けてるとか。そうだとしたらどうしよう……知っちゃったからにはノエルさんに報告……でも、他国の問題だから結局は無意味に……。
掴んでいた肩を手でほぐす感じで触っていると、走ったまま一瞬だけ振り返ったテレンスさんが私に聞き返して来る。
「人力車? 何ですかそれは」
「えっと、人が一人とか二人だけ乗って、人間が曳く簡易的な移動方法です」
「そんなものが帝国にはあるんですね」
「あっ……いえいえ、違いますよ!? 帝国じゃなくて――そういうものがあるって、最近屋敷で読んだ本に書かれてたんですよ!」
「それは実に興味深いですね。ルイス様に言ったら、喜んで制作されると思いますよ」
「……それは、遠慮しときます。テレンスさんも、間違っても伝えないでくださいよ? 秘密です」
私がそう伝えると、テレンスさん少し楽しそうに肩を震わせた。
「分かりました。私達だけの秘密という事にしときましょう」
「そうしましょう」
「それと、言い辛いのですが」
「はい? どうかしましたか? やっぱり重たいとか……」
「そうではなく。いつまで肩を揉まれているのかと、気になってしまいます」
「あっ……すみません。つい」
ルイスさんの手によって酷いめに遭ってるのなら、肩周りの筋肉や肌の感触で何か分かるんじゃないかと思ってしまい、殆ど無意識に手が動いていた。
けど、身体が強張って出来る不自然な硬さはなく、寧ろ私を支えている筋力は仕方ないとして、使っていない部分に関しては凄いほどほぐれている。
「良い身体……。いや――別に変な意味じゃないですからね!? ただ乗り心地が良くて、しっかりしてて良いなぁ~って思ってですね!?」
「ルイス様と変わらない、本音が漏れてますよ」
「それは……すみません」
つい誤魔化で言った言葉が本音と言われてしまい、はぐらかせたという安堵以上に――ルイスさんと同じと言われた事で少し複雑な気持ちになってしまう。
***
大きな葉を踏み越え、そこまで足場の良くない場所をテレンスさんが私を乗せたまま突き進み、遠くに見えていた幹が少し近づいたかと思えば、やがて奥側にあった人工物であろう柱が目に入った。
「あの柱、もしかしなくても上に繋がってるんですかね」
他にそれらしい物は見当たらない。
だとすると、石なのかコンクリートなのかも分からないほど遠くに見える柱の中に、ノエルさん達が居るであろう一番上の層に繋がっているに違いない。
「ひとまず、あの場所を目指します。それまで休んでいてください」
「えっ!? だいぶありますよ!?」
「いえ、これぐらい――」
話続けようとしたテレンスさんが口の動きを止め、私達二人は同時に足元に意識を向けた。
踏みつけようとしていた葉が凹み、身体が下がり始める。
嘘でしょ、また下に――。
私がそう思い身体を動かそうとした。けれど、それよりも先にテレンスさんが長い足を横に向かって伸ばし、私を抱えたまま斜めに跳躍していた。
崩れた石畳の上を見て、私達はそっと踏み外した葉の場所に目を向ける。
すると――落ちた葉が急速に枯れ葉となり、中から茶色の丸っこくて動く物が出て来た。
這い出て来た? というよりも浮き上がって来たそれは、丸く先の少し尖った茶色の形をしていて、下側は灰色に近い茶色の皿のようなものが付いているような姿をしていた。
「どんぐり――!?」
私の驚いた声にテレンスさんがゆっくりと反応する。
「どんぐりですか? トトコッタではなくて?」
「トトコッタ? 何ですかそのちょっとだけ強そうな名前は」
訳の分からない単語を言われ、私の方もまた自然と聞き返してしまう。
「あの果実。っと言っても、手のひらにいくつも乗るサイズでの話ですが、あれと同じ形をしている果実の事です」
「なるほど、勉強になります。どんぐりじゃないんですね」
まさか、どんぐりじゃないなんて。
今まで、どんぐりって言ってたのに何であの時は、通じたのかな不思議でならない。
というか森に入ってどんぐりが少し必要だからと集めてたのは、この世界に来たばっかりだったから、そんな些細な事は気にしないで、魔術やら魔道具の事で頭がいっぱいだったけなあの時は。
「それにしても、落とし穴に、実の魔物ですか」
「面倒ですね。無視して構いませんか?」
「はいそれで大丈夫です。それとおります。流石に魔物だけじゃなく、落とし穴もあるんですから、私を抱えたままだといくらテレンスさんでも辛いじゃないですか」
「それには及びませんよ。進みます」
私が止めるよりも先にテレンスさんが動き出し、出て来た魔物を置き去りにする。
先程よりも速く移動が行われ、まるで問題ないから黙って乗ってろと言われてる気分になってしまう。
断じて私がおりたくないとか、そういう話ではない。
そんな素振りや雰囲気を出した覚えもないのだから、テレンスさんにとっては本当に、私一人はカバンを背負っているのと変わらないのだろう。
ルイスさんに感謝というか、なんと言うか……。
やはり私は――少し複雑な気持ちになりながら、先に進んで行く。




