第二章 天明三年 冬 (一)
* 第二章は、天明三年(西暦1783年)、第一章の五年後が舞台。康二郎は数え十四歳の満十三歳、和之助は数え十七歳の満十六歳になっています。
「ヤーッ」
「おりゃっ」
様々な気合いの声と木刀の打ち合う音が中居道場を満たしている。
「あ!」
康二郎だけでなく、見ていた若様、和之助も声が出た。
振り下ろされた木刀を受け止めきれず、康二郎が尻もちをついたのだ。更に追いうちをかける一撃が、康二郎の目の前でぴたりと止まった。
ギリギリで木刀は止まるとわかっていても、和之助は見ていてこの手の展開はいつも心の臓にくるとぼやいていた。
「康二郎、遅いぞ!もう少し早く繰り出すんだ!左足をもっと出せ!あとほんの一呼吸だ」
「は、はい、もう一度お願いします!」
康二郎は急いで立ち上がると、木刀を握り直して青眼に構えた。
康二郎は、師範代の佐々栄之進に、もう四半刻近くも居残りで立ち会いの稽古をつけてもらっていた。
型を覚えるための組太刀では、佐々にうまく誘導されて少しはできるようになった気にもなるが、立ち会いとなると、歯も何も立たない有り様だ。
栄之進の稽古は厳しいと評判である。この春に元服を予定している、身体つきもまだまだ華奢な少年だというのに、康二郎への稽古は特に厳しく、色々なことが噂されていた。大きくは、康二郎に見処があるからだという栄之進肯定派と、貧乏浪人の息子である栄之進が、棟割長屋に生まれ育ちながら今では三百石の旗本の次男坊、且つ嫡男、和之助の覚えめでたく、その上容姿にもなかなか恵まれている康二郎を妬んでいるのだという栄之進否定派の二つに分かれていた。
心の臓にくると言いながら、いつもしっかり稽古を見ている和之助の考えはというと、「康二郎に見処があるからだよ」であった。
「ちゃんと手加減しておられる。佐々師範代は、妬みから弟弟子をいたぶる稽古をするような、そんな小人物ではない」
康二郎自身も無茶に攻められている感じは全く無かった。むしろ丁寧に欠点を直そうとしてくれていると感じていた。
栄之進の鋭い上からの振り下ろしを今度は受け止めきり、弾いた。弾いた動きから素早く反転して横から返す。栄之進は康二郎の返しを軽く後ろに跳んでかわした。……と思う間もなく、斜め下からまた木刀が空気を切り裂いてきた。なんでこんなに早く下から正確に切り上げられるのだろうと、康二郎がいつも感心する動きである。
康二郎は体勢を崩しながら必死にかわす。そんな無理な体勢からも木刀を栄之進に向けて突き出した。だが無理をした分、木刀は康二郎が思っていたより左へずれてしまった。むなしく木刀は空を突いた。倒れそうになるのを堪えたが、三度めに降ってきた栄之進の木刀を避ける余裕はもうなかった。ぴたりと木刀は康二郎の額から一寸ほどのところで止まった。
「今の足捌きはさっきより良かったぞ。もう少しだな。今日はここまでにしておこう」
ふうっと、康二郎よりも見ていた和之助の方が大きな息をついた。
和之助は剣術に全く熱心ではない。嫌いだから、道場をやめたいと言い出した和之助のおかげで、康二郎は数えの十歳になって間もなく虎ノ御門前の久保町にある中居道場へ通い始めた。当初の予定と異なり、通いはじめるのが塾より先になったのだが、康二郎と一緒に通わせれば二人で出かける楽しみもあり、和之助はなんとか通い続けるのではないかという又兵衛の読みだった。
実際、その通りで、稽古はほどほどにこなし、行き帰りに康二郎と煎餅や饅頭を食べたり、土手でくつろいだりするのを楽しみに、和之助は道場へ通い続けている。
そうした子供らしい楽しみを満喫する一方で、かわいい弟を道場にいる素行の悪い連中から守らなければならないという意識から、康二郎と道場へ通いはじめて間もなく、和之助はぐっと大人びた。これは又兵衛だけでなく野田屋敷にいる者全員の予想外の展開だった。
康二郎の剣術へののめり込みも野田家全員の予想外だったかもしれない。
康二郎は道場へ通いはじめると、あっという間に剣術の魅力にとりつかれていった。兄弟子達の組太刀や立ち会いだけでなく、素振りの練習でさえも食い入るように見た。素振り千回という単純な、たいていの子供が嫌がる練習も、康二郎はやりがいと面白さを感じた。
屋敷でも茂吉の木刀を借りて庭で素振りの稽古をした。端から見ると木刀に振られて見えたが、康二郎は真剣だった。
奥様にはもちろん不評だった。
「この太平の世に剣術にのめり込むなど、無駄で野蛮な」
この前まで和之助の剣術嫌いにやきもきしていたのが、百八十度言うことが変わった。
塾や道場でそれぞれ同年代の友達ができたこともあり、和之助が元服をすませた一昨年からは、以前ほど兄弟で出掛けたり遊んだりはしなくなったが、和之助が康二郎をなにかと気にかけ、庇うのは相変わらずだった。
稽古が終わり、井戸端で康二郎が一人で諸肌脱いで汗を拭き始めると、いつからか常に和之助がそばにきて話しかけるようになっていた。「今日は帰りに何食べる?」など、他愛のない会話である。時には康二郎を井戸の向こうに追いやりながら話す。
同年代の少年たちとワイワイ言いながら顔を洗ったり汗を拭いているときには側まで来ないが、一人の時や二人くらいしかいない時には、必ずといっていいほど側に立ち、話しかけてきた。
康二郎は最初不思議に思ったが、この頃はいつものことと「今日は京屋の饅頭が良いです」などと答えていた。
康二郎からは和之助で道場の方は見えないのだが、実はそこに大抵、三人の兄弟子がたむろしていた。今では背が五尺六寸(約170㎝)の和之助がまだ五尺(約150㎝)に届かない康二郎の前に立ちはだかると、「ちっ」と舌打ちが聞こえることがあった。
和之助は剣術の腕はあまり上達しないが、人の気持ちや性根を見抜く技量はどんどん上達しているらしく、のほほんとしている康二郎に「あの三人には気を付けろ」と、はっきり言ったこともあった。
確かにあまり評判のよくない三人だったが、康二郎は和之助の心配している理由がわかってはいなかった。
「そもそもは僧侶の間で盛んだったのだが、戦のあった時代には武士の間で盛んだった習わし、知ってるか?当時からはずいぶん下火になっているが、好む人は今もそれなりにいて、やってる人はやってることがあるんだが………今では武士や僧侶に限らず……」
と和之助が言いにくそうに言葉を選び過ぎながら言ってきたときには、しばらく考えて「槍ですか?」と答えた康二郎であった。
和之助は「槍か。なるほど……」と返しただけで、それ以上は何も言わなかった。
「康二郎は早めに元服した方がいいかもしれない」とは、和之助が康二郎にある時さりげなく言ったことなのだが、殿様にも進言したのかもしれない。それからまもなく、近々康二郎を元服させようという話が出たのだ。それ以前には、康二郎が秋生まれであることと小柄なことから、満十五歳か、数えの十七で良いのではないかという話すら出ていたのだから、方針の大転換である。
最終的には、間を取ったわけでもないだろうが、もっとも一般的な数え十五才の春と決まった。
康二郎はというと、「元服したら、正式に若様の徒士になるんだろうな」と思っていた程度だった。
二年前の春に数えの十五才で元服した若様、和之助は、今では立派な若者に成長していて、康二郎からはすっかり大人に見えていた。そんな姿を見て、康二郎は自分も早く大きくなりたいとは思ったが、その若様は元服した翌日に、
「人が昨日、今日で急に変わるわけがない」
と青々した広い月代を見せながら、元服前と変わらぬ笑みを見せ、美味しそうに饅頭を頬張っていた。
周囲の扱いは微妙に変わっても、しばらくは相変わらずな若様だった。康二郎の目に大きな変化のあったのは、元服してから半年くらい後だったろうか。何があったのか、康二郎は教えてもらえず、この時もさっぱりわからないでいたが、自分にもいずれ同じようなことが起こるんだろうなと単純に思っていた。




