第101話:ルイスさんの別邸にて
ルイスさんの後を追って見えて来た大きな屋敷。
当然と言えば当然だけど、私の広い家よりも更に大きかった。
「流石ルイスさん、随分と大きい家ですね」
それにルイスっぽい。
外壁は普通、レンガなら赤みのある茶色っぽい色をしていると思う。それなのに、陽が既に落ちて暗いとは言え、かなり黒っぽく見えてしまう。
屋根の斜めになっている木材も、どこか暗い茶色だ。
「大きい? 冗談だろ。この街で使うだけの、別邸だぞ」
「うそっ、こんなに大きいのに……」
「彼は伯爵だからね」
「そのうち、クローディア団長殿も慣れるかと」
ノエルさんとアレクシアさんにまで平然と返され、私だけが立ち止まってしまう。
そういう……ものなの?
王国時代の記憶を出しても、この規模のインパクトは受けた覚えがない。
共和国の方が、建物の規模感が大きいとか?
そう思わないと理解し難く思えてしまう。
「テレンス、入りそうになかったらた扉に鍵を掛けていいぞ」
「承知いたしました」
待って。
「入りますから、閉めないでください」
「お閉めになられても、クローディアさんは入って来れるかと」
「いやいや、不法侵入みたいじゃないですか、普通に徒歩で入らせてくださいよ」
テレンスさんと話しながら、私は屋敷に足を踏み入れた。
――外と余り変わらず、全体的に暗い色で統一された家具達。
カーペットが赤いなんて事はなく、灰色のカーペットだ。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
「お待ちしておりました。帝国の皆様」
入るなり、入り口に控えていたメイドさん達が頭を下げ始めた。
左右に四人ずつ並び、私達を迎えてくれる。
その下げられた髪を見て、私は懐かしい様な感覚を思い出していた。帝国では余り見ない黒色の髪、それもメイドさん八人の内――六人が黒色の髪をしている。
何だっけ。
確か、共和国よりも更に南東よりの国は、黒色だったかな。
余り気にしてなかったけど、私ってもしかしなくても目立つ時は目立っているのかもしれない。
でも、明るい色ってよりは落ち着いてるから大丈夫なのかな。
「よろしくお願いします」
私がそう言うと、優しい笑みを浮かべたメイドの人が手を動かしてくれる。
「皆様、どうぞこちらへ。お食事の準備が出来ております」
食事!?
それは願ってもない。
昼を食べないで眠っていた私にとっては、何よりも嬉しかった。
「私が行く前に、全部は食われるなよ」
ルイスさんがそう忠告して、私達の元をテレンスさんと一緒に離れて行く。そして残った私達は、メイドさん達に案内され長い廊下を進み始めた。
「こちらにお入り下さい」
無駄に広い部屋。
流石に黒色にはしなかったのかカーペットも赤く、壁紙も少し控えめな白色のものが使われている。その部屋の中央には、白いテーブルクロスがかかった大きな丸テーブルが置かれていた。
「どうぞおすわり下さい」
入り口で止まっていた私に、先に入ったメイドさんが椅子をひいていた。
「はい……」
案内されるまま席に着くも、
アレクシアさんは立ったままだった。
「アレクシアさん?」
「いえ、私はこのままで」
何故……。
私は団長で、アレクシアさんは副団長だ。
副団長が立っているなら、私も立つべきなのでは。
だって大差はあるようでない。
何なら、私よりも活躍してくれる。
「いつもの事ですので、お気にならず大丈夫ですよ」
「そうですか……」
「それに私は、昼頃に休憩もしていますので」
「……分かりました、そこまで言うのなら止めません」
私は何かを食べる。
それが何かは分からないけど、きっと美味しいものに違いない。
――暫くして、
ルイスさんとテレンスさんが部屋に入って来る。
「すまない……待たせたな」
入って来るや私と目が合い、何故かルイスさんが申し訳なさそうにしていた。
「おい、今直ぐ食事をもって来い、さもないとこの屋敷ごと吹き飛ばされそうだ」
「ルイスさん!? 私、そんな事言ってませんよ!?」
「目がそう言ってる。それに構わん、私も何か食べたいぐらいだ」
ルイスさんの指示で直ぐに料理が運ばれ、私達の前に美味しそうな料理が並べられる。
分厚いステーキは細かく切られ、骨が丁寧に取られた焼き魚。
食べやすそうな野菜と薄切りっされたハム。
パンとスープに揚げ物として置かれたポテト。
更に貝やエビなどの魚介が入った鍋と、どれだけ置かれるのかと思う程の料理が次々に並べられる。
「どうせ私達しか居ないのだ、好きに食べて良いぞ」
そう言ってルイスさんが、適当にフォークでハムを取り食べていた。
何も気にしないで良いと示してくれたのだろう。
「それじゃ遠慮なく。いただきます」
私はそれに従って、自分のタイミングでゆっくり食べ始める。
出来立ての料理は美味しく、食感も素晴らしいとしか言えない。
お腹が空いているからかとにかく美味しかった。
肉を食べた途端に肉汁が溢れ、エビを食べればプリッとした食感が伝わる。
パンもサクサクとしていて、とろみのあるスープが絡みついてくれた。
「美味しいです、皆さん。ありがとうございます」
私に言われたメイドさん達が困った顔して、ルイスさんの方を見る。けれど、そのルイスさんは何も気にしてないと言わんばかりに口を開いていた。
「気にするな、そういう事を気にする奴じゃないからな。素直に受けとれば良い」
「承知いたしました。ありがとうございます、クローディア様」
「本当の事を言っただけですから」
そのまま私達は食事を続け、
暫くは――静かな時間を過ごしていた。
ある程度食べ物を口に運び終えたルイスさんが、口を開くまでは。
「それでだが、一つ確認したい事がある」
ノエルさんではなく、私の方を見ているルイスさん。
「何をですか?」
「一人、処遇を決めかねている奴が居てな」
ノエルさんやアレクシアさんは知っている様な感じだった。
けど私はさっぱり何の事か分からず、ルイスさんに聞き返してしまう。
「何の事ですか?」
「城塞都市で壁が突破された際に、魔物が入っていた事は分かるな?」
「そりゃ……忘れる方が難しいですよ」
二人の子供を思い出し、私は再びその記憶をしまった。
「その壁が破壊され際に、街の住人を残っていた兵士や、そちらの第三騎士団の者で避難させていた訳だが。この時に、我が身可愛さで先に逃げた王国の者が居たらしくてな」
「それが本当なら大問題じゃないですか、王国はきっと許しませんよ?」
「だろうな。あの国に限らず、そんな事を許してしまえば、秩序が保たれない。いざとなれば逃げるかもしれない。そんな奴が居る組織では、命令がまともに機能するかも怪しくなるからな」
「最悪死刑もありえるかと」
後ろに居たテレンスさんが、重たい一言を追加してくれる。
ご飯時に止めて欲しいのだけれど、この人達にとってはこれが当たり前なのだろう。私だって、前線に居た時は、食事中であっても毎日がそんな事ばかりを考えていたと思う。
「そうですね。貴族の子が逃げ帰っても、それがもみ消される事はありますけど、後ろ盾のない人間だった場合は死刑か牢へ入れられて、陽の光を浴びる事のない生活。最悪――いえ、その二つかと」
「口をすべらせてくれて良かったぞ? 何なら、魔物もろとも、帝国と共和国で叩き潰すのも面白そうじゃないか」
「ルイスさん、冗談はほどほどにしてください。怒りますよ」
「本気だ、腐った国を残して何の得になる。だがまぁ、共和国が王国に流していた金は、これからは私が貰い受けるつもりだからな。どちらにしても構わんのだが」
「どういう事ですか? 周辺の国での援助はまだ」
「どうもこうも、魔物との戦線を維持するからと、巨額の資金を王国に与えていたに過ぎない。それがどうだ、戦線は崩壊し、今や私の領土にまで魔物が到達するようになってしまった。こんな状態で払う訳がなかろう、それよりも自国の防衛の為、そうだな壁の維持と魔術師の配備という名目で、共和国が王国に渡していた全ての資金を私が貰い受ける方がマシというものだ」
人の悪い笑みを浮かべたルイスさんがそう話す。
そうだった、この人はこういう人だった。
失礼な事をせずに帰れた私を褒めてやりたい。
お金については請求されたら、負けな気がしていた。
「ノエルさん。帝国はどうするんですか?」
「流石に、僕一人では何も決められないけど、少なからず今まで通りにはいかない筈だよ。共和国の言うように帝国側も少なからず被害を受けている。それこそ、カルーツ村に限って言えば、避難はせずとも、今までと同じ生活は送れなくなってしまったからね」
建物を壊した事を申し訳なく思ってしまう。
けど、そんな事をノエルさんは言ってる訳じゃないのも分かる。
「どうするんでしょうね、王国は」
「貴様が言うか」
「良いじゃないですか、私はもう帝国の第三騎士団所属なんですから。殆ど無関係です」
「なら、その殆どじゃない、残された部分に関しては判断してもらおうか」
残された……?
そんな部分が本当にあったんですか。
つい言った言葉だけであって、そんな災難が本当に降りかかるとは思ってもいなかった。
私が何の事かと思っていると、ルイスさんが再び口を開いた。
「先程の逃げ出した者についてだが、そいつは元・王国魔術師団の団員で、団員だった頃の団長の名は――クローディアと言うらしい」
今日一番の爆弾が落とされ、ちょうど持っていたパンを――私は落としかけてしまうのだった。




