第100話:クロステイン
魔力を殆ど使い切った私は、
いつのまにか眠ってしまっていた。
――揺れる馬車で目が覚め、斜めに差し込む陽を目にする。
「あれ、私……」
「良かった。身体の方は、痛かったりしない?」
気遣ってくれるノエルさんの声を聞きながら、私は横に流れていく景色と城壁の門を遠くに見つけた。
「あの壁を、壊せば良いんですね……分かりました」
突破だ。
あれを破って助けに――。
「違うから、落ち着いて。そんな事したら、ルイス伯爵にずっと何かを言われてしまうよ」
「ん?」
ルイスさんに?
あれは、城塞都市なんじゃ……。
ならあれは、朝陽じゃなくて……。
――夕陽?
ならずっと眠ってたって事?
徐々に思考が戻り始め、私はおぼろげに見えていた目を何度も瞬きさせて、ちゃんと見ようとする。
――恐らく夕陽であろう陽の光と、それに照らされる見覚えのない壁と門。
城塞都市の壁よりも少し小さく、石造りというよりは、レンガっぽい素材が数多く見えていた。
「気がついた?」
私の身体は横になっており、視界の左端にノエルさんの整った顔が下から見えていた。普通、下から見たら変に見えたりする人も多いのに、この人は何故――こんなにも整っているのだろうか。
「すみません、今が気がつきました……」
そんなノエルさんは、寝ぼけてたとは言わなかった。
有り難いけれども、どんな顔をしているのかも分からない。
というか、今が本当に夕方なら、私はずっとここで眠っていた事になる。
馬車の御者が座る、前方席。
壁もなく、屋根もない。
周囲からは丸見えの状態だ。
「中に放り投げられたとしても、別に怒ったりはしなかったですよ?」
「そんな事しないよ。でも、此処よりも中の方が良いかと思って、そうしようとしたんだけど、何故か駄目だと言う人が居てね。このままになってしまったんだよ。ごめんね」
いったい、私が眠っている間に何があったのか……。
「それよりも、ノエルさんの方こそ大丈夫ですか? 私の重みでどこかがしびれたり……」
よく見れば、私は前側の席で真ん中に座っている。
アレクシアさんが足を置いている場所に、ずかずかと邪魔になりそうなギリギリまで足を伸ばし、上半身に至ってはノエルさんの膝の上で……今も横たわっている。
それだけでなく、薄い外套らしき物が毛布としてかけられ、それを抑える様にノエルさんの腕が少しだけ私にかけられていた。更に意識を向ければ、私の頭の下にノエルさんの右腕が封じ込められている。
「すみません」
「何も言ってないよ。ほんと君らしいね」
「もぉ何ですかそれ」
ノエルさんが少し笑いながら返すので、私も同じ様に返していた。
「しびれてても、私のせいにしないでくださいよ」
そっと身体を起こし、自分で座る。
広いと思っていた御者席は、身体を起こすと少し手狭に感じてしまう。
左にアレクシアさんが座り、右にはノエルさんが居る。
こんな場所で寝ていたと思うと、とてもいたたまれない。
今直ぐに自室があったら入り込んで、隠れたい所だ。
「お二人とも、そろそろ着きますよ」
私がそんな事を考えているとアレクシアさんの声を耳にし、視線を前に向ける。閉まっていた筈の門が攻撃をせずとも開いていた。
これが当たり前なのだが、寝ぼけていた私にとっては少し衝撃的だった。
「何だ、ようやく起きたのか!」
右からルイスさんの声が聞こえ顔を向ける。すると、速度を上げ始めた馬車が見え、私達の乗っている馬車と並走しようとしていた。
「すみませんね! 色々大変だったんです!」
ちゃんと届くように声を張る。
「それはこっちのセリフだ!」
やっぱり、あの後沢山の魔物と戦って大変だったのだろうか。
でも受け持つと言ってくれたのはルイスさん達だ。
「それはお疲れ様でした!」
何故かルイスさんが呆れているが、私にはまるで分からない。
「ノエルさん、私なんかしちゃいましたか?」
「ううん、君は悪くないと、思うよ?」
珍しくノエルさんもハッキリとはしないまま私達は、ルイスさんが治める街の一つ。
――クロステインに辿り着いていた。
夕陽が殆どなくなり、街灯の淡い光が私達を迎えいれてくれる。
横に広い石畳の道が街の中心部に向かってゆったりと伸び、左右にはレンガ造りの建物が並んでいた。その下には、ある筈の歩道らしき場所も見えないほどに、多くの人が集まっている。
「帰って来たぞ! フィーランド伯爵様だ!」
「フィーランド伯爵!」
一人の声をきっかけに声が発せられ、またたく間に声が溢れ出してしまう。
そして、直ぐに別の声も聞こえてくる。
「居たぞ! あいつらだ!」
「おい! ライジャの野郎も居るぞッ!」
周囲からそんな声が聞こえ、先に避難していた人達だと直ぐに分かる。
「はっ!? 何だと! 居ちゃいけねぇってのか!」
「おじさん静かにして! 皆が探せなくなっちゃう」
「おじ――」
そんな声が少し後ろの馬車から聞こえて来るも、前を走る私達が止まる訳にもいかず、そのままルイスさんの指示で馬車が走り続けて行く。
「ノエルさん。ありがとうございます、私のわがままに付き合ってくれて」
「人助けなら、いつでも言って。可能な限り僕は、君に協力したいからね」
「でも、他国に干渉し過ぎると、後々問題になりませんか?」
「それは、その時に考えれば良いんじゃないかな。人の命よりも優先される事なんて、本当はあっちゃいけないんだよ」
ノエルさんの言う通りだ。
けれど、実際はそうもいかないのが問題なのだろう。
「そうですね。それに今は――王国の人達が無事に避難出来たんですから、これで良かったんですよ。後日、怒られたりしたら私も一緒に怒られますから」
「頼もしいけど、それは僕の役目だから。君は、皆と居てくれたら、それだけで十分だよ」
「分かりました。次から呼び出しがあっても、見なかった事にします」
「クローディア、さっきの発言だけど」
「冗談ですよ。一緒に怒られましょうね。そもそも、怒られる事は何もしてないんですけど」
「それもそうだね」
大歓声とも言える声で溢れる大通り。そこを通りながら私とノエルさんは、任務が終わったからか自然と気楽な事ばかりを口にして、一緒に肩の力を抜いていた。
これでようやく私も、
美味しいお菓子が食べられそうです!
本日の投稿で、100話という大台に達する事が出来ました。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
次回101話からは、作品ページで見た時は2ページ目になる事を考えると、ついに私もその域に足を踏み入れた事を嬉しく思う反面、少し緊張してしまいます。
ですが引き続き本作の更新は、勿論あります!
寧ろ続けていきたいです。
これからも本作の応援、
何卒よろしくお願いいたします。
――海月花夜――




