月の洞窟へ
エグゼ一行は、とある吟遊詩人の前で足を止めていた。
「おぉ、至高なる大精霊王よ、我に力を貸したまえっ!」
それは、伝説の魔法騎士の話し。精霊王と契約し、この大陸を統べるべく、悪鬼羅刹と戦う、史実と虚実を交えた創作劇歌だった。
「これの元の魔法騎士って、エグゼのことかな?」
わくわくした目で、アーニャがソウマを見上げる。
この大陸歴史上、精霊王と契約出来たのは、たった二人だけとだという。
聖エルモワールを建国した、エルモワール一世。
それと、1000の魔法を操る魔法騎士、エグゼ・トライアド
「もしかしたら、エルモワール一世の方かも知れないけど…」
しかし、詩人の歌い上げる魔法騎士の特徴はエグゼと一致する。
「燃えるような金の鬣に、白金の鎧。万の魔法をつかさどる、大いなる魔法使い。精霊の力を宿した剣は、一振りで魔の軍勢を退ける!」
「両方まぜてるのかもね」
苦笑しながら、肩を竦ませるエグゼ。
しかし、その人気はたいしたもので、他の吟遊詩人たちとは比べ物にならない位の人だかりだ。
「われわれ武人の間では、神の如く伝えられていたからな」
ビスタがつぶやく。
「しかし、われわれも頼りすぎていたのだろう。こんなことになるまで、何も出来ないでいたのだから、な」
悔しそうにつぶやく。
過去、ビスタは聖エルモワールの兵士の一人として、ツクヨミの街の警護役の任に着いていたらしい。
ミハエルの魔の手は、このツクヨミの街にも伸びていて、一度は制圧されたものの、対抗組織である『メリクリウス』を立ち上げて、奪還したのだ。
「私の精一杯が、この街一つだった」
しかし、ソウマに負け、TOPの座を譲った途端、ツクヨミより西の地域が一気に『メリクリウス』の傘下に加わったのだ。
「確かに、あの男。ソウマのことは気に食わんが、腕は確かだ」
ふらふら、といなくなり、いつの間にかいろんな町や村で人助けをして、協力を取りつけたのだ。
「そして、貴様だ」
元・伝説の魔法騎士。その力を少しずつ取り戻しつつある。
「この大陸の人間が、どれほど貴様に期待しているか、わかっただろう?」
数多くの人間が、『王政グランベルト』ミハエルの圧政に苦しんでいる。
だからこそ、もとめているのだ。
救世主を。
「僕がそうなれるかはわからないけど……」
いや、エグゼはそうなる気は無いのだ。
自分ほどの大罪を犯した人間が、新しい国でのうのうと暮していいはずがない。
たとえ生き残れたとして、その先は……。
「あ、そうだ、アーニャ」
エグゼがアーニャを呼び止める。
「ん? なぁに? エグゼ」
一歩前を歩いていたアーニャが振り返る。
聖エルモワールの姫君、ミスティライト・フォン・エルモワールによく似た面差しのアラクネの少女。
その美しい宝石のような複眼をまっすぐに見つめる。
「これ……。さっきで店で買ってきたんだ」
そういって、アーニャの頭に髪飾りをつける。
「わぁ…っ!」
手持ちの鏡を見て、アーニャは満面の笑みを浮かべる。
漆黒の髪によく栄える、見目麗美な髪飾り。
「珍しく、魔法付与がされてるんだ。一回だけだけど、アーニャの身を護ってくれるよ」
ついでに、そのシルクのような髪を撫で付ける。
「魔法付与! 大丈夫!? 高かったんじゃない?」
懐事情を心配されてしまった。
「大丈夫だよ」
それに。
戦闘力が皆無なのに、その魔眼の所為で戦場に立つことが多いアーニャだ。
きっと役に立つことだろう。
「ありがとう、エグゼ!」
少女の、無邪気な笑顔。
その笑顔に囚われの姫の面影を見ながら、エグゼは決意を固めるのだった。
(ミスティ様、必ず助けます)
ツクヨミの街の行政を司る、街役場。その中にある大図書館に、神殿への行き方がかかれた書物があった。
年に一度の三日間のバザーが終わり、さらに2日が過ぎていた。午前中は特訓に費やし、午後は神殿の内部に行く方法を探し続けて、ようやく見つけた。
「それにしても、ソウマたちはまだなのかしら?」
アーニャがぶぅ、と頬を膨らませる。
「またぞろ、いろんな町や村に寄りながら、地図でも作っているのだろう」
ふ、とビスタが息を吐く。
「僕らは僕らで、出来ることをやろう」
旅支度を整えた一行は、神殿に入るための準備を終え、歩いていた。
そしてその神殿には、町外れにある洞窟に入り、地下からしかいけないようになっている。「この先に『ツクヨミ』が…」
街の名と同じ名前を持つ『月の大精霊・ツクヨミ』彼女に会うのも何年ぶりになるだろうか。
すでに仲間になっている『日の大精霊・サニー』のぽわぽわとした雰囲気とは真逆の、物静かな精霊である。
あまりうるさくはしたくないのだが、この洞窟は迷路のようであり、また魔物も多数生息している。
先頭をエグゼが。次にアーニャ。殿がビスタ。
罠の類はないので、斥候がいなくても問題ないのが幸いだ。
また、魔物もさして強くない。
『日の大精霊・サニー』と融合を果たさなくても、エグゼが戦える程度だ。
「しかし、まだ続くのか、この狭い洞窟は」
それでなくとも巨体の彼女だ。柄の長いハルバートもこの洞窟では邪魔になる。
「ゆっくり進んで、奇襲にも気をつけなくちゃいけないしね」
騎士のころには、遺跡調査や、洞窟に潜み悪さをする魔物を退治したりもしたのだ。
エグゼは慣れた様子で松明を手に、慎重に進んでいく。
真ん中のアーニャはマッピングに夢中である。
曲がり角があるたびに、右だ左だと話し合い、間違っていたら引き返し、時には待ち伏せしていたモンスターと戦って。
その先には大精霊が待っているのだ。
そんな場合ではないとわかっていても、アーニャの無い胸は躍るのだった。
「ここはまっすぐ!さっき、こっちから来て、右に曲がったから」
遺跡や単なる迷路とも違い天然の洞窟は、曲がりくねって多岐にわたりマッピングも重要だが、神経を削る重労働だ。
突如、曲がり角から、狼が飛び出してきた。
「っ!?」
咄嗟にエグゼが剣を振り上げ応戦。しかし、剣は通路に阻まれ、鈍い音を響かせながら壁に激突する。
しまったと思った時にはすでに遅く、目の前には狼の口が迫っていた。
死。エグゼは覚悟した。しかし。
「この程度のモンスターともいえない野生動物に何をしている」
後方。ビスタのハルバートによる刺突で、目の前の狼は絶命していた。
「気を抜くな! 狼とは群れを成すものだ! まだ来るぞ!」
ビスタの怒号。
エグゼの手にしている『大いなる精霊王の剣』は、洞窟内で振るうには長すぎた。
エグゼはもう一つ持っていたミドルソードを手にとる。
ショートソードとロングソードの間くらいの長さ。
エグゼのために、たたらがエグゼの筋力でも扱いやすいように作ってくれたものだ。
仲間を殺された狼が一斉に飛び掛ってくる。
その数20。しかし、相手はモンスターでもないただの狼だ。落ち着いて対応すればたいして強くも無い。
直線的な動きな動きしかできない上に狭い洞窟内である。得意のコンビネーションも取れない状態だ。
前方から飛び掛ってくる狼たちに、今度は剣を取られないように気をつけながら、小ぶりに振り、時には突きで次々と屠っていく。
しかし、血脂で滑り、切れ味の落ちた剣は、たやすく勝ちを納めさせてはくれない。
最後の1匹は、5回ほど延髄を切りつけないと絶命にいたらなかった。
剣にこびり付いた血糊と脂をぬぐい、鞘に収める。
「しかし、なんだ? 貴様の戦い方は? 先日とはまったく別人のように弱いぞ! 剣の扱いが下手だから、剣もすぐには斬れなくなるんだ! そんないい剣でなかったら、とっくに折れてるぞ!」
「うぐっ! だいぶマシになったと思うんだけどなぁ」
日々の筋力トレーニングに体力強化、さらには使いやすい剣。それらを使いこなせる様になりつつあった。
「だめだめもいいところだ。私のプライドを返せ!」
先日のビスタとの戦いも精霊頼みだ。一気にレベルアップは無理だとしても、もう少し剣技も磨きたいところだ。
自分の今の状態をビスタに説明しつつ、それでも油断無く洞窟を探索していく。
その途中で、ゴブリンに遭遇したり、ほかの野生動物に襲われたり、エグゼに取っては命掛けの戦闘をいくつか越えて、ようやく上がりの階段を見つける。
「他はほぼ行きつくしたし、おそらくこの上が大本命よ」
羊皮紙にマッピングしていたアーニャがつぶやく。戦闘では余り役には立たない非力な少女は、しかし自分のできることはきっちりとこなしていた。
「この上に『月の大精霊』が…」
つぶやくビスタ。普通の精霊なら、まだ『黒いカーテン』が展開される前にあったことはあるが、大精霊ともなると話しは別だ。
神話でや御伽噺の世界でしか聞いたことが無い。
それが実際に会えるとは。
「でも、マッピングを見る限り、まだ湖の真下に出れる位置じゃないのよね」
洞窟から。湖の神殿まで。詳細にマッピングしたが、道が足りてない。
「もしかして、まだ道が続いているのかな?」
慎重に進んで悪いことは無いだろう。一向は戦闘の備えもしながら、ゆっくりと階段を上がっていく。
広い。障害物の一切無い開けた室内。
先程までの洞窟内と違い、ここは人工的に建てられた建造物。
「……。気をつけろ、なにかいるぞ!」
ビスタの怒号が響く。




