第十一話 「闇暗鬼 ―信じる者たち―」
第十一話
「闇暗鬼 ―信じる者たち―」
朝――。
大十字ラボ。
いつもなら賑やかな朝食の時間だった。
だが今日は違う。
空気が重い。
誰も口数が多くない。
昨夜の出来事が全員の頭から離れなかった。
「内部に現れるとはな」
政宗が腕を組む。
「今までの連中とは少し違う」
大和も頷いた。
モニターには昨夜の記録映像。
だが肝心の闇暗鬼の姿だけが映っていない。
まるで最初から存在しなかったように。
「映像記録を改ざんした……?」
風間が青ざめる。
「そんなこと可能なんですか……?」
「可能かどうかではない」
光秀が静かに言った。
「実際に起きています」
全員が光秀を見る。
彼は窓の外を見ていた。
どこか遠くを見るように。
「彼は力ではなく心を狙ってくるでしょう」
「心?」
命が首を傾げる。
光秀は頷いた。
「疑念です」
その言葉だけが妙に重かった。
その頃――。
天城市中心街。
駅前広場。
人々が行き交う平和な朝。
だが。
異変は静かに始まっていた。
スマートフォンの画面。
大型ビジョン。
街頭モニター。
そこに突然映像が流れる。
ノイズ。
紫色の画面。
そして。
一つの文字。
裏切り者は誰だ?
人々が立ち止まる。
ざわめき。
映像は続く。
会社員。
友人同士。
家族。
恋人。
様々な人間関係の映像。
その全てに最後の言葉が重なる。
本当に信じているのか?
画面が消える。
だが。
それだけだった。
誰も傷ついていない。
誰も襲われていない。
それなのに。
どこか嫌な気持ちだけが残る。
大十字ラボ。
警報が鳴った。
《市内各地で歴史歪曲反応発生》
「またか!」
幸村が立ち上がる。
モニターには街中の混乱。
喧嘩。
言い争い。
小さなトラブル。
普段なら起きないような揉め事。
それが同時多発的に発生していた。
「これは……」
風間が呟く。
「人の疑念を増幅している?」
光秀が頷く。
「闇暗鬼の力です」
「疑わせる力か」
政宗が顔をしかめた。
「厄介だな」
その日の夕方。
天城市市民ホール前。
そこに闇暗鬼はいた。
紫色の霧の中。
静かに立っている。
まるで待っていたかのように。
幸村たちが到着する。
闇暗鬼は笑った。
《来たか》
「闇暗鬼!」
幸村が叫ぶ。
だが。
闇暗鬼の視線は光秀だけを見ていた。
《久しぶりだな》
光秀は静かだった。
「初対面です」
《そうか?》
闇暗鬼は笑う。
《我々は同じ存在だ》
紫色の炎が揺れる。
《裏切り者として生きた男》
《誰にも理解されなかった男》
《信じてもらえなかった男》
空気が冷える。
光秀の瞳が揺れた。
ほんの少しだけ。
《教えてやろうか》
《お前が最も恐れていることを》
紫色の霧が広がる。
次の瞬間。
幸村たちの周囲に幻影が現れた。
戦国時代。
燃える本能寺。
倒れる信長。
叫び声。
炎。
血。
そして。
無数の声。
裏切り者。
裏切り者。
裏切り者。
光秀の表情が固まる。
命が驚く。
「これ……」
風間も震える。
「本能寺……」
闇暗鬼は笑った。
《見ろ》
《これが真実だ》
《人は結果しか見ない》
《理由など誰も興味がない》
《だから信頼は幻想だ》
幸村が叫ぶ。
「違う!」
だが。
闇暗鬼は止まらない。
《信じた者は裏切られる》
《仲間は敵になる》
《友情は壊れる》
《絆など存在しない》
その時。
闇暗鬼の力が広がった。
紫の波動。
幸村たちを包む。
そして――
全員の心に疑念が流れ込む。
本当に信じていいのか。
裏切られないのか。
仲間は本当に仲間か。
一瞬。
誰もが動きを止めた。
だが。
その時だった。
「くだらん」
信長が言った。
闇暗鬼が目を細める。
「何?」
信長は笑っていた。
「裏切るなら裏切ればいい」
全員が振り向く。
「人は変わる」
「人は迷う」
「だから面白い」
信長は大剣を構えた。
「それでも信じる価値があるから信じるのだ」
政宗も笑う。
「確かにな」
「疑うだけなら一人で十分だった」
謙信が頷く。
「それでは誰も守れない」
幸村が前へ出る。
「俺たちは信じる!」
命も叫んだ。
「光秀さんは仲間だ!」
闇暗鬼の表情が初めて歪んだ。
《なぜだ》
《なぜ信じられる》
その時。
光秀がゆっくり前へ出た。
静かに。
穏やかに。
そして言った。
「私は知っています」
闇暗鬼が見る。
「何をだ」
光秀は仲間たちを見た。
幸村。
政宗。
信長。
謙信。
命。
風間。
そして微笑む。
「信じるとは」
紫の風が吹く。
「裏切られないと保証することではありません」
闇暗鬼が黙る。
「それでも相手を信じたいと思うことです」
その言葉に。
闇暗鬼の瞳が大きく揺れた。
《……そうか》
光秀は刀を抜く。
影分身刀〈桔梗〉。
紫の光が輝く。
「だから私は」
静かに構える。
「もう疑いません」
次回
第十二話
「闇暗鬼 ―本能寺の真実―」
ついに始まる光秀と闇暗鬼の直接対決。
本能寺で何があったのか。
歴史に語られなかった光秀の想いとは。
そして闇暗鬼が抱える、本当の絶望とは――。




