第二章 天明三年 冬 (六)
龍三郎と話すようになったのは、塾に通い始めて三月ほど経った頃だった。ある日、龍三郎から康二郎に話しかけてきた。
「康二郎殿は、なぜそんなに縮こまって座っているのだ?」
「なぜって……こんなところにいて良いのかと思うから……」
「払うものは払っているのだから、家での立場や扱いはここでは関係ない。今は旗本の子弟ばかりになっているが、そんな決まりもない。もっとも康二郎殿は野田家の次男坊ではないか。俺などは三男だから、正妻の子でも家での扱いは軽いぞ。兄は二人とも口うるさいばっかりで、ちっとも優しくないし。和之助殿は優しくて弟思いで、羨ましい限りだ」
そうなのかと、康二郎は目から鱗の気分だった。和之助はそんな塾と旗本の家の状況を知っているから、康二郎が弟だと、ことあるごとに口にしていたのだとやっと合点がいった。
龍三郎に羨ましがられるくらい弟思いの和之助は、最初のうちは一緒に間食を食べようと、よく康二郎を誘っていた。そうして龍三郎という友達ができたのを知ると、あまり誘わなくなった。その辺りの気づきと対応の変化は、迅速且つなめらかだった。
和之助とそのご学友と休憩時間を過ごした時には、康二郎は徒士の気分で畏まって会話に耳を傾けていたものだ。
和之助と仲の良い三人の少年は、もちろん康二郎に優しかった。黙々とおにぎりを頬張っていると、さりげなく話しかけてきた。中には「俺の弟とえらい違いだ。和之助が羨ましいよ」と理由はよくわからなかったが、康二郎を誉め殺ししてくる友達もいた。
町屋の子供達とは自分から話しかけてあっという間に仲良くなる康二郎が、武家の子供に話しかけるのがどうにも苦手だったのは、どこかで自分は武士ではないと思っていたからだ。父親が野田家の当主であっても、自分は若様とは違う、武士身分ではないという、理屈ではない感覚がどうにも抜けない。
龍三郎とは小尾家や塾の実情を教えてもらったのをきっかけに、どんどん打ち解けていった。康二郎には初めての武家友達だった。
橋蔵とは龍三郎を通して口をきくようになった。大柄で無口な、犬一匹に猫三匹を自分でちゃんと世話して飼っている少年である。妾腹の子という点では康二郎と同じだが、正妻との間に子供が生まれなかったことと、養子よりは実子という殿様の考えで、橋蔵は五百石の三枝家の嫡男だった。同腹の二つ違いの妹と共に、三枝家に五才の時に引き取られ、そのあとは正妻を養母として育てられていた。産みの母親とは三枝家に引き取られてからは全く会っていないという。正妻は厳しいながらも橋蔵と妹に愛情を注いでくれているが、それはそれで複雑な思いが双方にあるらしい。
どの家にも何かしらの屈託があるのだと、康二郎は思った。
橋蔵は食べ終わるとようやく口を開いた。
「寂しくなるな。だが、俺もそう長くはいない」
康二郎と龍三郎は、橋蔵の突然の発言に一斉にその顔を見た。
「橋蔵も辞めるのか?いつまでも通うところではないけれども……」
龍三郎が心底がっかりした声で言った。
「早合点しないでくれ。すぐにやめるわけではない。あと一年くらいかな。康二郎と同じく元服を機にやめようと思っていたんだが、親にもう一年行けと言われてしまった」
「ここをやめてどうするんだ?康二郎と違って、家の手伝いはしないだろう?」
「ここで学ぶことは俺にはあまり意味がないからだ。朱子学よりもっと別のことを学びたい。龍三郎、お前も言っていたではないか。塾を変えようかと」
「確かに俺も考えてはいることだが……別のことというと、橋蔵は何を学びたいんだ?」
「ついていけるかどうかわからないけども、蘭学に興味がある」
「蘭学!」
康二郎と龍三郎は全く同じ反応を見せた。
「まさかお前の口から蘭学が出てくるとは思わなかったよ!」
龍三郎は笑いだした。
「橋蔵は医者になりたいのか?」
康二郎の頭では蘭学と言えば医術、医者だった。身近にはいないが、野田家のかかりつけ医である金創医兼漢方医の甲山先生の口から、何度か聞いたことがあるからだ。
「蘭学は医術だけではないよ」
康二郎の知識を是正すべく口を開いたのは、橋蔵ではなく、龍三郎だった。
「俺も興味があって少し調べてみたことがあるんだが、まずは言葉を覚えることから始めないといけないと思ったよ……」
「二人ともすごいな。俺はやっぱりまだまだ子供だ」
「康二郎がやろうとしている用人が、生きのびるには一番確実だと思うぞ」
「生き延びるとは、おおげさな」
「おおげさなものか。浅間山の大噴火から続いて起こった飢饉に百姓一揆。来春にはもっと大きな噴火があるのではないかという噂が飛び交い、御老中の評判は落ちる一方だ。上も下もガタガタしてきている。こうなると本当に何が起こるかわからない。こういう時にあちこちで必要になるのが用人ができる人材だ。お役所で唯一拡大を続けている御勘定所がやってることは、用人がやってることとほぼ同じだぞ。どこの藩でも旗本の家でも絶対に一人は抱えているのが用人。優秀なら引く手数多だ。食いっぱぐれないだろう。待遇はよくないかもしれないけれども。身分にこだわらなければ、応用きくし」
「応用きくかな」
「きくさ。大きな家なら、商家でも名主でも役に立つ知識と経験だ」
――商家でも、か……
突然、かつて住んでいた棟割長屋が康二郎の頭に浮かんだ。
長屋で暮らし、棒手振りをしたこともあるのが、自分に用人の仕事へ親しみを感じさせているのかもしれないと、康二郎は思った。龍三郎も橋蔵も用人の仕事など端から頭にないように見えるのだから。
確かに用人はいくら次男、三男でも、旗本の子弟が目指すにしては手間のかかるわりに地味過ぎる仕事だろう。用人の最上級といえる上様の御側用人となると恐るべき政界の実力者だが、これは通常の用人とは全く違った経路でしかたどり着けないお役だ。
確かに世の中が大変なことになっているが、その流れを龍三郎ほど悲観視していなかった康二郎は、今度は自分の考えの甘さや視野の狭さに静かに落ち込んだ。
「塾をやめても、時々会おうぜ」
「どこで会うんだ?俺には金が無いよ」
「外で会えないなら、三枝の屋敷へ来ればいい。二人とも犬や猫は嫌いでなかろう」
それがその日の三人の別れ際の会話だった。
龍三郎と橋蔵は直新影流の剣術道場へ通っているから、康二郎は一人、一刀流の中居道場へ向かうつもりが、学舎の外へ出てみたら、この日も和之助が茂吉をつれて近くの平川天神の鳥居の脇にいた。
和之助が塾をやめて以降は、道場で落ち合うことも少なくなかったのだが、又兵衛が亡くなってからは、毎日、和之助は塾近くの平川天神で絵を描きながら康二郎が出てくるのを待っていた。
昨日は帰りに何度も「もう大丈夫です。明日からは道場で落ち合いましょう」と言ったのに、この日もいた。
「兄上、お気持ちは大変ありがたいのですが、昨日も申し上げたように、塾から道場くらい、一人で行けます。お屋敷からは遠回りですし、明日からはわざわざ塾の近くへいらっしゃらないでください」
塾から道場までは四半刻少々かかるが、歩くことを苦にしなかったこの時代としては、大した距離ではない。
――俺はどれだけ頼りないと思われているんだろう?
怒り気味の康二郎をからかうように、和之助はその若衆髷の頭に手をおいた。
「わかった、わかった。明日からは茂吉だけを寄越そう」
「兄上のお供は誰がするのですか?」
「俺に供は不要だ」
「なに言ってるんですか!俺の方こそ供は不要です。茂吉さん、明日はこれまでどおり、兄上のお供をして、ここへは立ち寄らず、直接道場へ行くようにしてください」
「康二郎、お前というヤツは……」
和之助ががっくり肩を落とし、ボソッと呟いた。
道場へ行ってみると、この日は急遽試合が組まれていた。神道無念流道場の剣客三名が訪れていて、中居道場からは佐々師範代をはじめとする高弟三人が木刀による三本勝負で相まみえた。
徐々に防具をつけて立ち会いを行う流派や道場が出てきていたが、中居道場も神道無念流も防具をつけずに木刀で試合を行うため、一つ間違うと死を招く。従って他道場との試合はめったになく、あれば雰囲気は重々しく、出るのはもちろん超上級者だけである。
康二郎は試合の一挙手一投足に興奮した。最後に立ち会った佐々師範代の強さは特に圧巻で、康二郎の興奮度合いも最高潮に達した。
――これが本物の剣術に剣客だ。
康二郎の目には相手もかなりの使い手に見えたのに、佐々師範代の勝負は三本とも一瞬で決まり、瞬きする間もなかった。
相手が八相から打ち込もうと、青眼から突いてこようと、その木刀が届く前に佐々師範代の木刀が相手の面や胴を綺麗に抜いていた。呼吸は全く乱れていない。
――こんなに強い方に稽古をつけてもらっているんだ……
康二郎は素直に感動していた。自分の幸運に感謝していた。
佐々師範代と依田満助が三本勝ちしての二勝一敗で、中居道場が勝ちを納めた試合を見終わった後に稽古が再開された。
康二郎は興奮冷めやらぬまま稽古に入ってしまい、佐々に今日も浮わついている、素振りで済ませろと言われるのではないかと構えたが、師範代は久しぶりに稽古をつけてくれた。
「試合に良い刺激を受けたようだな。良い目をしている」
確かにやる気だけは身体中にみなぎっていた。佐々師範代ほど強くなるのは無理でも、少しでも近づきたいと心底から思っていた。
いざ稽古をつけてもらうと、予想以上に動けた。時々何をどうすればいいのかわからなかったりする師範代の注意がどれもすぐにピンときた。途中で指摘された「もう少し後ろへ引いて構えろ」というのも、足を後ろへ引いて下がるのではなく、そのままの姿勢と位置で体重をほんの少し後ろに移動しろということだと、すぐに理解できた。佐々も軽く驚いていた。そうなるとますます面白く楽しい。
時の過ぎるのがあっという間だった。
師範代が「今日はここまでだ」と声をかけたときには、日がすっかり暮れていた。冬はあまりに日が短い。
もう終わりなのかとがっかりしながら、康二郎は道場を後にした。
和之助、茂吉と歩く帰り道も、康二郎は試合を見た興奮で普段よりずっと饒舌だった。
和之助も改めて佐々師範代の強さに感心したようで、康二郎がしつこく試合を振り返るのに呆れもせず、相槌を打ったり、
「絵に描いてみたいな。どうやったら、あの刀捌きを絵にできるだろう」
和之助らしい感想を口にした。
寒い冬の夜は店じまいも早い。通りに人気はほとんどなかったが、夜空には満月に近い月が昇り、道を明るく照らしだしていた。三人はそんな夜道を野田屋敷に向かって歩いていた……はずだった。
康二郎達は道場からの帰路は、たいてい久保町から溜池沿いの道に出て新町の入り口で左折し、細長い町地を抜けて馬場で右折するという道を辿っていた。帰りに町屋の店に立ち寄るのを楽しみにしていたからだ。また両側が武家屋敷の道を通りすぎるより変化があって楽しい。
康二郎が何か変だと思ったのは、後ろから聞こえていた茂吉の足音が消えているのに気づいた時だった。町地を抜け、左手に福岡藩下屋敷の塀が長く続き、右手には溜池沿いに畠や火除け地でもある湿地が広がるという、昼間でも静かな道を歩いていたときだった。
茂吉はどうしたのかと振り向こうとした時、いきなり康二郎は胸の辺りを羽交い締めにされ口を塞がれた。大きな手と太い腕だった。




