第109話:予期せぬ来客
剥き出しのレンガの壁に、大理石の床。
沢山のお客さんで賑わっている中、男性店員さんがさっと出て来る。
「お待ちしておりました。ノエル様、クローディア様」
まるでテレンスさんの弟子なのかと思える、執事スタイルの服装。
背も高く、細身で人当たりの良い感じがした。
けれど、やはり同じなのか……。
失礼かもしれないけど、何を考えているのか分からない不思議な笑みを浮かべている。
そんな方が、店内には他にも数人ほど居た。
「どうぞこちらへ」
優雅に案内され、私とノエルさんが後に付いて行く。
自然と視線が集まり、話していた人達が私とノエルさんを見て来る。
聞こえる声量や、小声で話す人達。
けれど、帝国じゃないからとかは関係ない。
高いお店に行ったとしても、貴族が居ればもっと酷い可能性すらあった。
だから特には気にせず、案内されるまま後をついて行く。
室内であってもレンガで作られた階段。
踏み面にだけ木材がはめ込まれ、二階へ上がった。
壁以外の全て木材に変わり、
木だけで作られた階段を使って更に上へあがる。
辿り着いた三階フロアは広々としていて、数組のお客さんだけが座っている。そして奥に見えるテラス席に、私とノエルさんは近づいて行った。
――既にガラス扉が開け放たれており、涼しい風が外から流れて来る。
やがて足を踏み入れたテラス席はしっかりとしており、足場の木材が不安定に揺れる事もなければ、隙間から一階部分の大通りが見えるなんて事もなかった。
それに室内よりも暑くはなく、寧ろ涼しい。
周囲から水の流れる音を耳にして目を向けると、テラス席を囲う形でゆっくりと水が流れている。そんな場所に、時おり強すぎない風が吹いてくれるのだから想像以上に居心地が良い。
「どうぞこちらへ、おかけ下さい」
私が座ると、案内してくれた人がもう一つの椅子を引き、そこにノエルさんが座った。
「本日は、お越しいただき、ありがとうございます。テレンス様より、食事ではなく甘い物を、とお聞きしておりますが、改めてご要望などはありますでしょうか?」
「いえ、大丈夫です。ノエルさんも、それで良いですか?」
「そちらでお願いします」
店員さんがノエルさんを向いていたのを知ってか、ノエルさんが直接答えてくれる。
「かしこまりました。お飲み物は、紅茶でよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「承知いたしました。少々お待ちくださいませ」
落ち着いたまま店員さんが離れて行き、テラス席に私とノエルさんだけが居る。
今日は何だかんだ動き回っていたけど、ようやく席につけた感じがした。
昨夜もブレンダさんとゆっくり出来たけど、それとは少し違う。
――それに今は、ノエルさんだけが居てくれる。
「何だか、とても楽しそうだね」
「えっ、私ってそんな顔してました!?」
自分でどんな顔をしてたかなんて分からない。
けど、ノエルさんも楽しそうに私を見ている。
「さっき子供たちと遊んでたから、そのおかげかな」
「さぁ、それは内緒です。美味しい食べ物が来るからかも知れませんよ?」
「確かに、それを言われたら、もう答えみたいなものじゃないのかい?」
「もぉ私の事、本当に食いしん坊の団長とか思ってないですよね!? 私だって、皆を助け出すまでは控えてたんですよ。これぐらい、良いじゃないですか」
自分を労う事の大切さは嫌という程学んだ。
黙々と勤めるだけの日々は遠慮したい。
「そうだね。全員を連れ出せたのは、本当に良かった。私達がもう少し遅かったり、違う行動をあの場で行っていれば、どうなっていた事か」
思い出したかの様に話すノエルさんに、私は気になっている事を聞くことにした。
「そう言えばノエルさん、どうしてルイスさん達は、地下から逃げなかったんですか?」
「それには理由があってね。地下から一緒に行くと言ったルイス伯爵を、テレンスさんが止めて、地上の掃討を申し出てくれたんだよ。僕としては断る理由もなかったら、お願いしたけど。もしかして、何かあったのかい?」
聞くタイミングとしては間違っていなかったのだろう。
ノエルさんのおかげで、私が知らなかった事が一つ知れた。
テレンスさんのおかげだったのか。
だいぶ助かったけど……そんな感じじゃ、なかった気がする。
少し不満そうなルイスさんを思い出してしまうも、聞く場所が間違いだったのだろう。
此処はまだ、共和国だ。
余り迂闊なことは、言えないのかもしれない。
「そんな心配しなくても、問題はありませんよ。寧ろ、こうして良いお店を紹介して貰える程度には、帝国と共和国の関係は良好とも言えます」
「頼もしいね。君に任せてたら、外交の基盤も安心かな」
「任せて下さい。王国以外となら、上手くやれるかもしれません」
「僕としては、王国を任せたい気持ちもあるんだけどね」
「それは無理難題ですよ。まずは、未払の残業代を請求する所から始まってしまいます」
「そんな事に、なってたんだね」
「元が微々たる数字で、帝国に来てからは気にしてませんでしたが、対等の関係で話し合いという事になるのでしたら、そこはしっかりと請求した方がお互いの為かと」
私が居なくなった理由は正当なものなのだから、それによる損害は考えないものとする。
でも結局は、何だかんだ言ってうやむやにされると思う。
それを考えたら、やはりなしだ。
関わらない方が色々と平和で良い。
「やっぱり辞退させていただきます。私は、ただの団長で良いですよ」
「外交もしてくれる団長だね。任せたよ」
「どうなっても、知りませんよ?」
本気で言っているのか分からないまま、離れていた執事服の店員さんがトレーを戻って来る。ティーカップとテーポットが載せられ、よく見ると後ろにもう一人近づいて来る人が居た。
仕事の話はもう後回しだ。
私の思考は、甘い物へと移ってしまう。
「お待たせいたしました。こちら、トワイグレイスの紅茶になります」
良く分かんないけど、とりあえず驚く。
香りが良いのだから美味しいのは決まっている様なものだ。
紅茶がカップに注がれ、店員さんが後ろの人と入れ替わる。
そして――、
「失礼いたします。こちらイーズケームになります」
ガラスの薄い皿に載せられたデザート。
一番下に何かの底生地があって、その上にイチゴが七つ置かれ、周囲を小さなクリームで囲う事で抑えられた食べ物が目の前に置かれる。
指先を広げた状態の手よりは、少し小さいサイズだ。
けれど、イチゴが七つあるという事は下の生地を、七等分にしている事になる。見た目ほどシンプルじゃないのは私だって分かる。
きっと美味しいに違いない。
「後ほど、別の物をお待ちしますので、ごゆっくりとお食べ下さい」
「ありがとうございます」
他にもあると言われ、自然と嬉しくなっていた。
これぐらいなら問題なく食べられる。
――まだ、帝国に帰ってないんだから、食べても誰にも怒られない!
ブレンダさんだって、了承済みだ。
「食べましょうノエルさん、良いですよね?」
「自分のペースで食べて良いよ」
私が食べるのを待っていたのか。
ノエルさんの目の前にも置かれているが、ノエルさんはゆっくりと紅茶が入ったティーカップを持ち上げ始めていた。
「それじゃ、お先にいただきます」
用意されたフォークをデザートに向かわせる。
すると、硬いと思っていた底生地にするりと刺さり、少しだけザクっという音が聞こえた。
あれ……クッキーかと思ってたけど、違う?
でも、食べてしまえば、それも分かるに違いない!
底生地とイチゴ一つとクリーム。
それらを、一度で口に運び入れる。
冷たく柔らかい感触の中に、サクッとした感触と共にチョコの味がした。生地自体も美味しくて、それがチーズだと分かる頃にはクリームとイチゴの甘さが遅れて来る。
まさか底生地は、ココアクッキーとチーズケーキの合わせ技だった。
甘みの四段構えとは思いもしない。
これは素晴らしいデザートだ。
「とっても美味しいですよ! これ」
私が食べる様に進めると、ノエルさんもゆっくりと食べてくれた。
同じ様に口にして、少し驚いた様な反応を見せてくれる。
「うん、美味しいね。味も凄いけど、合わせている食べ物が同じ冷たさなのも凄いよ。よっぽど優れた魔道具か魔術師が居るのかな」
私が思いもしない方向で言われ、料理過程を想像してしまう。
確かに言われてみたら、そうだった。
食材を同じ温度で保つというは、難しい事だ。
特にこの世界では尚更、簡単という訳がない。
平然と食べていたけど、より凄さが増してしまう。
「そうですよね。凄く美味しです」
もう一口食べると、更に美味しく感じた。
何だか急に、毎日でも食べられると認識し始めてしまう。
本当に甘い物は素晴らしいけど、油断すると強敵だってなる。
でも――せっかくなら明日も食べたい。
そしたらまた……ノエルさんと来れたり……。
私がそんな事を考え、ノエルさんの方を向いた。
同じ様に二口目を口にしたノエルさんがゆっくり食べると、私の方を一度は見てくれるも、不意に外の方を向いたと思えば直ぐに目を細めてしまう。
「ノエルさん? どうかしましたか?」
何を見ているのか気になって私も、テラス席から大通りに目を向ける。
広々とした場所を歩く人達と沢山の馬車。
その中から特定の人一人を見つけるのは大変でも、他の馬車が自然と距離を空けて走っているだけでなく、豪華で少し大きい馬車を見つけるのであれば直ぐに見つけられる。
どこかで見たことがあるような……。
私の記憶の中にある、馬車達。
必死に思い出そうとするも、答えに辿り着く前にノエルさんが教えてくれた。
「あれは、アルメルの馬車だよ」
聞いた事のある名前は、直ぐに顔を思い出せてくれる。
ノエルさんと一緒に帝国の街ディガルタでお会いした――帝国の第二王女アルメル・ノーランス。ノエルさんの妹にあたる王女様の事だった。




