第四話「戦国武将、学校へ行く」
第四話「戦国武将、学校へ行く」
夜の白嶺中学校。
願望型歪曲体との戦いは、まだ終わっていなかった。
巨大な黒い怪物は校庭の中央で暴れ続けている。
全身を覆う黒い霧。
胸の奥で脈打つ歪んだ核。
そして絶え間なく響く声。
《認メラレタイ》
《認メラレタイ》
《認メラレタイ》
その声は怒りではない。
憎しみでもない。
ただ、悲しかった。
誰かに見てほしい。
必要だと言ってほしい。
その願いが怪物になってしまったのだ。
グレンレッド――真田幸村は、その声を聞くたび胸が痛んだ。
「こんなものまで戦わねばならんのか……」
双槍を握る手に力が入る。
怪物は校舎へ向かって歩き出した。
三階にはまだ避難できていない生徒がいる。
時間がない。
「止めるぞ!」
幸村が飛び出す。
紅蓮双が炎をまとった。
だが。
怪物の腕が振り下ろされる。
轟音。
アスファルトが砕ける。
「ぐっ!」
幸村は横へ飛ぶ。
衝撃だけで吹き飛ばされた。
「力任せに行くな」
銃声。
バンッ!
ムーンブルーの弾丸が飛ぶ。
伊達政宗の射撃。
跳弾した弾丸が怪物の肩へ命中した。
だが効かない。
「硬いな」
政宗が分析する。
「普通の歪曲体ではない」
「ならば!」
オウゴンイエローが前へ出る。
黄金の炎。
巨大な覇王大剣〈布武〉を構える。
「押し潰すまでだ!」
大剣が振り抜かれる。
轟音。
怪物の身体が大きく揺れた。
しかし。
《認メラレタイ》
傷が再生していく。
「再生だと?」
信長が眉をひそめる。
その時だった。
怪物の背中から黒い腕が無数に伸びた。
生徒たちへ向かう。
「危険!」
セイギグリーンが飛び込む。
毘沙門槍を地面へ突き立てた。
「義心結界!」
緑の光が広がる。
透明な壁が出現。
黒い腕が激突する。
激しい衝撃。
だが結界は破れない。
「義とは!」
謙信が叫ぶ。
「守ることだ!」
その姿に、生徒たちは息を呑んだ。
◇
一方。
シャドウパープル。
明智光秀は冷静だった。
敵を観察している。
動き。
呼吸。
核の位置。
そして――
「なるほど」
小さく呟く。
「再生しているのではない」
影が揺れた。
次の瞬間。
光秀の姿が五人に増える。
影分身刀〈桔梗〉。
「核へエネルギーを送っているだけです」
分身が一斉に走る。
怪物の死角へ。
背後へ。
頭上へ。
《何ダ》
「人は見たいものしか見ない」
斬撃。
黒い管のようなものが切断された。
再生が止まる。
「今です」
◇
幸村が頷く。
校舎を見る。
窓の向こう。
まだ震えている少年。
先ほど助けた少年だ。
少年も幸村を見ていた。
目が合う。
その瞬間。
少年が叫んだ。
「負けるなー!」
幸村が目を見開く。
戦場で聞いたことのない言葉だった。
味方を鼓舞する声。
生きてほしいと願う声。
胸の奥が熱くなる。
「……ああ」
自然と笑みが浮かんだ。
「負けぬ!」
◇
「全員!」
政宗が叫ぶ。
「核が露出する!」
怪物の胸が開く。
黒い球体。
願望の核。
そこへ全員が動く。
政宗の銃撃。
信長の大剣。
謙信の結界。
光秀の分身。
そして。
幸村が跳ぶ。
高く。
高く。
夜空へ。
六文銭が背後に浮かぶ。
炎が槍へ集まる。
「俺は!」
戦国最強の兵と呼ばれた男。
だが今は違う。
ただ戦うためではない。
守るためだ。
「守るために生きる!」
炎が爆発する。
「六文銭・紅蓮地獄!!」
赤い閃光。
一直線。
核を貫いた。
◇
静寂。
怪物が止まる。
《アリガトウ》
最後に聞こえた声は。
確かに人のものだった。
黒い身体が光へ変わる。
粒子となって夜空へ消えていく。
戦いは終わった。
◇
避難していた生徒たちから歓声が上がる。
「すごい!」
「ヒーローだ!」
「助かった!」
幸村たちは戸惑った。
歓声など知らない。
感謝される戦など知らない。
幸村は少し照れ臭そうに頭をかいた。
「ヒーロー、か……」
その言葉はまだ慣れなかった。
◇
翌朝。
大十字ラボ。
地下会議室。
大和は真剣な顔で資料を机へ置いた。
「君たちには重大な問題がある」
五人が見る。
「現代知識が足りない」
沈黙。
「つまり」
大和は言った。
「学校へ行ってもらう」
◇
「学校?」
幸村が首を傾げる。
「寺子屋みたいなものだよ!」
命が元気よく説明する。
「ほう」
信長が笑う。
「学び舎か」
「面白そうだな」
◇
数時間後。
市立白嶺中学校。
「こっちこっち!」
命が走る。
「待て!」
幸村が追う。
「速い!」
「幸村さんなら大丈夫!」
「そういう問題ではない!」
朝から騒がしい。
◇
校庭。
サッカー部。
野球部。
陸上部。
元気な声が響く。
幸村は目を丸くした。
「全員子どもだな」
「中学生だからね」
「戦の訓練ではないのか」
「違う!」
◇
体育館。
転がったボールを拾う信長。
「ほう」
リングを見る。
次の瞬間。
豪快なダンクシュート。
ゴールが悲鳴を上げた。
「危ないー!!」
教師が絶叫する。
信長は満足そうだった。
◇
パソコン室。
政宗は十分でパソコンを理解した。
「何故初見で操作できるんですか?」
教師が青ざめる。
「理屈が分かれば簡単だ」
政宗は当然のように答えた。
◇
廊下。
「走ってはいけません」
謙信が生徒を注意する。
完全に生活指導教師だった。
◇
図書室。
光秀は本を読んでいる。
誰よりも馴染んでいる。
だが近寄る生徒はいない。
「何故でしょう」
本人だけが理由を知らなかった。
◇
そして屋上。
命と幸村が校庭を見下ろしていた。
笑う子どもたち。
遊ぶ生徒たち。
平和な世界。
「ねえ」
命が聞く。
「今、楽しい?」
幸村は少し考えた。
そして静かに笑う。
「そうだな…悪くない」
命も笑った。
その瞬間。
大和から緊急通信が入る。
『全員聞け』
声が険しい。
『歴史歪曲反応を確認』
幸村たちの表情が変わる。
『場所は市立歴史資料館』
風が止まる。
信長が立ち上がる。
「次の戦か」
光秀は空を見上げた。
歴史資料館。
その場所に、何か嫌な予感を感じていた。
そしてそこで――
歴史オタクの研究者、
風間史郎との運命の出会いが待っていることを、
まだ誰も知らなかった。
次回第5話「歴史を愛する男」




