第75話:氷の人形
少し離れていた人達もこちらを向き、自然と視線が集まる。
「いやだ、また遊ぶ!」
「だから無理だってばッ!」
「何で!」
「だから無理ッ! 無理なものは、無理なんだから……諦めなさいよ」
「まぁまぁ二人とも、まだご飯食べててビックリしちゃう人もいるから、落ち着こう」
言い合う二人に対して、私はゆっくりと話しかけていた。
「そうだね。ここに座ってくれるかな」
ノエルさんもマルレーンくんに近づいて、マルレーネちゃんと一緒に二人を座らせようとしてくれる。
「うん……」
マルレーンくんは小さく頷き、マルレーネちゃんも静かに近寄って来てくれた。そのままマルレーネちゃんが私の隣に座り、マルレーンくんはノエルさんが元居場所に一緒に座っている。
「ねぇ、マルレーネちゃん。そのロッティって子は、この街から出て行っちゃったの?」
「出たんじゃなくて、自分だけ逃げてったの……」
「それって、街がこんなになる少し前にだよね?」
「うん」
「だったら、多分違うんじゃないかな」
「どうしてッ!? あの子は私達を置いて、他の街に行っちゃったのよ! それって逃げたって事じゃない!」
「ロッティは逃げてない! 他の街に行っただけだよ」
「それが逃げたって言ってるじゃんッ!」
また直ぐに言い合う二人。
頭に血が上ってると、良い事が本当にない。
「ねぇ、マルレーネちゃん。マルレーンくん。私の話を、一つだけ聞いてくれるかな」
微量の魔力を言葉と共に周囲に広げると、静かにマルレーネちゃんが頷いてくれる。
「君の考えは、その子がマルレーネちゃんとマルレーンくんを置いて。自分だけ逃げちゃった。そう思ってる訳だ」
「はい……」
「それなら仮に、まだここに三人が居たとしようか。この氷の人形が、その友達だとしてね」
手のひらで氷の人形を作り出す。
それを近くで見ていたマルレーネちゃんは目を大きく開け、離れていたマルレーンくんに至っては身体を前に倒してそのまま近づいて来そうな勢いだった。
「そして、この街に私達が、今みたいに助けに来る。さてここで問題発生です」
「問題?」
「魔物が街に入って来て、皆で別々に逃げないといけなくなりました。そして一頭の馬の近くに残っているのは、あっちに居る騎士一人と、マルレーネちゃんとマルレーン。それにロッティの四人です」
「クローディア団長!」
話を聞いていたブレンダが慌てて立ち上がろうとするも、ノエルさんがそれを止めてくれる。
帝国の人は酷い。
そう思われちゃったら私のせいだ。
「さて、マルレーネちゃん。君は、馬を走らせられる?」
「乗せてもらった事なら……」
「良いね。でも、手綱を握って、一人で走らせられないんだね?」
「はい」
「まぁ、乗った事があるだけでも凄いよ。私は、あんまり得意じゃないからさ。っと、いけないいけない、話を戻すよ」
それから私は追加で二つの氷の人形を作って、三つの人形をマルレーネちゃんに全部渡した。
「それなら、馬に騎士の人が乗る事は決まりだね。そして、いくら子供と言っても馬に乗れるのは後二人だけです。さて、誰が乗ろっか?」
「それって……」
「そうだよ。誰か一人は魔物が来る所に残って、自分で走るしかない」
「……走って、逃げ切れるんですか……?」
「無理だと思うよ」
私はハッキリと答えていた。
子供が走って逃げきれる程度なら、そもそもそんな状況にはならない。
今だって、大人には走れと言って障壁がなかったら、さっさと避難してもらってる。
それが出来ないから……こうなってるんだけど。
「逃げきれなかったらどうなるかは、分かるよね?」
「……はい」
「それじゃ、氷の人形を一つだけ、その焚き火に放り込んでね。それが残る子だから」
「……えっ……と、さぁ、三人……」
「三人は乗れないの」
私がそう言うと、 マルレーネちゃんが氷の人形を大事に抱きしめていた。
「ぃやぁ……できない。三人でが……」
「そっか、良かった」
「ぇ……?」
「ううん、何でもない。でもこれでハッキリしちゃじゃん。その友達が先に行ってくれたから、二人だけならちゃんと乗る事ができる。助けられるよ」
マルレーネちゃんが人形を見てから、私と目を合わせてくれる。
「だからね。その友達の子は逃げたんじゃなくて。皆で助かる為に、そうしたんだよ。先に次の街に行って、君達のことを待ってると思うよ。今なら、少しはそう考えられるでしょ?」
「うんっ……」
「良し、良い子だ」
マルレーネちゃんの頭に、つい手を置いてしまう。
すると、少し離れた所でもノエルさんがマルレーンくんを安心させようとしていた。
「大丈夫。君たちは、僕達が必ず街まで送り届けるよ」
「ほんと? さっきもそれで……」
「――ぁあれは私だったからで、その人、ノエルさんは大丈夫だよ! ……って、さっきのも、別に破った訳じゃないんだけどね」
マルレーンくんの言葉に慌てた私が自然と弁解してしまう。
「そういう事。信じてくれるかな」
「……うん。分かった」
マルレーンくんが今日一番、力強く頷いた。
「それじゃ、マルレーネちゃん。マルレーンくん一緒にそろそろ皆の所に戻ろっか。皆、心配してると思うよ?」
マルレーネちゃんと一緒に二人が来た方向に目を向けると、何人かの子供達がこちらの様子を伺っているのが見えた。
「あのっ……!」
「ん?」
「これ、貰っても良いですか?」
手に持っている氷の人形を少し前に出して、物欲しそうな目を向けてくる。
「良いけど。時間が経ったらとけったうよ?」
「それでも大丈夫です。なので……」
「良いよ。貰って」
「ほんとですか!?」
「うん」
「ありがとうございます!」
嫌われはしなかったのかな。
明るくなったマルレーネちゃんが立ちあがり、マルレーンくんとノエルさんがそばに近寄って来る。するとマルレーネちゃんがマルレーンくんを連れて、二人がそのまま戻って行く。
そんな二人の背中を見ながらノエルさんに話しかける。
「元からそうでしたけど、ノエルさん。約束しちゃいましたね」
「僕達が連れ帰れば、問題はないよ」
「ノエルさん知ってます?」
隣に立っているノエルさんを下から見上げた私は、真剣な面持ちのまま言葉を放っていた。
「子供との約束って、一番破っちゃいけない禁忌なんですよ?」
「それって、常識的にって事かな?」
「勿論それもありますけど。それだけじゃないって、――私は思ってます」




