806話 Point of No Return ─ 回帰不能点 01
【Point of No Return ─ 回帰不能点】
───”死と税金からは、決して逃れられない”
それは、もう生きてはいない人間が残した、有名な一節らしいが。
寿命を持たない私達『悪魔』も、税金の支払いだけは本当に逃げ隠れできない。
魔王陛下の療養が終わり。
新たな御治世と共に、評議会が刷新され。
税率がかなり下げられたとはいえ、徴収自体は現在も依然として存在する。
───”税金無くして、暮らしの保証無し”
名目としてのそれは、おおむね間違っていない。
渋々とでも、皆が納得し得る理屈ではあるけれど。
そこに加えて更に要求されるのが、《領地税》。
生活実態のある場所の領主に対して収めねばならない、年払いの変動税だ。
領地の治安が良かろうと、如何に福利厚生が充実していようと。
領民達はこれを支払う事に関して、あまりいい顔をしない。
するわけがない。
”二重取りじゃないか!”と抗議されれば、反論や説得は難しい。
しかし。
それでも《領地税》が無ければ、《領主》が困る。
何事も立ち行かない。
領民の多くが、領地税がそのまま領主の金庫に収まる、などと考えているが。
実情はまったく異なる。
領地税なんて、私腹を肥やす暇も無く、右から左へ流れて消えるだけ。
我が領地の場合だと、完全に赤字。
私のような『位階』を持たない若輩者が領主を名乗るには、金が要る。
どうしても、最低限の経費がかかる。
その主な配達先は、隣接する土地の領主達。
”領地に侵攻せず、仲良くしてくださいね”という、《お友達代金》だ。
地獄における力関係は、非常にシビアで陰険で、鬱陶しい。
隠居した父親ですら長年、周囲から『せびられて』いて。
私の代となるや否や、余計に侮られ値上げまでされる始末だ。
───正直なところ、領地の財政は厳しい。
───いっそ開き直り、徴収を2倍にしてやろうかというくらいに。
名前だけは、そこそこ世に通った『ブランフォール家』。
今は先代からの分を切り崩して、何とか保たせているけれど。
このままでは未来がない。
事業を興し、それが大当たりしてさえ、状況は変わらないだろう。
《お友達代金》が更に跳ね上がり、《お友達》が喜ぶだけの話。
もっと根本的な『策』が必要だ。
他家の強欲な領主共を全員、黙らせるような。
ピクリとも動けなくして。
死体とほぼ同様にする、強力な『毒薬』を蔓延させないと。
───兄様の真似で、砂糖とミルクを入れなくなったコーヒーを一口。
執務室の窓から見える、中庭の景色。
収支計算に頭を悩ます私がふと、『そこ』に視線を向けたのは。
けっして季節の花々に見とれ、荒んだ心を慰める為ではなかった。




