第113話:アズール
「えっと……どちらさまで?」
率直な言葉だった。
この状況で出てこられても、正直困る。
「私か? 私は、アズール。アズール・バードだ。もう心配いらない、私が来たからには助けてやる」
何故二度も言っのかは、分からない。
とりあえず礼は言っておこう。
「……ありがとうございます」
助けてくれるみたいだから、それは有り難く受け取る。
戦わずして済むのなら、それで良い。
別に戦闘狂ではないのだから。
「そう不安そうにするなら、何も問題ない」
「ごちゃごちゃとうるせぇな! 纏めて叩きのめしてやるッ!」
大柄な男が向かって来る。
私が対処しようとするも、アズールさんが動き出すのが目に入った。
持っていたカードを前に出し、それに魔力が注がれる。
「イニシエイト。ウォースピア」
掲げた黒いカードの前に尖った水の塊が生まれ、発射される。
「小賢しいわ!」
ブラス・ナックルをはめた拳が振るわれた。
水の棘と拳が触れ、水が爆ぜる。
周囲に飛び散り、私の方にも水が飛んで来た。
今、殴った?
いや、というよりは魔力を打ち消した……?
「イニシエイト。ウォースピア」
繰り返し行われた攻撃が、一撃、二撃と相手に飛来する。
「おらッおらッ! 何だこれは、子供の遊びじゃねぇんだぞ!」
「嘘だろおいっ、なんつぅ力してんだよ」
「くたばりやがれッ!」
振るわれた拳が、私ではなくアズールさんに向かった。
私を無視するとは良い度胸だ。
「よっと」
アズールさんが一度の攻撃を避けている隙に、私が魔術を使おうとする。
「ごめんよ」
「えっ――」
上げようとした手が抑えられ、アズールさんが私の肩を掴んだ。
「逃げんじゃねぇ!」
「お前みたいな筋肉馬鹿と戦う程、物好きじゃないんでね」
アズールさんが手に持っていたカードを入れ替え、魔力が目の前で注がれる。
「イニシエイト。エアウォーク。それと、嫌だって殴らないでくれよ」
私を見たアズールさんがそんな事を言う。
「ちょっと、待って!?」
「無理無理、もう起動しちゃったから」
私の主張は受け入れてもらえず、いきなり持ち上げられてしまう。
「ちょっ――!」
「そーれっ!」
その言葉と共にアズールさんが跳躍した。
空中に飛び出し、落下すると思った所で――今度は空を蹴る。
何もない筈の場所で跳躍を行い、身体が高い場所に舞い上がった。
「おい待てッ! 下りて来やがれッ!」
下に居た大柄の男が近くにあった外壁を壊し、私達目掛けて投げてくる。
それを私は、殆ど反射で凍らし撃ち落としていた。
「おぉすげ」
驚いたというよりは関心する様な、そんな声で呟かれてしまう。
更に身体が高い場所に行き、建物を超えた。
雲へ近づき続ける様にアズールさんが足を動かし、上がり続ける。
昼間の帝国が輝き、建物や川を含めた綺麗な景色が視界に飛び込んで来た。
改めて街並みと広さに驚くと共に、私は遅れて自分の体勢を理解する。
空中で、良く分からない男性にお姫様抱っこされていた。
不味い非常に不味い!
「というか、下ろして下さい!」
こんな目立つ上空で、抱っこされているなんて駄目駄目。
誰かに見られたら大変な事になる。
「良いのか? 地面に落ちるけど」
「構いません!」
「おっと、今までにない回答だな……」
予想していなかったのか。
困った様な顔でアズールさんが顔をしかめていた。
というか、今までにない?
「もしかして、今までもこんな手口で、女性をさらってたんですか!?」
「さらう? こりゃ驚いた。そんな事、初めて言われたよ。安心してくれ、今までの子たちは、空の旅を楽しむか。高くて怖がる子も居たけど、私を怖がった女性は居なかったかな」
謎の自信。
けれど、文句を言わない女性が居るのも分からないでもない。
私みたいに自力で逃げ出せない人は、助けてもらった人も居るのだと思う。
それに顔だけ見たら、不快感を感じられる訳がない。
寧ろ好ましいと思う人の方が多い、綺麗な顔立ちをしている。
「そうですか。でも私は結構です、下ろしてください!」
「おいおい、暴れるな。そんなに暴れると、魔術が――あっ……」
「えっ……嘘」
こんなに綻びやすい魔術だとは思わなかった。
アズールさんの上から私が抜け出そうとすると、発動していた魔術が消えてしまう。
そう完璧に消えてしまった。
「ぬぅぁああああああああああ」
帝国の上空にアズールさんの声が響き、私達は互いに地表を目にする。
硬い地面などではなく、流れる川の水。
この高さなら死ぬことはない。
そう考えた私が、自分だけでも転移しようとする。
悪いけど、巻き込んだのはそっちだ。
許して。
「えっ――」
「自分だけ何をしようとした。魔術か? 駄目だ」
落下する最中、アズールさんに片手を掴まれてしまう。
「駄目って何ですか!? このままだと二人で水にドボンですよ!」
「良いではないか。今は冬でもあるまい――行くぞ」
「嫌ですよ!」
私が魔術書を出そうとするも、もう片方の手も掴まれてしまう。
「無駄だ、させん」
「何の嫌がらせですか!」
身体が水平になる中で、両手を掴まれた。
誰かが見たら、馬鹿な二人組が落下している様に見えるだろう。
いや見られて欲しくはないけど、ってそんな事はどうでも良い。
――もう川が目の前まで迫っていた。
「まぁ安心しろ。というのは冗談だ」
男が手を離し、別のカードを取り出す。
「イニシエイト。エアボール」
直後に私達の身体が川に落下し、大きな水しぶきを上げた。
周りに居た人達は、何事かと思っただろう。
けれど私達の身体もう既に――水の中だ。
これで衣服もびしょ濡れになると……思っていた。
けれど、何故か服が濡れる感覚はない。
それどころか足先がゆっくりと下に流れ、身体が垂直になる。
「空気が……」
私とアズールさんの周りに、丸い空気が形作られていた。
落ちる直前にアズールさんが使った魔術なのは間違いない。
さっきの魔術と良い、不思議な魔術だ。
私だって空に上がれても、歩く事は出来ない。
水中でも歩こうなんて考えもしなかった。
「どうだ、凄いだろ?」
無邪気な子供の様に、アズールさんが私の方を見てくる。
それはまるで――魔術を覚えた子供が、誰かに見せたがっているようだった。
「素直に、この魔術は凄いと思います」
「ならこれで、さっきの件は許してくれ」
「それは駄目です。勝手に持ち上げた事は、許しません」
「ケチだな」
「普通です」
「ならば、この後、美味しいご飯を食べさせてやる。それでどうだ?」
良い提案をされてしまう。
「……話ぐらいは、聞いてあげます」
ちょうどお昼時だ。
良く分からないけど、とりあえず話は聞こう。
この人が使っている魔術も含めて、ちょっと気になる
「ならば、良い店に連れて行ってやろう。開いてるかは知らんが」
「そこは開いてるって断言して下さいよ」
「仕方ないだろ、暫く行ってないのだから」
「なるほど……でしたら仕方ありませんね」
「良し、行き先が決まれば進むだけだな」
水流に逆らって、川の上流へと進み始めた。
そのままアズールさんと一緒に、水の中を移動する。
これ、酸素とか……大丈夫なんだよね。
そんな不安を抱きつつも、水中という珍しい光景を私は目に焼き付けるだった。




