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第五章 天明八年 春 (五)



 

 伊兵衛が野田家を去った六日後に待望の和之助と須美の子が生まれた。元気な産声を上げた男の子だった。

 須美の産後の体調もまずまず安定していた。

 この時代には赤ん坊の死亡率が高かっただけでなく、お産で体調を崩して亡くなる女も多かったから、まだ気は抜けないものの、母子の様子に、野田屋敷の者は皆一安心した。


  康二郎は産まれて五日後に甥を抱かせてもらった。小さすぎて顔は猿のようだが、鼻は和之助譲りだと思った。つまりは康二郎とも似ている。殿様から受け継いだ鼻だ。

 名前は祖父である殿様が「甲之助(こうのすけ)」と付けた。「甲」は生まれた干支と第一子であることを示す漢字であるうえに、「甲冑」というように硬いものを表すから、丈夫に育つようにと願いを込めたのだ。

 良い命名だと康二郎は思った。



 伊兵衛が去った翌日は、覚悟していたにもかかわらず、控えめに言っても、康二郎は大変寂しかった。

 ぼんやりと午前を屋敷内で過ごし、昼過ぎに道場へ出かけようとしたら、隣で寝起きしている庄次郎が「お供しましょう」と言ってきた。庄次郎は主に和之助の供をしていることもあり、康二郎は断った。

 ところが門の手前で今度は俊三と門番を交代した直後の伊三治に「お供いたしますよ」と言われた。これも次男の俺に供は要らないし、もしも急に殿様が出かけることになったら、供が足りなくなると断った。

 大の男がびーびー大泣きして勢い良く抱きついて押し倒しそうになったうえに、結局泣き止まないまま伊兵衛を見送ったのだから、心配されるのも無理はないと、康二郎は己の昨日の有り様を思い返して思った。

 二人の気持ちはありがたかったが、今更に前日のことが恥ずかしくなった康二郎だった。


  その後も、伊兵衛がいなくなってから連日、康二郎は出かけた。道場で弟弟子を教えている役目と義務感もあったが、何かせずにいられなかった。


 こっそり伊兵衛の新たな奉公先の様子を見に行ったりもした。というのも、鶴蔵が「あれだけ男前だと奥様に気に入られて、あわや不義密通……という罠にはめられかねないですよね」などと言うから、康二郎の心配の種が増えたのだ。

 娘に気に入られて言い寄られ、屋敷に居づらくなることは大いにありうると、年頃の娘のいない家という注文を大和屋に付けた康二郎だったが、奥方に関しては人柄の評判以外は気にしていなかった。

 ――奥様のいない家は少ないし、その方が不味い気がするし、そこは奥様の人柄次第だから……


 伊兵衛が今度勤め始めたのは、大和屋が人柄の良さで自信をもつ麻布の市兵衛町近くに屋敷のある五百石の旗本、村上常之丞(むらかみつねのじょう)なのだが、殿様は御年五十五歳で、奥方は同い年。ここまでは良いのだが、嫡男の助之進(すけのしん)が三十でその奥方が二十七。この嫁がどんな人物か気になってきた。

 伊兵衛は両性から言い寄られ慣れているようだから、相手が女となれば、大抵の場合、うまく立ち回るだろうと思うものの、確かめられればそれに越したことはない。

 こそこそ辻番や近くの町家で村上家のことを聞いて回り、とりあえず器量はそれほどでもないが、人柄の良さが近所に知られている嫁ということは把握できた。子供が三人いて子育てに忙しいらしい。

 ――それなら、たぶん大丈夫だろう。

 このご時世では、そんな康二郎は旗本の素行を調べている公儀の隠密に間違われたかもしれない。

 伊兵衛一家が暮らす木蓮長屋にも様子を見に行きたかった康二郎だが、さすがに気が引けて、実行に移していない。何かあれば大和屋から知らせがあるだろうし、せめて一月は待とうと思って我慢していた。


 進藤修理亮のことは、気になりつつも、大和屋に現状と更なる悪行、幕閣との繋がりについての探索と確認を依頼しただけで様子をみていた。

 これまでのところ、大和屋からは「以前にはよく御見えになっていた茶屋に最近はお出でにならないそうです」という、機を見るに敏いというか、ずる賢さを感じる報告しか届いていないから、動くに動けなかった。


 その大きな原因は、この時までに康二郎が知っていた進藤修理亮の悪行の被害者が、皆、進藤家の奉公人であることだ。となると、公儀は幕臣の屋敷内で何が起こっていようと、一切関わろうとしない可能性がある。毎年、若い奉公人が亡くなるのは明らかに異常だと康二郎は思うが、その事実だけで目付方が動く可能性は、高くないどころか、低いと思えた。

 身分に関係なく誰でも公儀に訴えることのできる方法として、目安箱への訴状の投函があるが、実行に移せるのは幕閣に修理亮や進藤家と関わりのある人物がいない場合だけだと康二郎は思っていた。さもないと、訴状は途中で握り潰されるに違いない。

 野田の殿様が受けた理不尽な御役御免からも、野田家に現れた目付方の様子からも、康二郎は公儀に訴えるには、相手をよく見極め、慎重にことを進めなければならないと思うのだ。

 はっきり言って、康二郎が苦手と自覚していることである。

 頼みの綱は、越中守が幕臣の綱紀粛正に熱心なことと、それ故に隠密が数多く町を彷徨いているという噂だ。康二郎は、その網に修理亮が引っ掛かることを真剣に願っていた。




 伊兵衛がいなくなったことで康二郎を気遣っていたのは、庄次郎や伊三治だけではなかった。

 和之助がずっと前から康二郎が頼んでいたことを漸く実行したのだ。康二郎が好きな和之助の絵、三枚をもう一枚ずつ描くという頼みだ。


 和之助は絵を手渡しながら、「何を企んでいるのだ?」と尋ねてきた。

 前に言ったことを覚えていないようだと康二郎は少々むっとしたが、それも和之助らしいと言えば和之助らしい。

 和之助が最も苦手とすることを康二郎はやろうとしていた。和之助の絵の地本問屋への売り込みだ。

 和之助自身は全く頭に無いことだから、前に言ったときにも聞き流したのだろう。絵はあくまでも趣味として、好きに描いているのだ。

 だが康二郎の目からは趣味で済ますには惜しい、独特の魅力がある絵だった。



 弥生も半ばを過ぎたこの日、康二郎は和之助の絵を入れた袋を手に、久しぶりに芝神明の門前町へやって来た。

 増上寺と芝神明の周辺には地本問屋が多数あり、土産物として錦絵などの一枚絵を多く取り扱っていた。草双紙を出版している本屋もある。


 一軒目では忙しそうな振りをされて全く相手にされなかった康二郎だが、二軒目の甘水堂(かんすいどう)では主人の泉水屋吉兵衛(いずみやきちべえ)が自ら応対に現れた。三十歳くらいのまだ若い主だった。

 康二郎は内心の緊張を押さえつけて言った。

「忙しいところを忝ない。ぜひ見てもらいたい絵があるのだ。私の兄が描いた絵なのだが、率直な感想を聞かせてほしい」

 康二郎は袋から三枚の絵を出した。

 一枚は美人画で、一枚は武士とも神ともつかない男二人が戦っている図、三枚目は水辺で遊ぶ子供達を遠くから捉えた絵だった。

 康二郎は勘で美人画は母、お松を元に作り上げた和之助の理想の女性、二枚目は栄之進と伊兵衛の立ち合いに触発された絵で、三枚目は康二郎が野田家に来てまだ間もない頃、町屋の子供達と溜池の畔で遊んでいたのを描いた絵だと思っていた。三枚とも全く違う雰囲気の絵だ。


  吉兵衛は絵を一枚一枚じっくり眺めた。意外にも一番地味な三枚目の絵を一番長く見つめた。

「この絵は温かいですな。見ていると気持ちが落ちつく。この一番手前にいる、笑顔でこちらに振り向いている男の子は、ひょっとしてあなた様ではありませんか?」

 康二郎は驚いた。

「そうだ。どうしてわかったのだ?」

「兄上様のお心が出ています。愛情を感じる筆遣いです。一番丁寧に、魅力的に描かれている」

 笑顔で吉兵衛は康二郎に言った。

「世間的に数多く売れる絵ではありませんが、とても良い絵でございますね。兄上様は才をお持ちのようです。……が、問題は売れる絵が描けるかどうかでございます」

 康二郎は頷いた。

「世間的にはこちらの二枚だと思うが、見込みはあるだろうか?」

「この動きの捉え方、描き方は面白いと思います。しばらくこの三枚をお預かりしてもよろしいでしょうか。何人か、意見を聞いてみたいと思います。今、いくつか草紙作りの話が進んでおりまして、そのうちのひとつにこの描き方が活かせるかもしれません」

「そういうことなら、もちろん構わない。念のため預り証として一筆書いてくれるか?紙を用意してもらえたら、文言は私が書くから、そなたは署名を頼む」

「承知いたしました」


 吉兵衛はすぐに奉書紙と筆を用意した。康二郎はささっと同じ文言を二枚に書いて、吉兵衛に署名させた。

 一枚は吉兵衛が保管し、一枚は康二郎が持ち帰る。

「あなた様ご自身は、お仕事をお探しではないのですか?」

 吉兵衛は康二郎が書いた預り証を見ながら聞いてきた。着古した木綿を着た弟が一人で兄の絵を売り込みに来たのだから、内職を探している困窮武家と思われたらしい。昨今では全くもって珍しくない。


「探していないこともないが、どうしてそのようなことを?」

「筆耕をおやりになるお気持ちはおありでしょうか?ちょうど今、きれいな読みやすい字を書くお方を探しているのです。子供達が読む赤本*なのに、絵師に字も任せたら、癖が酷すぎまして。字は差し替えようと思うのです」

「私の字は赤本に使えるのか?」

「この筆跡ならば使えますとも。あの絵師とは段違いの上品さと読み安さです。この度の手間賃は蕎麦切りが食べられる程度ですが、ご自身の字が世間の子供達の手本となるのです。それに今後筆耕の仕事が増えそうですし、手間賃も上がるかもしれません。実績を作っておくのは悪くないと存じます」

「赤本なら文字の量はそれほど多くないだろうし、蕎麦切りは好物だから、蕎麦切り代を稼げるのは悪くない。ぜひやってみたい」



 まもなく康二郎は和之助の絵を入れてきた袋に赤本の原画と清書用の紙を入れて甘水堂をあとにした。

 生計として、剣術の代稽古に加えて筆耕が出てきたことに康二郎は喜んでいた。大した稼ぎでなくとも無いより遥かにマシだし、筆耕ができるのは字が上手いということなのだから、子供達に字を教えることもできるなと康二郎は考えた。

 一つ一つは大した稼ぎでなくても、合わせれば、どうにかなる気がしてきた。この流れでは住む長屋は日影町で探すのが良さそうだ。

 甲之助は生まれたばかりだから、すぐに康二郎が野田家を出るわけにいかないはずだが、康二郎はこの年中に出る気でいた。甲之助の無事な成長を信じていたし、何より周りに振り回されることに嫌になってきていた。

 どんなに貧しくとも、自分の意思で生きたいと思っていた。伊兵衛とその家族とも、その方が関わりやすくなると思えた。


 誰かに見られていると確信したのは甘水堂を出てすぐだったが、康二郎はしばらくの間はさほど気にせず、頭の中で屋敷を出る算段を続けていた。

 赤坂の屋敷から芝へ来る途中にも気配を感じた時があったから、気のせいではなかったのだなと思っただけだった。驚きはなかった。








 



* 子供向けの絵本。「赤本」という呼び名は表紙が赤っぽい黄色で売られていたことから。





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