第103話:セリーナ
疲れ切った身体を、一晩ゆっくりと休ませる。
多少の疲れは残っているものの、意識しなければ殆ど分からない。
これで後は、美味しい物を食べて帰れるのなら最高だったと思う。
けれど、現状で放置できない問題が待ち受けている。
「付いて来い、こっちだ」
――暗い地下階段を、ルイスさんに続いて下りて行く。
じめじめとしている冷たい風が下の方から流れ、私達はただ階段を進み続ける。
「ちゃんと、牢に入れたんですね。逃げようとは、しなかったと聞いてたんですけど」
「本人の希望でな、魔封じの手錠もしてある」
「そうですか」
魔術を使えない魔術師はただの、非力な人だ。
牢を破壊する事も、逃げ出す事も出来ない。
それを自分から望むということは、反省していると示したいのか、諦めているのか。けど、そんな事よりも城塞都市にずっと居たのに分からなかった事の方が気になっていた。
意識してないにしても、面識があれば気づいてもおかしくはない。
ずっと隠れてた? どうして?
そんなのは簡単だ。
私と会いたくないのだろう。
私だって――会いたくない。
一人で街に居て、昔の団員が居たら魔力を抑えて、そっと隠れると思う。
そうすればバレる事なんて事態は起きない。
会いたくないのなら、会わないのが一番良いんだから――。
「おい、出て来い」
奥に向かって左右にそれぞれ五つある牢屋。
その内、左側の手前から二番目の牢に向かって、ルイスさんが呼びかけていた。その中から鎖の動く音が聞こえ、薄暗い暗闇に隠れていた人影が手前に姿を見せる。
床まで届きそうな長いスカートに、シャツだけを羽織った細身の人影を見て直ぐに女性だと分かり、目を隠す程の長い前髪が目に入った。暗さもあって瞳は殆ど見えないものの白い頬の周りには、点々としたそばかすだけが僅かに見える。
……あれ、この子って。
「ああっ、あのっ……! ひぃ――」
おどおどとした感じで声を出す最中、テレンスさんが素早く牢の扉を開けた。すると私と目を合わせようとした途端に情けない声を出し、何故か後ろに下がってしまう。
手枷をされた手が後ろまでは広がらないまま、大きく動いた身体に合わせて後ろ髪が揺れ動き、毛先だけが三つ編みにされた髪を見て私は確信する。
「だいぶ、怖がられてないか?」
「興味深いですね。いったいどうやったら、こうなるのか教えていただきたいぐらいです」
ルイスさんとテレンスさんが無責任な事を言うも、私は何もしてない。
覚えがないのではなく、実際に殆ど関わりながなかった子だ。
初日には、だいぶ嫌な記憶は残っているけど。
それでも、覚えては――いる。
「久しぶり、セリーナさんだよね?」
セリーナ、確か姓はサイムズ。
セリーナ・サイムズだったと思う。
「おぼぉえててて、くれたんですか?」
明るい表情を見せ一歩近づいて来るセリーナさん。
「覚えてるよ。だって、団長に就任した日に、貴方の作ったトラップで泥まみれになったのは私だよ? 忘れるのはちょっと……無理かな」
一瞬にして青ざめた顔色は、今にもそのまま卒倒しそうな程だった。
「ああっあの、それは、違うくて。私はただ、魔物避けにって言われて……」
「そうだよね。いつも言われた通りに、物を作る。それが貴方の役目、だったからね」
私が入った時には既に彼女は師団に在籍していた。けどその役割は、戦闘要員などではなく、余りにも扱いが酷い雑用係でしかなかった。
「物を作る? どういう事だ」
「彼女、セリーナさんは、簡単に言えば、魔力から物質を生み出す事が極端に苦手なんですよ」
「それじゃ、物を作る以前の話じゃないか」
「でもですね、元々ある土や水といった物質を操作する事に長けていたので、簡易的な寝床や塀、泥沼と言ったトラップ紛いの物まで、魔力の供給を断っても形が残り続ける物を作れるんですよ」
「何だ、そういう事なら、こちらで引き取っても良いぞ?」
目の色を変えたルイスさんがセリーナさんを見始める。
まぁそのまま渡しても良いんだけど……ちょっとそれは出来ない相談かな。
「そのまま団に居れば良かったのに、どうして辞めて、城塞都市に居たの?」
「それはその……」
「言ってくれないと分からないよ。それとも、二人だけの方が良かったりするかな」
首を振らず、両手を握り合わせたままセリーナさんが顔を下げたまま口を開いた。
「私には……元々、団での立場がありませんでした。でも、クローディア団長から来てからは、団の中でも、少しは……存在が許されて。でも、クローディア団長には恨まれてたみたいですけど、それでも、私は感謝してて、でもそんなクローディア団長が居なくなってからは、オリヴァー副団長が団長にもなって、それでまた――」
「酷い扱いを受けたから、辞めたの?」
「はい……それで次は、城塞都市に行く様に命じられて」
私が誘ったならまだしも、私が入る前から彼女は居た。
それなのに、こう言われたからと、どうして良いものかやはり分からなくなってしまう。
それに覚えてはいたが、恨んではいない。
何故、私の働きを庇ってくれなかったのかと、初日以外の部分で言いたい事ならあるけど、どうせ彼女一人がどう言った所で、あのオリヴァーが判断を変えるとは到底思えなかった。
「なら、一生牢屋に入っとく?」
黙ったまま顔を上げたセリーナさんと、ようやく目が合う。
それでも前髪で大半が隠れ、僅かに緑色の瞳が見えたくらいだ。
「セリーナさんが、どうして魔術師団に入ったのかも私には分からないけど、入ったからには最低限の果たすべき責任がある筈だよ。それを何とするからは、その人次第でもあるけど、私の場合は誰よりも魔物を倒して、王国に住んでいる人達の安全を考えてたよ。でも、街の人を置いて行った貴方は、――何を大切にしてるの? それが分からないんじゃ、どうしようもないかな」
「それは……その……だって、私に出来る事は何もなくて。街に入ってしまったら、殆ど私も、無力で――今みたいに――」
「何も出来ないからって、許される事とそうじゃない事があると思うよ。知ってる? 最後に屋敷の障壁に入ったのは、子供二人と大人一人だったんだよ? それも、大人が子供を連れてじゃなくて、その逆だった。まぁ余り褒められた事じゃないけど、あの子達が兵士とかだったら、称賛ものだよ」
「それに比べて私は……」
「そう、やっちゃいけない事をしちゃったの。普通だったら、どうなるか分かるよね?」
「はい……」
「そっか。それじゃ一回だけチャンスをあげるから、外に出よっか」
そんな彼女を、私は外に連れ出すのだった。




