第80話:枯渇場
「あぁぁ、もう最悪なんだから……」
訳も分からず本日二度目の落下。
前にもこんな事があった気がする。
いや、気にしてたって仕方がない。
そんな事を言ったら王国に居た時は……って、此処も一応王国か。
「痛いで済んで、良かったです」
「ん? 声が……」
私がゆっくりと下を向いた。
植物の蔦に抑えられた感触などではなく――何故か、私の真下にテレンスさんが私を抱えたまま下敷きになっている。
「えっと……すみません」
おかしい。
私の記憶だと、テレンスさんは離れた場所に居た。
それがこんなに近いだけでなく、真下に居るとは思いもしない。
「えぇ、大丈夫ですので。そろそろ起き上がれますか?」
一切表情を変えず、テレンスさんが私を見てくる。
「あっ、すみません!」
慌てて退くと、テレンスさんが更に微笑んだ。
あ……これ、やっちゃったやつだ。
「ごめんなさい」
「どうかされました?」
何もなかったと言わんばかりに返してくれる。
けれど、私が退く時に少なからず痛い思いをしているに違いない。
「本当に……すみません」
「いえ、気にせずとも大丈夫ですよ。それよりも、困りましたね。ルイス様と離れてしまいました」
上を見上げると植物の蔦が絡み合ったであろう天井が、ずいぶんと高い所に見えた。
そして私達の足元には、いつからそこにあるのか。
蔦にしては大き過ぎる植物が辺りに広がっている。
終わりがあるのか、どうやって形成されているのかも検討がつかない。
けど、
「普通に考えれば、コアに近づいてるって事ですよね」
「そうかも知れませんし。そうでないかもしれません」
道を探していた私と違って、テレンスさんが少し確かめるように指先を合わせていた。
何をしているのかと思ったが、直ぐに魔力が異常な速度で霧散している事に気がつく。
さっきの場所よりも魔力が奪われる。
まるで乾燥しきった場所に置いた水が、一瞬で蒸発しているみたいだった。
「侵入者の墓場。かもしれませんね」
「さらっと笑顔で言わないでください」
別に笑ってないのかもしれないけど、楽しそうにも見える。
というか、アレクシアさんよりも顔に出ないから……分かりづらい。
近くで見るとそのスラッとした背丈がより分かり、戦う姿勢ではなく執事に近い規律を追求したであろう乱れのない整った立ち振舞。それに魔術が使えるのに、身体も異常なほど鍛え上げられている。
衣服越しには分かりづらかったけど、さっき上に乗っかってたから、降りる時にそれが伝わって来た。
柔らかくも反発して力が入れば、十分に硬い腕や腹周り。
それに比べて……。
私の腕はなんて、細くて味気ないのだろう。
左前腕を右の人差し指で押すと、なんとも言えない弾力が返って来てしまう。
帰ったら筋トレでもしようかな。
でも、むきむきになったりしたらノエルさんに。
「う~ん、どっちに転んでも良くない気がする」
「どうされたんですか?」
「ん!? あっいえいえ、何でもないです。ちょっと独り言と言うか、今後の課題を……」
「そうですね。でもクローディアさんの場合、魔術が使えない空間では仕方ないのではありませんか? その為に、アレクシアさんが居られるのですから」
「そうかもしれません。でも駄目なんですよ、そんなんじゃ。――私は、守りたいと思ったのを全部守りたいので。まぁ、欲張りな気もしますけどね」
「素晴らしいと思いますよ。それを聞くと、貴方が第三騎士団の団長になったのも、自然と納得出来てしまいますからね」
「それって、どういう意味ですか?」
私がそう聞くと胸に手を当てたテレンスさんが、静かにお辞儀をしていた。
「私の口からこれ以上は」
良く分からないけど、ここで困らせても良い事はない。
「そうですか。だったら、知ってる人に聞くしかありませんね」
「はい。そうされるのが、よろしいかと思います」
それに今は他にもやる事が沢山残されている。
ノエルさん達と合流。
それだけでなく、コアの回収もしなきゃ、街の人達を避難させる事も出来やしない。
「その為にも……まずは出ないとですね」
「はい。その通りですね」
笑顔で答えてくれるテレンスさんは、頼もしいようで不安にも思えてしまう。
「そもそも、私とテレンスさんだけって事は、やっぱり魔力に反応してますよね」
他の人も妨害はされていたけど、引きずりこまれはしなかった。
魔力量に応じて、極端に動くのかもしれない。
「良い栄養分という事かもしれませんね」
「やめて下さいよ。すでに魔力はちょっとずつ取られてるんですから、これ以上はただ食いも良いところですよ。お金払ってください、お金。せめて美味しい食べ物ぐらい、出してもらわない」
「美味しい魔物とかですか?」
「良いですね。そんなに強くない、美味しいトカゲとか最近食べましたし、雑食の焼いて美味しい魔物だと尚良しです」
「そうですか。ではあちらなどは、お気に召しそうですか?」
そう言ってテレンスさんが、私の後ろ側に向かって手を傾けた。
「すごく嫌な予感が……」
振り向く前に、足元から微細な振動が伝わって来る。
「ご覧になるまで、分かりませんよ? ドラゴンかもしれないじゃないですか」
そんな筈はない。
何故なら、テレンスさんが笑みを崩していないからだ。
きっとただのドラゴンなら、面白みがなくて真顔で伝えてくるか、私が気づくまで放置するに違いない。
そう勝手に判断した私は、覚悟を決めて後ろを向くのだった。
全長――四、五メートルはあろう茶色の物体。
その下側は幹が二つに枝分かれし、上部付近からは左右に一本ずつそこまで細くも太くもない枝が伸びていた。そして幹から上は葉もなく、黒い穴二つと横に裂ける口の様なものが見えている。
木の化け物だ。
「でかっ……」
というか、そんな事よりも――「逃げますよ! テレンスさん!」
木の化け物とは反対方向に向かって私は走り出すと、テレンスさんも走り出した。
そんな私達二人を捉え、木の化け物が片腕を大きく後ろに回し始める。
「いったい何を……」
石でも投擲するのかと、私は考え始める。
けれど、後ろから前に流した腕がムチの様にしなり――先端がどんどん細長くなりながら、逃げようとする私達に向かって容赦なく向かって来るのだった。




