第十三話 「失われた虎」
第十三話
「失われた虎」
闇暗鬼との戦いから一週間――。
天城市には、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。
公園では子どもたちが遊び、商店街には活気が戻り、人々の顔にも笑顔が見える。
◇
大十字ラボ。
作戦室で命が大きく伸びをした。
「平和だぁー!」
幸村が笑う。
「いいことじゃないか」
政宗はソファに寝転がったままスマホを見ながら言う。
「戦いがないならそれが一番だろ」
信長も腕を組む。
「乱世ばかりでは人は疲れる」
光秀が微笑む。
「珍しく信長様がまともなことを」
「何だと光秀」
「事実です」
二人のやり取りに全員が苦笑した。
だが。
その時。
大和博士だけがモニターを見つめていた。
「……妙だな」
風間が振り返る。
「どうしたんです?」
モニターには、小さな反応が表示されていた。
《未確認家紋エネルギー反応》
《出力レベル低》
《座標・天城市中央商店街》
命が首を傾げる。
「歴史歪曲?」
「いや」
大和は静かに言う。
「これは歴史歪曲ではない」
「家紋コアの反応だ」
全員が立ち上がった。
「家紋コア!?」
幸村が驚く。
大和はゆっくり頷いた。
「もしかすると――」
「まだ仲間がいる」
◇
天城市中央商店街。
昼下がり。
威勢の良い声が響いていた。
「焼きたてだぞー!」
団子を焼いている大男。
大きな身体。
豪快な笑顔。
子どもたちの人気者。
店の名は――武田堂。
男の名は――武田信。
「しん兄ちゃーん!」
「肩車して!」
「おう!」
信は豪快に笑いながら、子どもを軽々と肩車する。
「高いぞー!」
「わああー!」
周囲の人々も笑顔になる。
だが。
信には過去の記憶がなかった。
数年前。
山中で倒れていたところを保護された。
覚えているのは、「武田信」という名前だけ。
それでも。
今の生活を愛していた。
「俺には、この商店街がある」
「それで十分だ」
そう思っていた。
その時だった。
空が曇る。
黒い雲。
不気味な風。
信が顔を上げる。
胸がズキリと痛んだ。
馬。
戦場。
旗。
赤備え。
血煙。
そして――
四文字が脳裏に浮かぶ。
風林火山。
「なんだ……これは……!」
◇
大十字ラボ。
警報が鳴り響く。
《風林火山紋確認》
《家紋エネルギー急上昇》
大和博士が叫ぶ。
「間違いない!」
「六つ目の家紋コアだ!」
命が叫ぶ。
「場所は商店街!」
「みんな!」
幸村たちは駆け出した。
◇
商店街。
突然。
空間が裂けた。
黒い霧の中から、巨大な鬼武者が現れる。
燃える刀を持つ歴史魔人。
人々が悲鳴を上げる。
「逃げろー!」
信は子どもたちを庇う。
「みんな、こっちだ!」
だが。
崩れた看板が、小さな少女へ落ちる。
「危ない!!」
信は飛び出した。
その瞬間――
右手が光る。
橙色。
眩い光。
《風林火山紋認証》
《戦極適合者確認》
世界が止まった。
甲斐の国。
武田軍。
川中島。
赤備え。
上杉謙信。
そして。
病に倒れ、無念のまま閉じた瞳。
全てを思い出す。
信は、ゆっくり顔を上げた。
「そうか……」
「俺は……」
橙色の炎が吹き上がる。
「武田信玄!!」
《風》
《林》
《火》
《山》
《戦極起動》
橙色の鎧が装着される。
《タイガーオレンジ》
誕生。
「おおおおおっ!!」
巨大な戦斧。
風林火山アックス〈甲斐〉を振り上げる。
「俺の前で!」
「民を泣かせるなァァッ!!」
一撃。
轟音。
歴史魔人が吹き飛ぶ。
さらに。
《風モード》
高速移動。
《火モード》
斧が炎を纏う。
「終わりだ!」
《風林火山・絶対陣!!》
巨大な橙色の陣が展開。
敵を拘束。
そして。
渾身の一撃。
「粉砕ッ!!」
歴史魔人が爆散した。
◇
静寂。
商店街から歓声が上がる。
「助かった!」
「しん兄ちゃん!」
子どもたちが駆け寄る。
だが。
信玄は、ただ空を見上げていた。
失われた記憶。
武田家の滅亡。
守れなかった家臣たち。
「俺は……負けたんだ」
その時。
後ろから、静かな声が響いた。
「ようやく思い出したようだな」
信玄が振り向く。
そこにいたのは――
緑の鎧を纏う武将。
上杉謙信だった。
信玄の目が見開かれる。
「お前……!」
謙信は静かに微笑む。
「久しいな、武田」
しばらく。
言葉が出なかった。
戦国最強と呼ばれた二人が。
現代の商店街で再会していた。
幸村たちも息を呑む。
やがて。
信玄が豪快に笑った。
「ははははっ!」
「まさか、本当に生きていたとはな!」
謙信も少しだけ笑う。
「お前こそ」
「昔と変わらんな」
「どこがだ?」
「声が大きい」
「それは生まれつきだ!」
幸村たちが吹き出した。
政宗が笑う。
「なんだよ」
「犬猿の仲じゃなかったのか?」
信玄が笑う。
「喧嘩はしたさ」
「何度もな!」
謙信が続ける。
「だが」
「誰よりも互いを認めていた」
二人の視線が交わる。
幾度となく戦場で刃を交えた男たち。
信玄が少し俯く。
「……すまなかった」
幸村たちが驚く。
「武田家を守れなかった」
「家臣たちも」
「俺は負けた」
悔しさを滲ませる信玄。
だが。
謙信は首を横に振った。
「違う」
「お前は最後まで戦った」
「最後まで民を想った」
「それを負けとは言わない」
信玄が顔を上げる。
謙信は真っ直ぐ見つめた。
「もし本当に負けていたなら」
「お前の家紋コアは、お前を選ばない」
「今ここにいることが」
「その証だ」
信玄の目が少し潤む。
そして――
豪快に笑った。
「相変わらず真面目だな!」
「説教臭い!」
謙信も珍しく笑う。
「お前ほどではない」
「何だと!」
二人が睨み合う。
命が吹き出した。
「なんか仲良し!」
「違う!!」
声が揃う。
その場に大きな笑いが広がった。
信長も腕を組みながら笑う。
「戦国最強の二人も」
「現代ではただの悪友か」
「悪友とは失礼だ!」
信玄が言い返す。
そして。
仲間たちを見渡した。
幸村。
政宗。
信長。
光秀。
謙信。
皆、何かを失い。
それでも前へ進もうとしている。
信玄は、力強く言った。
「今度は守る」
「仲間も」
「街も」
「未来も」
謙信が頷く。
「ああ」
「共に守ろう」
その時――
遠くの空に。
一枚の桜の花びらが舞った。
誰もまだ知らない。
最後の戦士が。
静かに目覚めようとしていることを――。
次回 第十四話「桜の記憶」
記憶を失った少女・巴。
彼女の胸に眠る桜紋がついに覚醒する。
戦場に咲く一輪の花――
ブロッサムピンク、参戦!




