第104話:心を鬼にして
――手枷をしたまま、セリーナさんを外に連れ出した。
他の建物から離れているこの場所は、かなり広い範囲に芝生だけがひかれている。
周囲にはノエルさん達、共和国の警備をしている人達だけでなく、第三騎士団の全員が遠くに居た。
「セリーナさん、魔物を怖いと思うのは良い事ですよ。でも、それに打ち勝たなきゃ駄目なんですよ」
「はい……次からは――」
「次とか、そういうのは今は考えないでください」
そんなあやふや言葉だけで、済ませてはいけない。
許してしまえば、私の方がこの世界に弾かれてしまう。
「手っ取り早い方が良いもんね。誰だって、楽して克服出来るなら、それが一番なんだからさ」
私がセリーナさんの方を見ると、怯えた顔で後ずさろうとする。
しかし、後ろに下がろうとした身体がテレンスさんにぶつかり、振り返ったセリーナさんが今度は慌てて前に行こうとして、盛大に転けて地面に手枷をつけたまま両手を付いてしまう。
「あああの! 無理です、クローディア団長と戦っても私が勝つなんて事は――」
「誰もそんな事は言ってないよ。だって、私と戦っても、怖いとかないじゃないですか。なんせ人間同士なんですから」
何故かノエルさん達も、セリーナさんと似たような反応をしていた。
「クローディア、何をするのか聞いても、良いかな?」
「いえ駄目です」
ノエルさんに聞かれるも、私は迷うことなく返事をしていた。
これからする事は、言わないほうが良い。
正確に言えば、効果が薄れてしまう。
「なのでとりあえず、セリーナさんは向こうに立って下さい。あぁ手枷はそのままで良いですから」
テレンスさんが外そうとしてくれるも、私がそれを止める。
「魔術が使えない方が、色々と良いので」
騎士が剣を持っていれば、それを扱った最善を考える様に。魔術師も魔術が使える状態であれば、その中で最善を考えてしまう。
けれど、今必要なものは――そんなものじゃない。
「あの、ここで良いですか」
「はい、その辺で大丈夫です。それと、最期に――何か言い残す事はありますか?」
「えっと……それはいったい――どういう……」
「そのままです。家族とか誰かに、何か伝言があるなら、責任を持って私が伝えます」
「……いえ、ありません。あの、私はぁ――死んぬんですか?」
「それは、貴方次第です」
殺すつもりはないけど、どうなるかは私にも分からない。
そもそも、敵前逃亡なんて見たくもなかった。
「それじゃ――」
セリーナさんの周りに魔力を集めると同時に、私は両手を少し広げて身体の前で構えた。
「行ってらっしゃい」
「何が――?」
訳の分からないと言いたそうなセリーナさん。
けれど、私はそのまま両の手を大きく、叩き合わせた。
手と手がぶつかった音がなると同時に、セリーナさんの周囲を囲んでいた魔力が風となり、彼女のスカートが上に舞い始める。それをセリーナさんが手で抑えたと思えば、一瞬にして身体が地面から離れ、空へと吹き飛んで行ってしまった。
「ひぃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
よく通る叫び声が、晴れた空に響き渡り、セリーナさんが上空に舞い上がる。
恐ろしく高く、身体が小さく見えるようになった。
軽く数百メートルは飛び上がっていると思う。
段々と地表が離れたと思えば、今度は落下と共に近づく。そこに内蔵が動く感覚までもが加わるのだから、物好きでもない限りは最悪の体験でしかない。
「鬼畜め」
「鬼ですね」
「見事です」
ルイスさん、テレンスさん。
そしてアレクシアさんからそれぞれ一言発せられるも、いちいちそれに答えてられない。
遥か上空で勢いが止まったかと思うと、今度は重力によってセリーナさんが落下し始める。手足を必死に動かし、どうにかしようとしているも魔術を使えなければ、身体が空中で留まってくれるなどという奇跡も起こる筈もない。
――ただ落ち続ける。
「いやぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ――」
頭を下にして落ちて来るセリーナさんの前髪が後ろに流れ、ようやく素顔を目にする。泣いたまま口を大きく開き、全力で手を振り回し続けていた。
「助けてぇぇええええええええええええ――」
地上に近づき、ぶつかる間際で風を起こし、私はセリーナさんの身体を綺麗に受け止める。
「はぁぁぁぁぁ、はぁぁぁぁぁ、死ぬかと……思い――」
「死なないよ、私が居るんだから。それにしても、意識失わなかったのは、良いね。その調子」
「その……調子……?」
息を乱し、地面にぺたんと座り込んだセリーナさんが首をかしげていた。けれど、私はそのまま両手をゆっくりと広げ、セリーナさんの周囲に魔力を漂わせる。
「待って、待って下さいクローディアだん――」
「行ってらっしゃい」
パチン――という手を叩いた音と共に風が生まれ、セリーナさんが再び舞い上がった。
「いやああああああああああああああああああああああ――ぁぁぁぁぁぁぁ……」
先程よりも大きく、けれど短く途切れた絶叫が街中に広がる。
「これは、また、何か言われそうだな。テレンス、住人に説明しておけ」
「承知いたしました」
テレンスさんに申し訳ないと私も少し頭を下げるも、直ぐにセリーナさんに視線を戻す。すると近くで見守っていたノエルさんが、心配そうに口を開いた。
「クローディア、後何回やるか、聞いても良いかな?」
「そうですね。もう、他の事が怖いと思わなくなるまでか、意識を失うまでか。どちらにしても、死刑になるよりはマシなんで、これが一番手っ取り早いんですよね」
元々死刑もありえるものを、一人の裁量でどうにかするんだ。
中途半端が一番良くない。
遠くに居る第三騎士団の面々を見る。
言う必要はないかな。
流石に、混ざってるなんて思いたくもない。
思う方が失礼だ。
「アレクシアさん、何も言わないで良いので、皆さんの所に行ってくれますか?」
「承知いたしました。お任せください」
そう行ってアレクシアさんが離れて行ってくれる。
「落ちる! 落ちる! 落ちるぅ! 落ちるぅぅうううう――!」
魔力で正確に位置を捉えていた私は、セリーナさんを地面ぎりぎりで受け止め、髪が更に乱れ、泣いているのか疲れているのか分からないセリーナさんを見たまま、再び手を叩きわせる。
上空に舞い上がるセリーナを見て、すごく申し訳なく思ってしまう。
けど私には、他の解決策は思いつかなかった。
だから……とりあえず頑張って、セリーナさん。
そう心の中で願いつつも、
心を鬼にして――暫く続けるのだった。




