第115話:食い逃げのアズール
「何を言っておるのだ! 私はアズールだ。そんなアカンだが、アランだの人物は知らん」
小声ではなく高らかに声を発した。
「へぇ違うんですね。でも、アズールさんって、帝国の方ですよね?」
「そうだ!」
私は後ろを振り返りアルメル王女と目を合わせる。
「アルメル王女、早い再開でしたね」
「そうですね」
二人でニコッと笑みを浮かべた。
「今の聞いてましたか?」
「はい。勿論でございます」
そしてアズールさんの方に振り返る。
「という訳で、アズールさんが本当にアズールさんだと言うなら。先程の発言は皇位継承権を持つ方々に対しての侮辱という事で、拘束させていただきますね」
「なに!? 私を捕まえるというのか、そう簡単には――」
逃げる素振りをしたアズールさんが、自身の足元に視線を下ろした。
既に私の冷気が纏わり始め、逃げようものなら捉えられる。
絶対に逃さない。
というか、もしかしたら私の方が不敬罪?
いやいや……名乗らなかった方が悪い。
絶対にないけど、偽物かもしれないからね。
「それで、アズールさんで良いんですよね?」
「そ、そうだ……。私はアズールだ! アランではない!」
何のプライドか、アズールさんが認めてくれなかった。
カウンター越しに居る店主も、優しそうな表情を浮かべている。
今思えば、最初の第一声をアズールさんが無理やり止めてたっけな。
「もう良いですよ、アズールさん。でも、偉い貴族じゃないんですよね、良かった、良かった!」
これで不敬罪がなくなった。
私は無罪である。
「あてっ、あてっ」
私はアズールさんの背中を軽く叩きながら、ティーカップを持ち上げた。
しかし、飲み物が入っていない。
「お注ぎいたします」
「あっ、ありがとうございます」
「いえ、お構いなく。アルメル王女も、同じ物でよろしいですかな?」
「お願いいたします」
小さく答えたアルメル王女が店内に入り、私達は自然とテーブル席に移動した。
「それで、クローディアさん。そちらの方は?」
わざとらしくアルメル王女が聞いてくる。
「街でいきなり私を攫った悪者の、アズールさんです。どうやらアルメル王女よりも年下かと思いますので、気楽にアズールって呼んじゃってください」
「なに!?」
「承知いたしました」
「承知するのか!?」
「あら、初めまして。アズール、これでも私はアルメル・ノーランス。この国で何番目にかは偉いのですよ? 態度を改めていただけますか?」
「……す、すまなかった」
嫌そうな感じ全開でアズールさんが謝った。
これも全ては、素直に白状しなかったアズールさんが悪い。
もうアズールさんで良いや。
アランという名前は聞かなかった事にしよう。
「せっかくなら、お姉さんって呼んだら良いと思いますよ?」
「おいっ――」
「良いですわね! 特別に、アルメル王女お姉さまとお呼びする事を、許しますわ」
「うっ……私は、私は……アズールだ、アズールなんだ――だから……」
テーブルの下で拳を握りしめながら、ぶつぶつと何かを言っている。
「アルメル王女お姉さま、この度は、同席させていただき、誠に光栄で、ございますぅ……」
「えぇ、ごゆっくりしてください」
アズールさんと比べて、アルメル王女の方は上機嫌だった。
振ったは良いものの、兄妹関係がうかがえる。
前々から、アズールさんはきっと良いお兄さんだったのかな。
それか、ずっとアルメル王女に遊ばれているかだけど。
「それでお二人は、何の話をされていたのですか? 攫ったという物騒な言葉を聞きましたが」
「街で変な人達に襲われたんですよ。それでその人達が売りさばいている物が、どうもヤバい代物らしいです」
「なるほど、そういうことですか。最近出て来たと思ったら、もう帝国内に入っていたのですね」
「アルメル王女、何か知っているんですか?」
「えぇ、知っていますわよ」
「何を知って……いるんですか。アルメル王女お姉さま」
屈辱的だと言わんばかりにアズールさんが顔をしかめていた。
そんなアズールさんを見ながら、アルメル王女が楽しそうに答えてくれる。
「三日後の早朝に、共和国を通したルートでその薬が運び込まれる筈です」
「どこでそれを?」
「どこから湧いているか分からない物を、いちいち調べるのが面倒でしたので。使いの者に入手するように動き回らせたら、見事に仲介役が引っかかりましたの。やはり、悪い物は探そうとするより、欲しがった方が、在り処を早く知れるみたいで助かりましたわ」
さらっととんでもない事を言ったアルメル王女。
アズールさんですら、少しひいている。
「王女が欲しがっているなんて噂が表に出たら、大変だぞ」
「ご安心を。そんなヘマはいたしておりませんので」
謎の説得感があった。
けれど、聞くほうが怖い……。
ここはそっと触れず、関わらず。
アルメル王女が先に動いていたという事は、もう大丈夫かな。
私は大人しく――。
「そこで、クローディアさん。その犯人たちを捕まえるのに、ご協力していただけませんか?」
出来ないかもしれない。
「乗り込んだ船ですからね。良い私は――」
「いや、駄目だ」
私の代わりにアズールさんが答えた。
「あの、私の事なんですが?」
「だから言っている。駄目だ」
「ちなみに、理由は?」
「何となくだ」
ノエルさんの勘なら信じる。
けれど、アズールさんの勘は……何故か頼りなかった。
「でも、それじゃ誰が捕まえるんですか」
「そんなの決まっている、俺達でだ」
そうして私は、肩を掴まれてしまう。
あれ……?
結局、私じゃん。
「貴様、何か良い偽名はないか?」
そんな問いかけをするって事は、自分がアズールではないと言っているようなものだ。
気づいていないのか、何なのか。
良く分からないけど、合わせておこう。
「クロで良いですか?」
「良かろう。貴様はこれからクロだ。その当日は、変装して取り押さえに行く。それで良いな?」
「えぇ……そんな面倒な」
「面倒ではない。アルメル……王女、お姉さま……も、最初っから帝国が表だって捜査していると形を作りたくないから、自分の騎士団を動かさない。そういう事で、間違いない……でしょうか」
「はい、そちらの認識で構いませんよ。私としては、その方々を連れて来ていただければそれで構いません」
「だそうだ」
「だそうだって。私、そんな変装する格好とか持ってないですよ?」
「だったら手に入れるまでだ」
そんな……。
暇って訳じゃないのに。
それに変装ってなに。
顔を覆い隠したら、終わりで良いかな。
いや、私の服装って普通だけど、普通じゃないし変えないと駄目だよね。
「アルメル王女。他の騎士団が揃うのって、いつ頃になりそうですか?」
「明後日には揃うかと。それか、遅らせますか? 私が今から帝都の外に一日出た。という事にすれば、一日ぐらい問題ありませんが」
「いえ、流石にご迷惑だと思うので、大丈夫です」
「そうですか。それでは、三日後の早朝お願いしますね。場所に関しては、追ってご連絡差し上げます」
「分かりました」
「アズールさんも、また」
「あぁ……」
もう二度と遭いたくないと言わんばかりに、アズールさんが顔を逸らした。
アルメル王女が店から出て、店内が静かになる。
仕方ない。
どうにか変えの衣服は手に入れよう。
アズールさんに選んでもらうのは無しだ。
ノエルさんに話したら絶対に手を貸してくれる。
けれど、そんな暇はない筈だ。
ただでさえ、私のしでかした事のせいで振り回されている。
ダンジョンを攻略したり、その結果として壁が出来たり……。
ほんと、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
仕方ない、自分で探そう。
「それじゃ、服でも選びに行くか」
「えっ!? 行くんですか!?」
「当たり前だろ。クロが来なかったら、私一人で取り押さえる事になってしまう」
「だからって、一緒に選びに行く必要は……」
「なら一人で選べるのだな?」
「それは、その……まぁ、一応?」
「つべこべ言わず、行けば良いだろ」
「ちょっと、アズールさん!?」
アズールさんが私の手を掴み席から立ち上がらせる。
そしてお店から出ようとする。
余りにしも自然だった。
ここがお店であるにも関わらず。
「アズールさん。いつもこんな感じで、食い逃げしてるんですか?」
冷静に考えたら、今日は大丈夫ではある。
けれど、余りにも流れが自然過ぎる。
これは紛れもない、常習犯だ。
「そんな訳あるか、私を誰だと思っている」
「食い逃げのアズール」
「何だそのダサい二つ名は、絶対に嫌だ!」
なら料金はしっかり払う習慣を身に着けて下さい。
そう思うだけで留め、私は口を挟んだ。
「食い逃げのアズールさん。先に寄りたい場所があります」
「何処へでも行ってやるから、その呼び方は止めてくれたって良いんじゃないか……!? というか止めてほしい」
「仕方ないですね。ほら行きますよ、アズールさん」
「お、おう……」
まだ呼ばれると思っていたのか、アズールさんが立ち止まている。
そんなアズールさんと置いて私は一足先に、店の外に出るのだった。




