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第19話:突然


 睡眠から目覚め様とした私の耳に、鳥らしき鳴き声が聞こえて来る。

 そして次に、聞こえたのは人の声だった。


「――おはよう」


 聞き覚えのある声だ。

 目を少し開けると、目の前に人が居るのが分かる。

 そして私が目にしたのは、天幕の入口で屈みこんで私を起こそうとするノエルさんだった。


 ――ノエルさん!?

 飛び起きた私は身体を起こし、辺りを見渡す。

 間違いなく天幕の中だ。

 でも、目の前にはノエルさんが居て、その後ろの景色は明るかった。


「ごめんね。外から何回か呼んだんだけど、起きる気配がなかったから」


 直ぐに片手を髪や頬に当てる。

 大丈夫、おかしい所はなさそう。


 ――いや、そうじゃないでしょ! いやいや怒るとかじゃないけど、此処は魔物が居るダンジョンな訳で、起こしてくれるぐらい全然問題ないし王国でもない事はなかった。


 何か言わないと。


「あっ、はい。大丈夫……です。すみません、川辺に少し行って来ます」


「気を付けてね」


「はい」

 

 天幕を出た私は、一人で川辺に向かった。

 川の中に魔物が居ない事を確かめてから、魔術で生み出した水を両手に溜めて顔をつける。


「もぉ、何でいつもこうなるのよぉおぉぉお……」


 ボコボコとさせた水が手が溢れていくも、水は生成され続け無くなる事はない。

 

 水に顔をつけている間、目を瞑っていると先ほどの光景が浮かび上がった。

 朝から王子が目の前に居るのは、良いけど。

 余りにも突然過ぎた。


「すぅう、はぁぁ……良し、落ち着こう。落ち着こう、うん。落ち着くんだ私……。――でも」


 器用に発生させた風を操り、表面の水気だけを飛ばしながらぼーっとする。


「何か、一緒に寝てないのに、同じ天幕で眠ったみたい……」


 それでも私の思考は寝起きの状態から離れず、ダンジョンという場所に最適化されるまで暫くの時間を要するのだった。


 *


「お待たせしました」


 川辺から私が戻ると、大半の荷物が纏められていた。

 いつでも動け、今すぐに戦闘が起こっても対応出来そうな気がする。


「皆さん、早いですね」


「普段から、野営はさせてるからね」


 こうしている間にも作業が進められ、直ぐに部隊が動ける状態に変わった。

 その動きはとても早く、手慣れている。

 王国とは段違いだ。


「やっぱり、訓練って大事ですよね」


 私が居た魔術師団で、私は何を授けられただろうか。

 そういう所が師団長として失格だったのかもしれない。

 今更ながらに、そう思えてしまった。

 優秀な人を見ていると、いつだってそうなる。


「君が率いたら何を徹底させるのか、聞いて良い?」


 そんな立派な人じゃない。そう言いかけた口を一度閉じてから、私は言葉を発した。


「一人でも多く生きて帰る事、それさえ出来れば、良いと思います」


 それが聞きたかった事なのか分からないまま、礼を言ったノエルさんが直ぐに全員を集め始める。

 そうして私達は、奥に向かって進み始めた。


 *


 じめっとした空気が身体に纏わりつき、盛り上がった木の根が進行を妨げている。

 足場が悪ければ、戦闘になった時だって動きに支障が出てしまう。


 ――魔術で均すのは簡単だけど、歩く度にやっていたら意味がない。

 鳥の鳴き声が聞こえ頭上を見上げると、そこには昨日ぶつかって来たのと同種だろう鳥が飛んでいた。通り過ぎたかと思えば戻って来て、私達から離れない距離を保っている。


「ずっと僕達に、付いて来てるね」


 私が空を見ている事に気づいたノエルさんが、同じように空を見上げた。


「此処まで来る人が居ないから、良い獲物なのかもしれませんね」


「僕達は、餌か」


 長い事回っていた環境だ。

 そこに来る人間は、部外者でしかない。


「きっと、人を見た事がないんですよ」


 頭上への警戒も怠らない様に歩いていると、ふと鼻に突き刺すような臭いが届いた。

 血の臭いだ。

 それも、腐敗した臭いが混じった。

 隣に居たノエルさんだけでなく、他の人達もその臭いに気づき鼻に手を当てる。


「なかなか、辛い臭いだね……」


 臭いの元であろう反応を探っていると、こちらに近づいて来る反応を五つ捉えた。


「ノエルさん、向かって来ます。数は五」


「魔物が来るぞ! 警戒しろッ」


 ノエルさんの声で一斉に剣を取り出す音などの金属音が後ろから聞こえて来る。

 それだけで、魔術師からは得られない安心感が僅かばかり存在した。


 誰も殺させない。

 ――そう強く、思うのだった。


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