第76話:専属従者エルヴィス
長い夜が流れ去り、陽が昇った次の日。
街に残っている人数を、ブレンダさんを筆頭に第三騎士団の団員達で数えてもらう。
その間に私とノエルさんとアレクシスさん。それからルイスさんとテレンスさんを合わせた面々は都市の専属従者が居る屋敷へと向かっていた。
「ここを曲がったら、着きます」
前を歩いて道案内をしてくれているのは、昨日ライジャさんを止めようとしてくれてたコリンさんだ。不機嫌そうだけどライジャさんも私達の一番後ろから付いて来てくれてはいる。
勿論その手には……昼前だろうともお酒があった。
座りながら飲んでても良いのに。
お願いだから、突っかかってルイスさんと衝突しませんように……。
そんな本来であれば起こる筈もない、貴族と酔っている人の喧嘩を心配している内に、私達は目的の屋敷に辿り着いていた。
「ここです」
――見えて来る大きな屋敷の屋根を含めた二階部分。その一階部分は殆ど見えない代わりに、屋敷まで続いているであろう緑の壁が視界に広がり、その更に手前側に障壁らしき壁が薄っすらと見えている。
貴族の屋敷という印象よりも、要塞の植物園という印象を受けてしまう。
それはきっと、奥に見える屋敷の屋根に大きなガラスが見えるからかもしれない。
「手入れが大変そうですね」
「此処まで広いと、専属の庭師が居る筈だよ」
「あぁ、だから専属従者の人が居るんですね!」
「それは違うんじゃないかな」
「そうなんですか?」
ノエルさんに違うと言われてしまう。
けれど、そんな私達の前に――障壁の内側から高齢の男性が一人近づいて来た。
白と黒の執事服に、緑のバラを胸元に付けた白髪の男性。顔立ちから高齢だと分かるも何を考えているのかはまるで分からない優しそうな表情を浮かべ、背は高く真っ直ぐと背筋が伸びている。
「フィーランド伯爵様ですね? お久しぶりでございます」
「すまんが、いつ会ったのかまでは覚えていない」
そんな失礼な事を、ルイスさんは平然と言ってしまう。
テレンスさんも平気そうだけど、聞いている私やノエルさんの方が申し訳ない気持ちになる。
「構いません。少しでも覚えていただけているのでしたら、それだけで光栄でございます。そして遥々助けに来ていただきありがとうございます。ですが――申し訳ございません」
ルイスさん礼を言ったかと思えば、男性が直ぐ頭を下げていた。
「どういう事だ?」
「既に、街の者から聞いていると思いますが、現状この街に入った者は出る事が出来ません。フィーランド伯爵様を閉じ込める形となってしまい、大変心苦しく思います」
「自分から入って来たんだ。謝罪されても迷惑だ。面を上げろ」
男性がゆっくりと顔を上げ、ルイスさんと目を合わせる。
「出る方法が一つもない。そんな馬鹿なものは無いからな。出る方法を教えてもらおうか」
「勿論出る方法はございます。ですが、命の保証は出来ませんが、それでもよろしいですか」
「構わん。お前らは此処で帰っても良いぞ」
そう言ってルイスさんが面白がる様に私達を見てくる。
「何言ってるんですか。ルイスさんに任せても、出られなかったんじゃ意味ないじゃないでか、私達も協力します」
「微力ながら、協力させてもらいます」
「だそうだ」
「承知いたしました。先ずは、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私は、この街の専属従者をしています、エルヴィスと申します。皆様を街の障壁を生み出しているコアへ続く扉まで、案内いたします」
コアじゃなくて、扉?
てか、コアって何処にあるんだろう。
普通に考えたら屋敷の中だけど。
「では、一人ずつ、この魔道具に触れたままお入り下さい」
エルヴィスさんが二つ円盤が重なっている回転式の道具を障壁越しに、半分だけ出していた。その片方の円盤に触れたルイスさんが障壁に向かって進むと、身体がすんなりと向こう側に入り込む。
なるほど、あの円盤は出入りの受け渡しなんだ。
そんな事を考えている内に、次々に皆が入って行き私の番になる。
魔力量で弾かれるとか、そんな事はなかった。
回転式の円盤が中に入る方向にだけすんなりと回り、試しに逆方向に回そうとしてみるもびくともしないまま、私の身体が障壁を超えてしまう。
それを見ていたコリンさんが、外から声を出した。
「この街を、よろしくお願いします」
「任せてください」
「案内、ご苦労だったな。後はこっちでどうにかする」
「もう、ルイスさんもう少し――」
「くだらん、さっさと行くぞ」
そう言ってルイスさんが歩き出してしまう。
「すみません、でも大丈夫ですから。任せてくださいね」
外に居たコリンさんが一度頷き、そのままライジャさんを連れて来た道を戻って行く。
隣の領土にいるルイスさん。
そして元、王国の魔術師団長だった私。
この場で少なからず責任があるとしたら、私達ぐらいだろうか。
本来であれば、重荷を背負う必要は……。
「クローディア、どうかした?」
後ろで立ち止まっていた私に、進もうとしたノエルさんが振り返っていた。
「いえ、何でもありません。早く屋敷に行きましょうか」
色々悩んでも仕方がない。
それもこれも、皆を街から出せれば全て解決する。
「さっさとコアを破壊して、障壁ごとさいならですよ!」
「冗談はほどほどにしろ。このレベルのコアを破壊したら、帝国に戦争を仕掛けて、同レベルのコアを頂くからな」
「またまた~ルイスさん、冗談……、ですよね? だってほら、出るには破壊するか止めるかですよ?」
「だったら止めたら良いだろ」
「……それはそうですけど、普通。破壊より止める方が、よっぽど難しいですよ。此処もどうせ……そうじゃないですかエルヴィスさん」
「仰る通りです。ただ――破壊すら困難かもしれませんが」
「それってどういう……」
屋敷の大きな正面扉に着く。そして一度だけ後ろを見たエルヴィスさんが、にっこりと笑いながらその扉を開くのだった。
――その先に見えたのは、豪華な玄関ホールなどではなく、一面が緑に覆われた部屋だった。




