第102話:疲れ切った身体に――
「聞き間違えました」
「いや、聞き間違えじゃないぞ、団長殿」
丁寧に否定されるのが、こんなにも嬉しくとは思わなかった。
眉間に眉を寄せルイスさんを見返してしまう。
「それで私にどうしろって言うんですか? 普通、王国に連れて行って終わりじゃないですか? 一応、王国内で起きた問題なのは変わりないんですし」
「本当はそうしようとしたんだがな、連れて行くにもコストが掛かってしまう。王都に向かうのも、エルヴィスぐらいだしな」
「そうなんですか? てっきりエルヴィスさんも残るのかと思ってました」
「はい。クローディアさんの言う通りエルヴィスさんは一度、王都に行かれ、その後に戻って来ると仰っておりました。元々、他の王国貴族よりも、我々共和国の方々との方が面識があるようですので」
「最後の務めですか、珍しいですね」
王国の人にしては、というのはある。
私なら最悪、短時間で行こうと思えば無理をしたら行けるけど、馬車で行くとなると、今は帝国を経由してかなりの遠回りをする事になってしまう。
それを考えたら手紙でも良いし、形はどうであれ見捨てられと言える状況を経てそうするのだから、私なんかとは比べ物にならない程ちゃんとしている。
私も見習わないとな……。
処遇を決める。
私が変な事を言えば、その人の人生は……終わりだ。
「どっちにしろ、貴様が決めろ」
「ノエルさん的には、何かありますか? 帝国としてでも構いませんけど」
「そうだね。一つ君に伝えるとしたら、もしこれが第三騎士団で起こった事だったとしても、僕としては君の判断に任せたいと思う。それに安心して、何か起こっても責任は僕がもつから」
頼もしいけど、今回ばかりはそうも言ってられない。
問題がないのなら、それだけで十分だ。
「私がもてる分は、私がもちますから」
そうでなければ、何のための団長かが分からなくなってしまう。
「分かりましたルイスさん。その人の事は、私の方で決めさせていただきます」
「そうか、なら任せたぞ」
それだけ言うと、ルイスさんは静かに食事に戻っていた。
話す事がないのか喋らないけど、私としては聞きたい事は色々とあったが聞くに聞けない。いくらなんでも、二人に合わせられる所は合わせた方が良いかと考え、ただ美味しい食事だけを食べ続ける。
そして私達は食事を終え、それぞれがメイドさんに案内されていた。
***
「あぁしみるぅ……」
私が案内されたのは大浴場だ。
大理石の床に石造の柱。タイルまではめこまれた手の込んだ場所なのに、変なライオンの顔から湯が溢れているなんて事はない。
所々が控えめなのが良いのだ。
全部、金ピカだったりしたら、そもそも入らなかったと思う。
そこで私は、一人で汚れを流してから、湯に浸かっている。
本当はメイドさん達が手伝うと言って、押し問答があったのだけど、そんな事をされてもどうして良いか分からない私は、どうにか遠慮させてもらった。
「贅沢だなぁ~」
私の家にもあるけど、ここまで広くはない。
というか大きい方は使っている余裕がなく、放置されてしまっている。
何はともあれ。
「ふぅ……」
誰にも聞かれていないからか、ただ広いからなのか、声が自然とこぼれてしまう。
最高だ。
浴槽に注がれるお湯の音だけを聞きながら、ゆったりとする。
――そこで、私は聞いてはいけない物音を耳にした。
扉がガラッと開き、ペタっという足音を捉える。
もしかして、ノエルさん!?
そんな事は絶対にない筈なのにそんな事を考えてしまい、私は身体を隠す様に深く浸かった。
もうどうして。
ルイスさんが仕組んだのなら、この建物ごと吹き飛ばす。
絶対に許さないから!
焦る思考がぐるぐると同じ場所を回る中、声が聞こえる。
「失礼させていただきます、団長」
女性の声だった。
それも、聞き覚えのある。
「んっ?」
入り口から入って来た人物。
その人が、タオルで身体を隠しながら近づいて来る。
「ブレンダさんっ」
鍛え上げられた細い身体が目に入り、私は湯から顔を少しだけ出した。
身体をタオルでブレンダさんが隠そうとするも、隠れきれない太ももからは筋肉となる肉がはみ出ている。なのに細いお腹周りのくびれはタオルで殆ど隠れ、タオルを抑えている胸付近からはほどよい弾力をもっているであろうものが見えてしまっていた。
ノエルさんではなかったという安堵と共に、少し嬉しい様な気持ちになってしまう。
今思えば、他の団員の人とこんな状況になったのは、久しぶりか、初めての事だった。
戦場なら、そもそも洗う暇がないか。あったとしても魔術で水を生み出し、勢いよく汚れを洗い落としたらこんどは自分で乾燥させるだけだ。
他の人みたいに、いちいち魔術師が沸かした水を桶でくんで身体にかける。なんて事は殆どしない。
仮に入れる場所だったとしても、団長は団長だ。
他の方が入って来る事はまずない。
「あの……ご一緒しても、よろしいでしょうか」
少し恥ずかしそうにしているブレンダさんを見て、何だか申し訳ない気持ちになってしまう。
「どうぞどうぞ、むしろ歓迎ですから!」
「歓迎……!? 歓迎とは、どういう意味でしょうか。もしかして――」
「違うから、違いますから! ほら、さっさと向こうで汚れ落として来て下さいよ。何なら、私がやりましょうか?」
「いえ、自分で出来ますので。団長はゆっくりなさっていてください」
ブレンダさんに断られ、私はそっと湯に身体を沈める。
――その後ろ姿も自然と見てしまいそうだったが、申し訳なくなり私は一人でじっと待つ事にした。
暫くして身体を洗い終えたブレンダさんが湯船に近づいて来た。
駄目だ、あんまり見ないようにしないと。
……それでも、改めて凄い身体だと思ってしまう。
鍛え上げられた騎士はこうなるのかと、理解させられた気分だ。
私とはまるで違う。
「そんなに見られると……入りづらいのですが」
「そう言われても……すみません」
私が自分の身体に視線を落とした隙に、ブレンダさんが湯に身体を沈める。
「ブレンダさん、腹筋とか割れたます?」
「何を聞いて来るんですか……」
「良いじゃないですか、教えてくれないなら。腹筋が足りないって言って、筋トレメニューを考えなければなりません」
「団長権限の私的利用じゃありませんか?」
「これは、必要事項です」
かなり申し訳ないと思いつつ、私はブレンダさんの方にそっと近づいた。
男性の方の筋肉は見ててハッキリとしている事が多いけど、女性の人のは引き締まり過ぎていて見てるだけじゃ詳しくは分かりづらい。
「団長!? ……待って下さい。流石に」
「流石に何ですか? これも騎士団存続の為です」
そんな訳も分からない理由で、私はブレンダさんに近寄り――手を伸ばした。
男性の鋼鉄の様に広く硬い筋肉とは違い、柔軟性のある繋ぎ合わせた様な筋肉。それは男性のにも負けず劣らずで、自分の身体を起こしたり攻撃を受けた時に、足腰へと確実に力を受け流せると確信する。
「すごい……これが、歴戦の腹筋」
「何ですかそれは、もう……そろそろ許して下さい」
顔を赤くしたブレンダさんがそっと顔を逸らして、横目で私の方を見ていた。
「すみません。ほら、私のも突いて良いですから」
遠慮気味にブレンダさんが湯の中から指を私に近づける。
そして遠慮気味の指先が、私の横腹を突いた。
「団長……そろそろ運動した方が良いかと」
「はい……気をつけます」
私は内心決意した。
帝国に来てから食べすぎてしまった分は、運動するのだと。
「ブレンダさん、やっぱり運動メニューも追加しましょう。主に魔術師にですが」
「そういう事でしたら、お手伝いさせていただきます。それと魔術師以外の方にも、もう少しメニューを増やしたいと考えていましたので、そこも改善させていただければと思います」
そして私とブレンダさんは、目を合わせて頷いた。
頑張れ、帝国に帰った未来の私。
明日の私は――甘い物を食べると決めている。
「頑張りましょう、帝国に帰ってから」
「……はい。承知いたしました」
ブレンダさんがそう小さく答え私達は、
ゆっくりとお風呂を――堪能するのだった。




