第114話:ロイヤルなミルクティー
「到着っと」
幅の狭くなった川から飛び出し、木材で作られた川床に降り立つ。
水中からでも少しは見えていた。
けれど、迷いがなかったのにはもう一つ理由がある。
水中に書かれていたのだ。
『ここ』という文字がでかでかと。
きっとアズールさんが書いたに違いない。
確かに水中を使う人は居ないだろうけど、余りにも私物化が過ぎる。
「マスター居るか?」
席が用意されている川床から、声を出しながら店内へ入って行く。
すると、作業していたのか初老の男性がカウンターから顔を出した。
「おや――」
「私がアズールだと覚えていてくれたようだな」
言葉を遮り、アズールさんが嬉しそうに近づいて行く。
「勿論でございます。店を半壊にした方を忘れるという方が、無理というもの」
聞き間違えかな。
「アズールさん? どういう事ですか?」
私はアズールさんに問いかけていた。
店を壊した?
この人って、もしかしなくてもヤバい人なんじゃ。
今すぐ、街の警備兵に突き出そうかな。
余罪とか色々と出てきそう。
「まて! 俺は無罪だ! 何もしていない!」
そう主張するアズールさんを見てから、店主に目を向ける。
「有罪です」
アウトじゃん。
どこが無罪なのか、寧ろ聞きたくなってしまう。
「安心して下さい。私が責任を持って、警備兵に差し出しますから」
「ありがとうございます。それでは、当店自慢の一品をお出しさせていただきますね」
「ありがとうございます」
「私の分も、頼んだぞ」
私のなんじゃ……。
アズールさんが平然とカウンター席に座った。
有罪なのに、どんな心情なのよ。
もしかして、冗談?
でも……室内の木材は、不自然に部分的に新しくなっている。
間違いなく、張替えがあったのは事実だろう。
「それにしても、長い間来ないと思えば、女性を連れて来られるとは驚きましたぞ」
「私の事を何だと思っているのだ」
「店内を破壊し、時にお金を払わず、ツケにしといてくれと言ったかと思えば一年は姿を見せない。そんなお客様でございます」
思っているよりも、だいぶ酷かった。
「そんな目で私を見るな! 私が悪いみたいではないか」
「いや、悪いんでしょ。ほら、さっさと有り金出してください」
私はアズールさんに向かって手のひらを向ける。
「これが噂に聞くカツアゲというものなのか!?」
「冗談言ってないで早くしてください。でないと、どうせ今日も逃げるでしょ。それかまさかだけど、私に払わそうなんて……考えている訳じゃないですよね?」
「そんな筈……」
あったんだ……。
アズールさんが言い淀んだ。
もう救いようがない。
「ほら、さっさと出しなさい。さもないと、警備兵に突き出しますよ。どっちが良いんですか?」
「くぅ、仕方あるまい……」
観念したアズールさんが財布を出した。
「店主さん、損害分だけ勝手に貰ってください」
「そうですね。それでは」
店主の方が財布の中身を全て取り出す。
そして空となった財布をアズールさんに返していた。
「少し足りませんが、今日の分は私からの奢りという事で構いませんよ。ありがとうございます」
「ほんとか!?」
「いえ、アズール様ではなく。そちらのお客様にです」
「何だと……! 私が連れて来た客だというのに、私には一銭も分前がないのか」
どこぞのキャッチじゃないんだから、ないでしょ。
それにどれだけツケにしてたのよ。
この店が潰れなくて、良かった。
善良なお店ほど潰れてしまう理由を、全て見た気がする。
本当に良くない。
「当たり前です。そんなアズール様には、ブラックのホットコーヒーを差し上げます」
「ブラックだと? それもこの暑い中、ホットだと!?」
「はい」
少し可哀想だけど、出して貰えるだけ有り難いと思いなさい。
そして私は冷たくて良いかと確認がされた後に、まさかのロイヤルなミルクティーが出された。
「ありがとうございます」
普通に美味しい。
というか久しぶりに飲んだ気がする。
この世界で飲んだ記憶が余りない。
覚えてないだけで、飲んでたっけな。
そもそも牛乳は飲まれるより、チーズとかになっている事が多い。
とても貴重な飲み物な気がした。
「美味しいです」
「それは良かったです」
「だろ? という訳で、一口ぐらい……」
「あげませんよ」
「何という事だ。優しさが全然ないではないか!」
「私はこれでも、優しい方ですよ?」
「嘘だ、そんなの信じるものか。そうであったなら、この世界はとっくに滅んでいる」
何と壮大な。
それよりもだ。
私は気になっていた事を聞く。
「どうして、あの連中を逃がしたんですか?」
顔を合わせたアズールさんが、得げな顔をした。
「逃げしたのではない、面倒だから逃げたのだ」
嘘だ。
確かに面倒そうではあったが、この人が私を止めなければ終わっていた。
意図して止めたのは間違いない。
「それで? どうして逃げしたんですか?」
流石に理由も聞かずに放置は出来ない。
良く分からない薬を売っているのなら、なおさら放っては置けない。
「関わるなと言っているんだ。知らない方が良い事もあるぞ」
「でも巻き込まれたのに、知らない方がずっとモヤモヤするじゃないですか」
「これが最後だ。どうなっても私は責任を持てない」
「良いですよ。自分の身は自分で守ります」
「確かに、空中で放り投げられても、平気そうな奴だしな」
「というか、名前……あっ。そう言えば名乗ってませんでしたね」
「言わずとも良いぞ、知らなければ。私が捕まっても、答えられないしな」
「いえ、その時は出して貰って良いので教えますよ。私はクローディアです」
「クローディア? どこかで聞いた事があるような、はてどこで聞いたのか」
「気の所為じゃないですか?」
今は帝国で、元王国に居たなんていう説明は余りしたくはない。
別に自慢することでも誇る事でもないのだから、知らないのなら一向に構わない。
「そうだな。それじゃ話すとするが知らないからな」
此処で聞いてしまった私が悪いのだが、店主の方が目の前に居る。
どちらも気にしていないのだろうか。
アズールさんがそのまま口を開いた。
「俺が追っているのは、自由都市で生まれた黒い雫という薬だ」
「自由都市って、共和国から更に北東の場所ですよね? 周囲に小国とか自治領がある」
「そうだ行った事があるのか?」
「いえ」
私が行った事があるのは、王国と帝国。
それと共和国には行ったがある。
神聖国にも、子供の頃に足を踏み入れている可能性はあるけど、詳細は不明だ。
「まぁ何にせよ、そんな場所だから管理もずさんでな。ヤバい魔導具やら薬やら、次から次に出て来る訳だ」
「それをアズールさんは追っているんですね?」
「そういう事だ。王国や共和国だけならまだ急ぎはしないが、帝国にも広がり始めているとなれば急ぐしかない」
「先程の連中は、その売人だったんですね」
「話が早いな」
「だったら、そのまま捕まえた方が良かったんじゃないですか?」
「捕まえたら面倒だろ。色々と」
何がとは言わないが、うん……。
アズールさんが真っ白な人間でない事は分かった。
この人……余罪が他にもありそうだもんね。
「おい、何だか凄い失礼な事を考えてないだろうな」
「いえいえ、とんでもないですよ。帝国の為に頑張ってて、偉いなって思います」
それに関しては本心だ。
私も協力しないとな。
自分が住む場所何だから、やっぱり放置はできない。
「それで、その危ない物の使い道はどうなんですか?」
「それについて何だが……そこが一番たちが悪い話しなんだよな」
コーヒーを一口飲んだアズールさんが、苦い顔をしてから上を向いた。
天井を眺めて気分を落ち着かせているのか、そのまま小さな声で教えてくれる。
「一度目は気分が晴れ、二度目も気分が更に晴れる。それだけなら何処にでもあるヤバい代物で話は終わる。けれど三度目だ、時間を空けようとも同時に飲んだとしても、三錠分を身体に取り込んだら終わりだ」
上を向いていたアズールさんがこちらを向く。
その目からは、黒い液体が垂れていた。
「すると、こんなに風になって、周囲の人間を襲う化け物と化してしまうのだ~」
「コーヒーで遊ばないでください。今直ぐ、店主の方に謝って下さい」
私が促すとアズールさんが、店主と目を合わせる。
「マスターすまない」
「いえ、お構いなく」
聞き分けの良いアズールさんが謝ってくれた。
それにしても、思っていた以上に厄介だな……。
二度まで大丈夫というのが、なおさら面倒だ。
「一度目と二度目で、判断出来るものなんですか?」
「使用した直後であればな。あれだ、頭のネジが飛んでいるから、ハイテンションで酒を飲んだ奴等とそう大差はない」
「それはそれで、分からないんじゃ……」
「けれど、それも二度目までだ。三度使えば目から黒い涙が溢れて、家族や恋人であっても襲い始める。だから黒い雫なんだよ。既に自由都市付近では、それで大勢の人が亡くなっている」
「元に戻るんですか? その、使った人達は……」
「余程自我が強い人間か、生まれつき耐性などがある者を除いて、基本的には戻らない」
「……そんなもの、直ぐに製造を止めたら良いのに」
「ヤバいと分かってて作ってる連中が、止める訳ねぇよ。金になるんだからな。何だ、今さら聞いて後悔でもしたか?」
「いえ。寧ろ教えていただき、ありがとうございます」
帝国内でそんな物が広がっているなら、止めないと。
直ぐにノエルさんにも報告……は他の事で大変だろうから。先ずは直ぐに話した方が良いかも含めて、ブレンダさんとアレクシスさんに相談しよう。
急いで戻ろうかな。
私が席を立とうとしたら、扉に設けられている鈴の音が聞こえる。
お客さんだ。
ちょうど良かった、こんな話しを聞かせる訳にはいかない。
「やはりこちらに居られましたか、アランお兄様」
聞いた事のある声が耳に入り、視線を向ける。
そこには――アルメル王女が立っていた。
けれど、此処にアランなんて人は居ない。
アルメル王女のお兄さんでも、一番年上なのはシグルド王子の筈。
という事は、店主の男性は除外される。
すると残っているのは、ただ一人だ。
――私の視線が、アズールと名乗った人物に向かう。
「どういう事ですか? アズールさん?」
真隣に座るアズールさんに、視線を向け続けるのだった。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
第115話は、31日(金曜日)の投稿を予定しております。
――海月花夜――




