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第116話:ルークの所へ


 同じ帝国内でも、優しい風が入り込む室内。

 その風が白いカーテンを靡かせていた。


 木の床と天井に白く塗られたレンガの壁。

 そこにベッドが置かれ、青年が一人で眠っている。

 他には誰も居ない。


 きっとノエルさんが手配してくれたからだろう。

 けれど少し寂しいような感じもしていた。


「お花、持って来たよ」


 くせのある栗色の髪が白い枕に包まれ、目を瞑った顔が目に入る。

 青年はすやすやと、薄手の白い毛布を被って動いてくれない。


 呼びかけても返事がない。

 傷口が治っていても目を覚まさないのだから、手の施しようがなかった。


「勝手に変えるからね」


 近くの花瓶に花を差し替え、生み出した水を入れる。

 そして私は、近くにあった椅子に座った。


「早く起きてよね。ルーク」


 ずっと起きてくれないのは話が違う。

 怪我が治ってるのに、何でかな。


「もしかして、私が来ているから?」


 そんな訳はないけど、目覚めてすぐに何言ってるんですかと返してほしかった。

 今日も起きてくれない。


 これで何度目かな。


 時間があれば来ている。


 ノエルさんだって同じだ。


 それに第三騎士団の皆も、顔を出しているのは知っている。


 皆、花を変えないのは何なのかと思ってしまうけど。

 枯れた花が放置されている事もあれば、花瓶が勝手に増えたりもしている。


 まぁ、予想はつくけど……。

 来てくれているだけで、私としては嬉しい。


「ルークも嬉しいでしょ? 皆が来て」


 静かな間だけが返って来る。


「新しい仲間も来て、訓練だって増えてるんだからね」


 頬でも突っついてやりたいぐらい、すやすやだ。


 本当に突こうかな……。

 いやいや、私がやらなくて皆がやってそうだもんね。


 起きてからにしておこう。

 その時は思いっきり、指を突きつけてやる。


「だから、早く起きてよね」


 独り言は苦手だ。

 それに、ゆっくりしていたいけど、どうしても人が居ると気を遣ってしまう。

 ルークが寝ているから関係ないとはない。

 いつ目を覚ますか分からないのだから、おかしな事は出来なかった。


 ほんと……いつ目覚めてくれても良いんだからね。

 何だったら、今すぐにでも構わない。


「流石にね」


 そんな事はないかと頬を緩め、私は立ち上がった。


 少し風でめくれていた薄い毛布を直してから、周囲を見渡す。

 花も変えたし部屋の状態も良し。


「また来るからね」


 そう言って私は、病室を出ていた。



 廊下に出てすぐ、アズールさんと目が合う。

 壁にもたれて待っていたのか、傾けていた身体が真っすぐ戻される。


「もう良いのか?」


「はい。今日はもう大丈夫です」


「今日はという事は、毎日来ているのか?」


「時間があればですけど、最近は忙しいですからね。まぁ時間がなくても、訓練しているぐらいなら来ますよ」


「訓練がしたくないだけではないのか?」


「それはアズールさんの考えです。一緒にしないでください」


 明日も来れるかは分からない。

 来れたとしても、朝にサクッと来るぐらいになっちゃうかな。

 けれど、そんな急いで来て帰るのも違う気がする。


「けど、良いものだな。(みな)が来るというのは」


「はい、私もそう思います」


 今度はセリーナさんもつれて来よう。

 その方が良い。


 良し決まりだ。


 それに今日、魔術師に混ざってサボろうとしたあの二人も連れて来ようかな。

 その方が元気を与えてくれそうな気もする。


 そうと決まれば、私は私の事を終わらさないとな。

 午後の訓練には戻れそうにない。

 今から急いで服を買って戻る? いやいや、厳しい……な。

 うん、厳しいに違いない。

 それに今日は、十分運動をした。


 私は悪くない……。

 訓練は別の日にだ。


「とんでもなく、悪い顔をしているな」


「なっ、何ですか悪い顔って! そんな顔はしていませんよ」


「怪しい、実に怪しいぞ」


「怪しくないです。ほら行きますよ、さっさと変装道具買いに」


「変装道具と言うでない、バレルではないか」


「何のこだわり何ですか、それは……」


 呆れかけている私に、アズールさんが自信満々に声を出す。


「私の美学である!」


 胡散臭い。


 そんなアズールさんに、近くを歩いていた全身白い衣類を身に着けたお姉さまが近づいた。


「そうですか。私の美学は、院内ではお静かにです。ご理解いただけますか? 黒い美学をお持ちのお方」


 目は笑っていない。

 けれどとても美人な人が笑みを浮かべていた。


「あぁ……私としたことがすまない」


「分かっていただけたのなら結構です。次はありませんよ? もしもまた、お騒がしい姿をお見かけした場合には、その口を糸で縫い合わせてさしあげます。よろしいですね?」


「はい……」


 普通に怖い。


「よろしい。クローディアさんも、くれぐれもお気をつけて下さい。巻き添えは嫌ですよね?」


「はい」


 この時点で、セリーナさんはともかく。

 あのうるさそうな二人を一緒には、連れて来ない事が決まった。


 どうせ私が言わなくても来ているだろうから、そっとしておこう。

 巻き添えはごめんだ。

 今の私にそんな余裕はない。


「それでは、院内ではお静かにお願いしますね」


 そう言って、白服のお姉さまが立ち去っていた。


「アズールさん、次も一緒に来ますか?」


「この姿では、遠慮しておこう」


「そうですか」


 この姿……?

 私は少し疑問に思いつつも、逃げるように動き出したアズールさんの後を追った。


 そして外に出た私は、自然と服屋がある方へ向かう。


「どこに行く」


「何処って、洋服を買に行くんですよね?」


 進もうとした私は、アズールさんに呼び止められてしまう。


「これだから世間を知らない奴は」


「どういう意味ですか」


「そっちにあるのは、綺麗な服屋ばかりではないか。確かに値段も安いから市民も多く利用する」


「それで良いじゃないですか。別に高級店から買うつもりなんてないですよ?」


「そうでなくてもだ。何も分かっていないな」


 道端で、アズールさんがいきなり顔を近づけて来る。


 近いです。

 そんなに近づかなくても、聞こえますから。


「良いか、クロ」


 周りに声を聞かれたくないのか小声だ。

 その為に近づいたのね……。


「変装というのはだな。新品の衣類でする奴が居るか? 良いやいない。それにだ。最悪、使った衣類はその場で燃やす事だってある。そんな物にいちいち新品を買っていたら、金が無くなるではないか」


 案外庶民的。

 というか、お金のないアズールさんの切実な訴えに思えた。

 勿論私としても、それには賛成する。


「なるほど」


「良いか、それが美学だ」


「いえ、それについては分かりません」


「何でだ! どうして伝わってくれないのだ!」


 突然大声を出しながら、アズールさんが背を後ろに反らしていた。 


「あら、お昼から仲の良い二人だこと」

「そうですねぇ」

「若いって良いわね」


 そんな奥様方の会話が聞こえてくる。


「こんなに目立つ人に、変装の美学を語られても……ですよ」


 それがもし分かっているのなら、反省してください。

 目立ってるこっちの方が恥ずかしいんですから。


 口では言わず、私は目で訴えるのだった。


 ――何だか、手のかかる弟が……。

 いやいや、弟とか変な事は考えちゃ駄目だ、うん。


 自制しなきゃ……。


「大丈夫か?」


 そんな私をアズールさんが、いつの間にか見ていた。


「ん!? 何ですか、大丈夫ですからね」


「そうか、ならば行くぞ!」


「何処にですか」


「変装道具を買いにだ!」


「アズールさん。自分で言ってるじゃないですか」


「――しまった。しかし、この私を罠にはめるとは、貴様もやるようだな、クロよ」


 余り、嬉しくはなかった。


 どうしよう。

 私はどう対処するのが正解なのだろう。 


 答えが分からない難問を――頭で考えようとする。

 けれど解答は出ず、分かっている事を伝えた。


「とりあえず、静かにして下さい」


「そう案ずるな、分かっておる」


 全然安心出来ない。

 そんなアズールさんの後に続いて、私は衣類の売っているお店へ向かうのだった。



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