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第三章 天明四年 春 (一)

 

 天明四年の年明け早々、麻布で火事があり、康二郎は母の位牌と木刀を手に、皆と溜池脇の空地(火除地)へと逃げた。油断は禁物と、念のための避難だったのに、思いのほか消火に手間取り、野田屋敷が焼けてしまうのではないかと冷や汗をかいたが、なんとか赤坂の端で火事は食い止められた。


 火事から九日後の大安吉日、予定通り康二郎は元服した。

 烏帽子親は殿様、野田織之助忠正(おりのすけただまさ)だろうと思い込んでいたら、殿様の実家の当主、殿様の兄だった。烏帽子親を補佐する役を担ったのも、実家の家臣達だ。ちなみに和之助の烏帽子親は殿様の上司である奥御右筆組頭だった。


 ――殿様にも兄上がいたんだ……

 このときになってとぼけたことを思った康二郎である。

 婿養子になるということは、大抵の場合、他に男の兄弟がいたからだ。普通は長兄が家督を継ぐ。


 野田の殿様、野田織之助は六百石の旗本、布施太左衛門(ふせたざえもん)の末子で六男だった。家督と父親の名を継いだ次男である兄とは十五も年が離れており、通常の中小姓以下の供に加え、自身の嫡男に用人まで引き連れて野田屋敷にやって来た丸顔の布施太左衛門正重(まさしげ)の髷は、半分近くが白髪だった。


「そちが康二郎か。これはなかなか可愛……いや、男前だの。織之助には鼻くらいしか似ておらぬな。重畳、重畳」

 康二郎を見ると、太左衛門は恵比寿様のような笑みを浮かべ、暖かみを感じさせる声音で言った。

 しかし弟に鼻くらいしか似ていないのを「重畳」というのが、本気なのか、冗談なのか、康二郎にはわからなかった。


「もっと早くに会いたかったの。織之助は何故(なにゆえ)隠しておったのか。わしに取られるとでも思ったか。はっはっはっ」

 康二郎はどう応えればいいのか分からず、ただ畏まっていた。

 布施の殿様は野田の殿様と違って表情は豊かなのに、これまた何を考えているのか康二郎には今一つ分からない。

 ――残る御兄弟も微妙に見た目は違えど、やっぱり何を考えているのかよくわからないのだろうか?

 つい余計なことまで考えた康二郎だった。


 初めて会った従兄弟である太左衛門の嫡男も、気さくに康二郎に声をかけてきた。康二郎の目には、自分とではなく、野田の殿様と従兄弟の気がした。


 康二郎の(いみな)*は「忠重(ただしげ)」と烏帽子親である布施太左衛門が命名した。ちなみに和之助の諱は「忠勝(ただかつ)」である。

「わしとそちの父の諱を組み合わせた名だ。単純だが、親子の契りを示すには最もふさわしい」

 太左衛門が諱の由来を告げたこの時、ようやく自分が野田織之助の息子であることが少しだけ実感できた康二郎だった。深く染み込みはしなかった。不思議な感じがした。

「康二郎、これからは布施の屋敷に気軽に参れ。待っておるぞ」

 帰り際には康二郎の肩に手を置き、目を覗きこむようにして話しかけてきた太左衛門だった。

 康二郎はというと、太左衛門の誘いに素直に「はい」と答えていいのかわからず、中途半端に俯いただけだった。


 火事に続いて野田家には厄介なことが起こっていて、実のところ、康二郎は元服どころではない気分だったのだ。元服の儀式の途中にも、さっさと元服を済ませて、あいつを止めないと……と、思っていた。



 なかなか思うような用人が見つからないのに業を煮やした殿様は、和之助が反対したにも関わらず、大和屋ではなく、知り合いの旗本の紹介で、ある人物を年明けからまずは試しの一月、用人として雇った。これがとんでもない食わせ物だった。

 おかげで元服前の康二郎はやたらと忙しかった。儒学の塾は辞めたものの、年明けからは剣術に加え、近くで馬術の練習と算術の塾通いを始めたため、決して暇になったわけではなかったのに、試しで雇った用人から指図がどんどん降ってきたのだ。

 元服の式を終えた直後に用人部屋へ顔を出した康二郎にも、容赦なく用事を言いつけてきた。

 康二郎は指図が降ってくる度に、内容を吟味し、怪しげな指図は、なんとか食い止めようと努めてきたが、所詮は見習い扱いである。あまり食い止めることはできていなかった。


 問題の試し雇いの用人は、名を原五太夫(はらごだゆう)といった。少なくともそういう名前で現れた。見た目は四十くらいのそこそこ大柄な男で、これまでに旗本の三家で用人をしてきたという触れ込みだったが、そんな経歴が信じられない杜撰(ずさん)さと自分の思い通りにする周到さを持っていた。

 康二郎を用人見習い扱いし、細々としたことは全てやらせておきながら、金銭出納だけはさせないという意図のわかりやすさで、これまでずっと出入りしてきた商人からではなく、新しい連中から物を買い始めた。

 新しく取引先に選んだ商人達から購入する値段はこれまでより高く、いくら全国的な飢饉で諸色高(物価上昇)が続いているとはいえ、康二郎はその選択に納得できず、五太夫は紹介料という名目で金を懐に入れているに違いないと思った。だが、確かな証しをなかなか掴めない。

 そして、康二郎は告げ口のようなことはしたくないと、和之助にそうした不可解な状況を打ち明けるのを躊躇っていた。

 ――又兵衛様が守ってきた野田家なのに……

 相手を言い負かせない己の無力さを噛み締める日が続いていた。


 しかし、とうとう五太夫は和之助の逆鱗に触れた。

 様子見をしていた和之助に康二郎を配下扱いしているのがばれた時が、年貢の納め時となった。康二郎が元服して三日後のことである。

「康二郎は野田家の次男であって、奉公人ではない!」


 和之助を本気で怒らせると、奥様の悋気より遥かに怖いことがわかった一件となる。

 五太夫ののらりくらり戦法を、和之助は数えの十八才にして完膚なきまでに口頭で叩きのめしたらしく、和之助に呼び出された部屋へ入る前はへらへらしていた五太夫が、真っ青な顔をして座敷をよろよろと出てきたのが、しばらく野田家の奉公人達の語りぐさになったほどだ。


 和之助は時をおかずに紹介元の旗本とも話をつけ、一月を待たず、睦月の二十日に五太夫に二度と屋敷へ現れぬよう言い渡した。


 そうして大和屋が挙げた候補者の中から和之助が選んだのは、父親が代官の手代をしていたという、下総の百姓の三男坊だった。年は三十二で、ついこの間まで米問屋で奉公していたという。

 殿様は武士以外を用人として雇うのに難色を示していたのだが、五太夫の質の悪さにとうとう身分に拘るのをやめ、和之助に人選びを任せることにしたらしい。


 和之助に選んだ決め手を康二郎が尋ねると、

「もちろん人柄だ。少々仕事の手は遅くとも、真面目にコツコツやりぬくだろう人物を選んだつもりだ。米問屋では愛想が足りなかったかもしれないが、武家の客応対では真面目さが一番だ。愛想はむしろ害になる。本人は気づいていないようだが、商家よりも武家屋敷向きだよ」


 一方、和之助に選ばれた人物の方は、引き続き商家へ勤めるつもりで武家屋敷での奉公は全く頭になかったから、指名されたのにかなり戸惑ったという。旗本の用人という仕事を紹介されたときの第一声は「刀を差して歩くなど重たいし、恐ろしゅうて……」だったそうだ。

 父親が代官の手代をしていたときには外出時に刀を差していたはずだから、その重さと厄介さだけはわかっているのだ。二本差しで外を出歩くことは少ないという話にようやく首を縦に振ったらしい。外を出歩くことは少ないというのは、客や売り込みにくる商人の応対中心だからである。


 そうして閏睦月の朔日に野田屋敷に現れた鶴三(つるぞう)という男は、背丈こそ康二郎より三寸程高いだけだったが、肩幅の広いがっちりした体躯の、顔も四角くいかつい方の男で、刀を二本差すのは重くて嫌だという話から勝手に華奢な小男を想像していた康二郎の予想は見事に裏切られた。

 考えてみれば、百姓の三男坊である。中規模の百姓だそうだから、小さい頃から田畑の仕事を手伝っていたろうし、米問屋では米俵を一度に二、三個担いでいたのかもしれない。

 ――片方に二本差すのが嫌なだけで、両方に二本ずつ差して歩くのは平気ではないか?

 康二郎の鶴三の率直な印象だ。

 名字は父親が代官手代として働いていた時にも用いていた「土屋(つちや)」と決まった。


 なお、公に名字を名乗ることが禁じられているだけで、百姓や町人に代々使用している名字のある一族は少なくない。戦国時代には武士だった百姓の一族も多いのだ。「土屋」は、鶴蔵の一族が代々名乗ってきた名字である。


 土屋鶴三は五太夫と違い、康二郎にも丁寧に頭を下げて挨拶してきた。

「康二郎様、どうぞよろしゅうお願い申し上げます」

「鶴三さん、私の方こそ宜しく頼みます」

 鶴三の丁寧な挨拶に康二郎も丁寧に辞儀をして答えた時だった。後ろから和之助の声がした。

「康二郎、鶴三に『さん』は要らぬ」


 康二郎はその厳しい口調に驚いて和之助を見た。

 思えば、これが伊兵衛の前で和之助と激しい言い合いをすることになる前哨戦だった。


「もっと早くに正さなければならなかったのだ。俺がのんびりしすぎていた。既に呼び慣れているのを変えるのは難しいし、そのうち変わってくるだろうと思っていた……康二郎、いいな。今後、新たに雇う奉公人を『さん』付けで呼ぶな。呼び捨てにしろ。お前が指図するのだからな」

 康二郎には思いもかけない「命令」だった。

「で、でも……」

「なにが『でも』だ。お前は野田家の人間だ。雇う側なのだぞ。それだから、五太夫もあのようにお前を下っ端として扱って良いと考えたのだ」

「年上の人を呼び捨てにするなど気が引けます」

 和之助が呆れたのがわかった。

「お前は呼び捨てに気が引けるかもしれないが、奉公人側もお前の『さん』付けに気が引けるかもしれないとは思わないのか?」


 康二郎には理解できないことだった。そもそも自分が「野田家の人間」であるという意識が希薄だ。

 康二郎にあるのは「野田屋敷に住まわせてもらっている人間」という意識でしかない。「雇う側」というのも、雇う前の奉公人候補に感じていることで、雇われることが決まれば、康二郎が相手に感じるのは「仲間」意識だ。


「康二郎様、どうぞ鶴三とお呼びください。呼び捨てでお願いいたします。康二郎様にはこの御屋敷のことを色々教えていただかねばなりません」

 鶴三のお店者らしい、気を落ち着かせる合いの手に、その場はそれで収まったのだが、康二郎にはこれまでの振る舞いをいきなり否定された不安が残った。










* 「実名」とも呼ばれるが、日常の呼び名としては使わない。日頃は通称/官位名で呼ぶ。「康二郎」や「和之助」は幼名になるので、元服以降に「又兵衛」や「五太夫」のような名前に変更することが多いけれども、必須ではない。「太左衛門」のように、嫡男は大抵父親(家)の通称を受け継ぐ。

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