808話 Point of No Return ─ 回帰不能点 03
「これは───」
「あー、表層の損傷には、目を瞑ってほしい」
私が言葉を選んでいる間に人型が、すまなそうに言った。
「まだ上手く殺せなくてさ。
こんな状態だと、駄目かな?」
「実際に必要なのは、もっと深部ですので。
特に問題ありませんね」
「やった!
あと3つあるから、それも持って来るよ!」
「1つあたり、どのくらいお支払いすれば?」
「え?」
しばしの硬直を挟み。
「いや、要らない、要らない!
対価を貰おうなんて、全然考えちゃいないから!」
「でも、そういう訳には」
「ホント、いいってば!」
「なら、『無料で死体を提供する理由』は何でしょう」
「・・・・・・」
今度の沈黙は長い。
吹き抜ける風を受け、頭上の枝葉が急かすようにざわざわと揺れた。
「・・・《墓守》から買うのを、やめてほしくて」
「何故です」
「・・・論理的に説明するのが、難しい。
どう足掻いたって、感情論になるけど」
「構いませんよ」
「こんな事、僕が言うのもあれだし。
今更なんだけど。
『死体を使う』なんて、マトモじゃないよ」
「──────」
「ちょっと前までの僕も。
今の君も。
死体を必要とするその《目的》自体が、ロクなもんじゃない。
他者の理解は、絶対に得られない。
《目的》が叶ったところで、誰からも喜ばれない。
・・・や、別に批判してるわけじゃなくて、その・・・」
「──────」
「批判じゃないけど。
でも、事実だ。
僕にも君にも、幸せな未来なんてないよ。
待ってるのはただ、『破滅』さ」
「ええ。そうでしょうね」
遠慮がちに喋るわりに、内容は辛辣で絶望に満ちていて。
どうにも覆せない、確定的な『事実』だった。
「・・・でも、さ。
死ぬなら死ぬでいいから。
自分の都合だけで、死にたい。
せめて、そうあるべきだと思う。
第三者の、おかしな思惑に乗りたくない。
最後の最後、”ああ、やっと死んでくれたか”、なんて。
観劇気取りでクスクス笑われたくないんだ、僕は」
「──────」
「『人間』でも、『人間もどき』でもなく。
最初から《得体の知れないモノ》として生まれてきて。
何も分からない僕へ様々な知識を叩き込んでくれた《墓守》には、感謝してる。
少なくとも、インチキ無しの『公平な教育者』だったよ。
御蔭様で《墓守》が信用出来ないって事は、ちゃんと理解できた」
「少なくとも、あちらに悪意は無いのでしょうね」
「うん。
悪意は無いね。
だからこそ、あいつは悪魔というより、《悪》だ。
自分で悪事を働かず。
誰かのそれをたっぷり楽しんでからコレクションに加える、《変質的な悪》。
強くて、偉くて、力や法で裁くのは難しい厄介者さ」
「──────」
「・・・お願いだよ。
あいつと、縁を切ってほしい。
あんな奴に、”自分は特等席に座って眺めてる”とか、思わせないでほしい。
これは。
同情とは違う。
僕は、その・・・何ていうか・・・あの、」
「私の事を、心配してくれているのですね」
「そ、そう・・・だね。
それが一番ピッタリの、表現かな、うん」
「ふふ」
どうしてだか。
あれこれ考えるより先に、体が動いた。
不格好な、輪郭以外は人間からかけ離れた『泥の塊』を抱き締めて。
触れたその感触に気持ち悪いとさえ、感じなかった。
「えっ!?
ちょっと・・・ええっ!?」
「貴男は───私が出会った中で、2番目に素敵な男性ですね」
「そっ、そんなにランキング上位っ!?」
「そうですよ」
「・・・ひょっとしてさ、父親以外に会ったことがない、とかいうオチ??」
「こんな時に余計な発言をするようでは、女性にモテませんよ?」
「・・・・・・ハイ」
ああ。
抱き締めた相手に、体温らしきものは無く。
心臓の鼓動すら感じられない。
愛も、憐憫も、哀しみも皆無だ。
更に言葉を重ねたところで、何も伝わりはしないと分かっている。
彼も、私も。
別々の道で、それぞれ勝手に踏み外した『愚者』にすぎなくて。
触れても、抱いても、交わりはしない。
底なしに虚ろな2つの存在が、偶然に邂逅しただけのこと。
それ故、傍観を決め込み、己の領域から一歩も出ない《墓守》はともかく。
私の影に潜む者は、この行為にさぞや笑いを堪えていることだろう。
「この僕が・・・女性と『こういうコト』になるなんて、なぁ・・・」
「初めてではない、と聞き及んでいますが」
「ううっ!
あれは、カウントに入れてほしくなんだけども!」
モゾモゾと、『泥』が身を捩り。
向こうのほうからも、互いが密着するように身を寄せてきて。
”・・・ねぇ。これ、聴こえてるかい?”
”はい。私の声は、どうでしょう”
”オーケー、感度良好”
突如、脳内に響いた彼の声。
通信種別が不明なので『直接私信』で返したが、上手く届いたらしい。
”ええとね・・・凄く、嬉しくて。
天使の死体3つじゃ、足りない気がするからさ。
もう一つ、プレゼントを渡しておくよ”
”あら、それは。
この状況で受け取らなかった場合、泣いてしまう可能性が大いにありますね”
”まあ、ほぼ正解しちゃってるんだけどね。
君って結構、辛口なほうなの?”
”またしても、『余計な発言』ですか?”
”ハイハイ!
とにかく、『これ』をどうぞ!”
照れ隠しのように押し付けられたものは。
どう見ても、突発的なアイデアの産物とは言い難く。
”《墓守》と手を切れ”。
その『お願い』が心底、本気であると証明していて。
”心配してくれている”なんて表現したのは、可哀想だったかな、と。
感謝を込めて、心の中。
彼の評価を少しだけ、引き上げておいた。




