807話 Point of No Return ─ 回帰不能点 02
・
・
・
・
・
・
・
書類作成を一時、中断し。
部屋から出て階段を降り、中庭へと歩を進める。
剪定された低木や花壇を彩る花々は、視界に入れど大した興味をそそらない。
目指すはただ、一箇所。
敷地の壁際にそびえる、紫イチョウの木。
身長よりも遥かに上で広がった枝の下に、私が立つと。
待ちかねていたらしい『それ』から、小さく弱々しい声が掛けられた。
「・・・勝手に入ってきて、ごめん」
「──────」
「あと・・・こんな格好で申し訳無いんだけど。
僕のこと、憶えてるかな?」
「ええ。
以前、死体保管庫でお会いしましたね」
「うん!
あの時は、ほぼ擦れ違いだったけどね!
良かった、憶えていてくれて!」
途端に元気良くなる、成年男性の声。
大木の幹へ、グニャリと斜めにもたれ掛かった『それ』は。
人間のような形状はしていても、人間ではない。
表面の色合いどころか、中身さえ完全に違う。
どちらかと言えば、その足元で『のたくっているモノ』こそが、本体で。
おそらく即席の粘土細工じみた部分は、私を少しでも安心させる為だろう。
正直、『これ』とあの日の青年の共通項は、声以外に何一つ見付けられない。
「───もしかして。
《死体の代理購入》を頼みに来られました?」
「い、いや!
違うんだ、そうじゃなくて!
僕は、その・・・もう死体が要らなくなったから」
「という事は。
貴男の目的は、達せられたのですか?」
「・・・ああ。
確かに、目的の一部は、まあ」
「そうですか。羨ましいですね」
その言葉は本当に、正直な感想だったけれど。
相手を喜ばせる効果は、全く無かったようだ。
目も口も付いていない人型でも、それは気配で何となく感じ取れる。
「・・・・・・あの、さ」
「はい」
「僕が作った、天使の死体。
君が使ってくれないかな?」
「死体を、『作った』?」
「や、ごめん!
変な言い方になっちゃったけど!
ついさっき、殺したばかりだから。
鮮度はいいと思う!」
「───拝見しても?」
「うん、勿論さ!」
紫イチョウの根本を覆う《不定形》が蠢き。
やや盛り上がった後、見た目の容積以上のものをズルリ、と吐き出した。
それは彼が言う通り。
紛うこと無き『天使の死体』で。
ただ、これまでに見たことがない程に、《第一層》が破壊し尽くされていた。




