第77話:緑の部屋
「この植物、魔力を帯びてる」
部屋に入った私は、壁と天井を覆っている植物に目を向けていた。
そのどれもが、自然界にある植物とは比べ物にならない程、しっかりと魔力を帯びていた。
「もしかして、水じゃなくて魔力で」
「よく、お分かりましたね。その通りです」
エルヴィスさんが自身の胸元に付けた緑のバラを手で示しながら、嬉しそうに答えてくれる。
「この部屋にある植物はみな、街全体的に流れる魔力の余力と同調して作られています」
そして私達が入って来た扉が面している壁に目を向けると、一部分だけ元気がない植物を目にする。
「その為、ここに居れば、障壁全体の異常なども、分かるという訳です」
それを聞いて私は、自然と聞き返してしまう。
「あのもしかして、あの部分の緑が元気じゃないのって……私のせいだったり、しますか?」
恐る恐る私が聞くと、エルヴィスさんが驚いた様に目を動かしていた。
やっぱり。
もうそれって、私って事ですよね!?
「そうですか。貴方が、昨日の魔術を行使した方でしたか」
「すみません」
私は謝ると同時に、どうしようもない事実に直面してしまう。この街を守っている障壁を壊すには、この部屋の植物を全滅させる程の魔術を――ぶつける必要があるという事になる。
「ご心配なく、暫くしたら元に戻りますので。それに冷めるどころか、貴方のおかげで植物たちも元気になりそうですな」
「ん、そうですか? なら良かったです。知らず枯れちゃうのは、嫌なので」
「それにしても、君の攻撃を受けてこの程度とは、障壁の強度に驚かされるよ」
「ですよね」
ノエルさんに短く返した私が引き続き壁面の緑を見ていると、ルイスさんが割って入って来た。
「そんな事はどうでも良い。その面倒な障壁を解きに来たんだ。どうすれば消えるんだ」
「残された解除法は一つだけです。それは、この屋敷の下にあるコアを、障壁を生み出している装置から取り離して下さい」
「それだけで良いんですか?」
「ええ、それだけで構いません」
「そんな事か、でどこにある? さっさと案内しろ」
「申し訳ございませんが、案内は出来かねます」
「貴様、それはどういう事だ」
詰め寄りそうな態度を見せるルイスさんと違って、エルヴィスさんは何事もなかったかの様に表情一つ変えず、ただ申し訳ないと言った様に頭を少しだけ下げていた。
「私は、これより先――地下に入る事は出来ないのです。それは、皆様を屋敷内部に入れた、この魔道具による制限でもあります」
私達を障壁に入れる時に使用した魔道具を、再び見せてくれる。
「なら、案内人は居ない。そういう事だな?」
「はい。さようでございます」
「ちっ面倒だな。テレンス、お前はどう思う?」
「何も問題ないかと思いますよ」
テレンスさんが答えるも、あてにならないと言いたげにルイスさんが私達の方を見ていた。
「お前らはどう思う?」
「地下に行って、コアを回収するだけですよね?」
「貴様に聞いた僕が間違いだった」
「えっ? ノエルさん、私何か間違った事言いました?」
「……確かに、君の基準だと簡単なのかもしれないね。けど普通は、管理者が行けない空間というのだから、何かあると考え警戒するものなんだよ」
「そういう事だ。まったく、揃いも揃ってそばを歩く人間の栓が壊れてると、ろくな事にならないな」
もしかしなくても、今のは――私の事だろうか。
だとしたら、テレンスさんと同じって事?
う~ん、無口で仕事出来る感じの人と一緒にされても困ってしまう。
「それだけ。頼もしい事に変わりはないんだけどね。アレクシア、君はどう思う?」
ノエルさんが隣にいたアレクシスさんに、同意を求めるように話しかける。
「仰る通りですが、安全を考えるのでしたら。伯爵様とノエル様は此処でお待ちいただき、我々の内二人か。もしくは、私か団長殿のどちらかだけが行くのはいかがでしょうか」
「確かに、それもありだね」
ルイスさんの安全を考えると、テレンスさんと離す訳にはいかない。
だったら、自然と私とアレクシスさんが向かう事になるのだけど、行ってみたいな。
「だったら私が――」
「駄目だ」
「なっ……」
私が手をあげた最中、ルイスさんが問答無用で止めてきた。
「ルイスさんどうしてですか! 良いじゃないですか、行かせてくださいよ」
「駄目に決まってるだろ」
「その理由は」
「簡単な話だ。貴様ら帝国が、コアを持ち逃げしないという保証がどこにある」
「まさか、する訳ないじゃないですか。面倒な」
「なっ、面倒とは一体どういう事だ! 貴様、このコアの価値が分からない訳ではないな!」
「そりゃ、まぁ……知ってはいますけど……」
もう二度と、お偉いさんに呼ばれて立たされるのはごめんだ。
「それに、私が見つけたら壊してあげますよ。それでも障壁は止まるんですよね?」
「はい」
「貴様、先程壊すなって言ったのを、もう忘れたか!」
「いや、忘れてないですけど。だったら、どうするんですか」
「決まってるだろ。私も行く。そちらは誰が行くかは任せるが、さっさと決めろ」
「分かりました。私が行きます! ノエルさんは、アレクシスさんと一緒にここで残ってて下さい」
「君一人に行かせるのは、なしかな」
まさか、ノエルさんからも承諾をえられないとは思ってもいなかった。
「えっと……その、ノエルさんまで私の事を……」
「そういう訳じゃないよ。けど、これを決定かな」
アレクシスさんも頷いた事で、こちらも三人で向かう事が確定してしまう。
「決まりだな」
「承知いたしました。それでは、皆様を地下にお送りさせていただきます。最期に、命の保証は出来かねる事に加え、私自身、お伝え出来る事は何もありません、何卒ご容赦いただければと思います」
「構わん」
「はい、大丈夫です」
エルヴィスさんの言葉にルイスさんと私が答え、隣にいたノエルさんも静かに頷いていた。
「それでは――」
エルヴィスさんが話ながら歩き始め、入って来た扉の方に向かって行く。
そして、胸元に付けていた緑のバラを手に持ち、振り返る。
「皆様に、ご加護があります事を願っています」
前に差し出した緑のバラの花枝を下に向けたまま手放す。そのまま落下したバラの枝先が地面に突き刺さり、扉が勢いよく閉まりエルヴィスさんが見えなくなってしまう。
「これから、どうやって地下にぃい――!?」
何が起こるのかと身構えていた途端――身体を浮遊感が襲った。
これから何処に向かうのか。
それを考えれば、何が起こってどうなるのかが直ぐに思いついてしまう。
「クローディア!」
「ノエルさん!」
慌てて手を伸ばすも届かず、魔術を行使して近づこうとした。
しかし、出したつもりの風が足元から出る事はなく、緑の視界が上に向かって流れていく。そのまま暗闇の視界へと変わったかと思えば直ぐに、薄っすらと明かり光景が目に飛び込んで来る。
小さな街一つがすっぽこりと入ってしまいそうな地下空間。
遠くに見える壁面は殆ど見えず、遠ざかっていく天井も岩肌だと分かる程度にしか光量が存在しない。けれどそんな中で、遥か下に見える地表だけはハッキリと見えている。
薄明るく照らされたジャングルの様な自然。それに加えて並べられた夥しい数の壁らしき物体。それらが地下空間全体で連なり――自然と合わさった巨大な迷路を成している。
「迷路なら迷路って、言ってよねぇえええッ!!!!!!」
そして私達は、何も出来ず――ただ落ちて行くのだった。




