第112話:路地にて
「もう、だめっ……」
最後まで耐えていたセリーナさんが、地面に倒れた。
同じ様に他の団員達も横になっている。
「クローディア団長、随分と張り切られたみたいですね」
私は呼びに来てくれたブレンダさんと、二人で辺りを見ていた。
遠くを見ると、扉から出ている手を目にする。
「そうですか? ブレンダさん程じゃないですよ」
逃げ出そうとしたのかは分からない。
けれど、きっと過酷な訓練が行われたに違いない。
「これぐらいしなければ、他の騎士団に舐められてしまいます」
「そんなにヤバいんですか? 他の騎士団って」
私が知っているのは、第六騎士団の団長と副団長ぐらいだ。
十分に厳しそうなイメージはあるけど、全ての騎士団がそうだったらどうしよう。
同じテーブルで食事をとれる気がしない。
「少なくとも、私では……。いえ、何でもありません」
何かを言おうとしたブレンダさんが俯いてしまった。
「言いたくないなら大丈夫ですよ。どうせ数日中には、会えるんですから」
帝国に急いで戻って来た私達、第三騎士団。けれど全ての団が既に集まっている訳でもなく、更に離れた位置から向かっている騎士団を待っている。
だからと言って、早い段階で着いたのは良かった。
これで一番最後だったら、何を言われていたか。
主に私とアレクシスさんが――という話ではあるけど。
「すみません」
「私がこの目で確かめますから、気にしないで下さい」
指を目に向けると、ブレンダさんが少し笑ってくれる。
ノエルさんの魔力が見える瞳を、思い出してくれたのかもしれない。
「そうしていただけると……助かります」
「そんな心配しなくても大丈夫ですよ。きっとどうにかなりますから」
悪魔と対峙する訳じゃないんだから、きっと大丈夫だろう。
相手も人間だ。
あれ……人間だよね?
もしかして、違う人が混ざっているとは言わないよね。
帰りの道中を含めても、ノエルさんからそんな話は聞いていない。
だからきっと、大丈夫だと信じたい……。
「それとブレンダさん。倒れている皆さんを、お任せしても良いですか?」
「構いませんが、どちらに?」
「少し野暮用です」
団の事と言えば団の事だけど。
「分かりました。後の事はお任せ下さい」
ブレンダさんが深く聞かずに承諾してくれる。
「クローディア団長ぉ……私もぉ……」
動き出そうとした私に、セリーナさんが倒れたまま手を伸ばしていた。
「そんな状態で付いて来なくても大丈夫だから、ほら休んでからまた皆と訓練ね」
「また……訓練……!?」
セリーナさんがブレンダさんの方を見る。
外していたメガネを付け、整った呼吸で答えていた。
「午前のメニューが、まだ残っています。少し休んだら再開しますよ」
「そんなぁ……」
周囲からも力のない声が溢れてしまう。
「そういう事だから頑張ってね。私も昼過ぎには戻ると思うから」
「承知しました」
***
一人出歩く帝国の街。
いつもと違う場所に行くのだから、道も変わってしまう。
「昨日は行けなかったもんね」
遠出した後の騎士団なんてやる事ばかりだ。
だから私は、今日行く事にした。
この先にある花屋さんで花も買えば、準備万端である。
「天気も晴れて、今日も帝国は平和――」
「てめぇ――ふざけてんのかッ! 何だこのはした金はッ!」
――じゃなかった。
穏やかではない声を耳にして、人一人が通れるぐらいの細い路地に目が向かう。
けれど、人影は見えない。
「一粒で、一万ミラルは取れって言っただろッ!」
「すみません!」
奥の方で更に小道を見つける。
きっとあの奥で言い合っているに違いない。
無視するべきか……。
幼い子供の声が聞こえたのなら、迷わず飛び込んでいる。
でも、明らかに柄の悪い連中の会話だ。
「街の人達に迷惑がかかる前に、街の警備兵に突き出すしかないかな」
これも騎士団の仕事。
例え仕事じゃなかったとしても、見逃すつもりはないけど。
――私は小道に入り込んで行った。
陽の光が当たらず風通しの良い小道。大きな道ではしない建物に使用されている建材や塗料の匂いがして、程よく乾く作りをしているのか足元に水気もない。
「良いんだぞッ、てめぇを売り払ってもよぉ。酒の足しにはなるだろうからな。てか、ならなかったら俺様が直接殺してやる」
「勘弁してくださいっ……兄貴」
私が建物の角から覗き込むと、少し横に広い小道で三人の男が居た。
ガタイの良い男がひょろひょろの男性の首を片手で掴んで、軽々と持ち上げていた。
その近くには、この暑い中でもフードをかぶっている人物が居る。
「ちっ、亡千ミラルで買われやがって。損失を取り戻すまでは、一万一千ミラルで売って、てめぇでどうにかするんだな」
「はいっ――」
掴まれていた男性が建物の外壁に叩きつけられた。
一万一千ミラル?
何の話をしてるか分からないけど……街の人が貰うお給料よりは高い。
そんな金額をこんな連中が?
絶対に、ただ事じゃない。
一粒とか……言ってたよね。
ヤバい薬を扱っているに違いない。
面倒事な予感しかせず、私は回れ右して逃げたくなる。
けれど、面倒事だからこそ、見逃す訳にはいかない。
「誰だ――」
バレた……?
嘘でしょ……。
「そこで見ているお前だ」
見つかると思っていなかった私は、物陰から姿を見せる。
「マルゴイてめぇ! 女に付けられたのかッ!」
私を目にして、ガタイの良い男が細身の男性に怒鳴っていた。
ちょっと可哀想。
「そっちの子じゃなくて、貴方のうるさい声が原因かな」
「何だとてめぇッ」
少し可哀想な男性を庇う訳じゃないけど、言われようのない事で怒られるのは良くない。
悪い事を絶対にしてるだろうから、そっちで怒られて欲しい。
「にしても馬鹿な奴だ。一人でこんな所に来るとはな――」
完全に戦闘態勢に入った男が、隠し持っていたブラス・ナックルを拳にはめた。
別名、メリケンサックとも呼ばれる。
けれど、普通の物とは少し違った。
術式らしきものが刻まれている。
武器と化した魔道具擬きだ。
また随分と、変なのを持ち出して……。
「一人? 何処を見て言っている。愚かな者共よ」
「んっ!?」
後ろから愉快に話す声が聞こえ、私は振り返る。
そこには――いつから居たのか一人の男性が立っていた。
長いズボンに半袖のシャツを身に着け、腕を隠す為なのか薄手のケープコートをつけている。
優しそうで元気そうな表情に、深い青色が混ざった黒い髪。アレクシスさんみたいに後ろに一本の長い束があって前髪とかは少し長いけれど、ハッキリと茶色の瞳が見えるのだった。
「私の前で女性を怖がらせるとは、ただじゃ――済まないぞ」
男性が黒い一枚のカードを取り出す。
そこに刻まれていたのは紛れもない、魔術式だった。




