809話 Point of No Return ─ 回帰不能点 04
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とうに滅亡した国の、王城のような。
打ち捨てられ、寂れた神殿跡のような。
紋章入りの旗も、豪勢な敷物も、ましてや贅を凝らした調度品の1つとてなく。
古さはさておいても、何故か濃厚な『苔』と『土』の匂いすら漂う広間で。
女は悠然と脚を組み、微かな笑みを湛えていた。
おぞましい緑色の肌をした、死して尚も消滅出来ぬ亡者が20数体。
それらが肉体をもって組み上げた奇怪な玉座へ、当然とばかりに腰掛け。
蝋より白い面相の、血より紅い唇を明らかに歪ませて。
それでも不機嫌さを慎重に殺した声色で、諭すように言った。
「・・・なあ、アドリーよ。
馬鹿な事を考えるでないぞ?」
くきり、と首を左に傾け。
それから右腕を持ち上げて、痛むこめかみを指で押さえるような仕草。
「いや、考えるだけであれば、まだ良いがの。
その先はいかんぞ、絶対にな」
「──────」
名を呼ばれた者は、10歩ほども離れた位置にいるが。
平伏の姿勢はとっていない。
片膝すらも突いていない。
ただ少し、俯いたまま。
100年の怨嗟を込めた亡霊の如く唇を結び、無言で立ち尽くすのみ。
その態度がまた、女の不快感をじわじわと増大させる。
「何度も聞かせた通り。
妾は、《欲望》というものを失って久しい。
《執着》も然り。
地位、名誉、財宝。
あろうがなかろうが、心底どうでもいい。
喜びも悲しも、とうの昔に枯れ果ててしもうた。
今や感情自体が、大した意味を持っておらん。
そうであればこそ。
『分を弁えぬ小竜』が得意気に吠えようが、相手にせぬ。
取り合わなかったのだ。
そもそも、声高に不義不正を暴く者が正しいとも、限るまいし。
そんな世迷い言を鵜呑みにする愚民など、とうに見放しておるわ。
口汚い下衆を、一々探し回って苛めるのは億劫でのう。
”面倒で関わりたくない”というのが、本当のところよ」
「──────」
「・・・だがな、アドリー。
妾の前で。
面と向かって『のたまう』ならば、話は違ってくる。
如何に脆弱で、とるに足りぬ者であれ。
どれ程つまらぬぬ言い掛かりや、《小さき反抗心》であろうとも。
笑ってそのまま帰しはせぬのが『強者』であり、『支配者』というものだぞ?」
「───《屍虐帝》、ジアス・エクゼイル・グレンキウト様に申し上げます」
「やめよ」
亡者の玉座から背を離し。
短いが鋭い口調で、女は続きの言葉を遮った。




