第18話:静けさ
「ノエルさん、鹿の幽霊だと思います」
「さっき出遭った、魔物の事かい?」
川から少し離れた所を切り拓き、少し広めの場所で休んでいた。
複数作った焚き火の一つに、私とノエルさんは倒した木の上に座っている。
「そうです。攻撃を避けられるのは、話が違ってきます。あの子たちの攻撃性が高かったら今頃、お伝えした通り我々は、回れ右して帰還ですよ」
「そうだね。でも、死霊系と決まった訳じゃないよね。そういう能力を備えているだけかもしれない」
ノエルさんは手に持った串に、川から獲った魚を突き刺しながら話していた。
器用にその作業が終わると、私に渡してくる。
「魚、食べられるよね?」
「はい」
私が受け取ると、ノエルさんは次の魚を串刺しにしようとしていた。
「これって、どれぐらい焼けば良いんですかね……」
魚は好きだ。
でも、焼き加減なんてものは詳しくなかった。
というよりも、問題は他にある。
「全体に火が通れば、食べて問題ないかな。毒見は済ませてある」
「魔術で、さくっと焼けば良いんですね」
「ん? 普通に火でも、大丈夫だよ」
魔術で器用な火加減ならともかく、私は手で何かをする事が苦手だった。
とてもじゃないが、――手先が器用じゃない。
「……魔術の方が、沢山焼いた経験があるので、慣れてるんですよ。火加減って奴です」
「ちょうど片手空いたから、もっかい貸して」
そう言ってノエルさんが、私の手元から魚を奪っていく。
王子に魚を焼かせ、何もしていない私は周りからどう見られているのだろうか。
少しどころではなく、かなり居心地が良くなかった。
「気にしなくても平気だよ。いつもの事だから、誰かが焼いて僕が倒れたら、その人に迷惑がかかっちゃうからね。なるべく自分で、行うようにしているんだ」
「なるほど。でしたら、お任せしますね」
やってくれるなら、お願いしよう。
うん、それが良いに違いない。
人間、得意不得意はあるのだから。
「でも意外だったな」
「何がですか?」
首をかしげたノエルさんが私の方を見てくる。
「君にも、苦手な事があったんだね。でもまさか、こんな形で分かるだなんて、思ってもみなかったな」
少し嬉しそうな顔を浮かべたノエルさんは、何処か悲しそうな雰囲気を見せていた。
「ノエルさん?」
「君は、戦闘になると、頼もしいからね。意外……というか、安心した」
「安心ですか?」
「そうだね、完璧な人間は、どこか恐ろしい。つけいる隙が無いからなのかもしれない。その考えも、王族らしいと言えば王族らしいけど、我ながら実に良くない考え方で、人を見ていると思うよ」
「そうですか? 大事な事だと思いますよ。王子なんて、すり寄って来る人ばかりで大変だろうなって、ずっと思ってますよ。大事なのは、自分がどうしてあげたいかじゃ、ないですか。って言っても、私は人を見る目はないみたいなので、とにかく頑張るだけですけど」
「本当に君は、強い人だと思うよ」
焚き火の炎が、そっと呟いたノエルさんの横顔を淡く照らした。
元気づけるつもりが上手くいかず、どうしたら良かったのかと考えながら、二人で焚き火の音を耳にする。もう少し耳をすませば、動物か魔物なのか分からない鳴き声や、川の流れる水の音が聞こえていた。
「少し早いけど、もう大丈夫かな」
すっかりと焼けた魚を、ノエルさんが一度確認してから私に差し出してくる。
「ありがとうございます」
手に取って直ぐに魚の焼けた匂いと煙が、私の方に流れてくる。
「その……いただきます」
「どうぞ」
そっと口に運んだ魚を、私は一口食べた。
「……美味しい、です」
「良かった。変な物渡したらどうしようって、ずっと思ってたんだよね」
「だから、ずっとぶっきらぼうな顔してたんですか!?」
「だって君。食事はしっかりしてないと、文句言いそうだと思ったからね」
やはりノエルさんは、私の事を食いしん坊か何かだと、勘違いしてそうです。
「それは、のんびり出来る時に少しだけですよ。こういった場所では、最低限の栄養があれば、文句なんて言いませんよ」
一度戦闘が始まれば、何時間戦い続けるのか分からない。
だから、食べれる時に食べてるだけで、私は普通だもん。
「食べれる時に、食べておかないとね」
まるで私の心を読んだかの様な返しをされてしまった。
「そうですよ。明日休んでる暇があるのか分かりません、今のうちに食べましょう」
明日はきっと、今日よりも休めない。
既に此処から察知出来る魔物の反応が、奥に進む程――増えているのだから。




