作られし魔物
「あれ、ソウマお兄ちゃんは?」
湯浴びを終えたユーノが問う。
「あぁ、辺りを巡回に行ったよ」
たたらは本から目を逸らさず答えた。このあたりの地理と歴史を書いた本だ。
こと広範囲の戦闘において地理を理解しているか、いないかでは大きく戦況に差が出る。
そのことはソウマも承知で、だからこそ時間をかけてでも各地の地図を作りながらツクヨミの町を目指して いたのだ。
そしてこの田舎町を起点に封印の洞窟の真逆に、 森に包まれた洞窟があるという。
ここは忌み人の洞窟と呼ばれ平素近寄らないようにと言われていた。
なんでも『魔女の住処』だったらしい。
その魔女とは呪物を残して無念の死を遂げた魔女に他ならない。その住処ともなれば、魔女の呪いの念が未だに残り続けていることだろう。
それは呪いの杖が町人全員をスライムに変えた時に消耗した呪力を早期回復させるのにはもってこいの場所だ。
「これはいかんな」
念話で一応ティアラとソウマにも伝える。
呪いとはいえ格上の相手 をスライム化できるとは思えないが念には念を、だ。
ティアラには先にこちらに戻ってきてもらおう。
ソウマが洞窟を見つけたのならもう心配はない。
むしろ洞窟が崩されないかひいては山崩れが起きないか、の方が心配だった。
あとはソウマが呪物である呪いの杖を持ってきて、それをまた封印すれば事態は収束するはずだ。
少し気を抜いて本をパラパラとながめる。
しかし人々からお伽話だと思われるほど長い年月がたっても、まだなおこれほどの呪いを蓄えているとは、恐ろしい杖だ。
そこに至るまで呪いが強いのか。
それとも、杖自体に何かあるのか。
隣に座ったユーノも昨夜よりは落ち着きを取り戻している。
今はソウマがおやつに、と作った胡桃のクッキーを美味しそうに食べている。
それを見て、再び本に目をやりそこに書かれていることに、たたらは驚愕を覚えた。
「馬鹿な!!」
立ち上がり一つしかない大きな目を見開いて叫ぶ。
「ど、どうしたの?オネェチャン?」
「たたら?」
「いかん、この町を離れるぞ!」
たたらの手から落ちた本にはこう書かれていた。
『洞窟は魔女の住処である。
魔女は村人の要請があった際すぐさま駆けつけられるようにと町の近くにも出入り口を作った。
洞窟の出入り口は、森の中と町外れの二箇所ある』
と。
(ティアラ! ソウマにすぐに町に戻るよう伝えてくれ!)
空から状況をみていたティアラもそくざに反応する。
ソウマが森から攻めたのであれば必然もう一つの出入り口に逃げ惑う敵が殺到するだろう。
そして。
家を飛び出し封印の洞窟にせめてユーノの避難を、と思い走り出したたたらの前には、三十匹程のゴブリンがいた。
おそらくソウマの襲撃から慌てて逃げて来たのだろう。
そしてその一番奥。
わけのわからない紋様が描かれた布を身に纏い、赤い宝玉のはめ込まれた杖をもった一際大きなゴブリンがいた。
(ウィッチゴブリン)元は魔法を使う個体だったのだろう。
その魂は虚ろだ。確実に作られし魔物、造魔だろう。
こいつがミハエルの使者としてこの町にきてこの事態を引き起こしたのだ。しかし魔法の使えない今、ただ他のゴブリンより頭が良く統率力に優れているに過ぎない。
つまりは雑魚だ。
此度においてはそうは言い切れない。
呪いの杖をもっているのだ。
人をスライムに変えられるほど呪力が残っているのか?
使われたとして、自分たちが抗魔できるか?
そもそも呪いに抗魔が効くのか?
目の前に飛び出てきた獲物を前に、ゴブリンたちは一瞬戸惑ったものの、相手が美味そうなメスだと知って、ニヤリと笑う。
他の人間はスライムになってしまい、邪魔──ソウマたち──が入ったせいで町を蹂躙することもできなかくなったゴブリンどもは、飢えていたのだ。
洞窟の奥から攻めてくる侵入者は強力だが、すぐには洞窟から出てこないであろう。
ならばその前に町から必要なものを奪い、逃げればいい。
そこにこの女どもが戦利品として加わるなら、それは僥倖だ。
小さな頭でそう考える。
しかし誤算だったのは。
「ぎゃぁ!?」
たたらが手にした鉄槌を振るい、ゴブリンの一匹を叩きのめしたのだ。
見た目は幼じ……少女だが、その実1000年近く生きている長命種のたたらである。
かつては冒険者として腕を振るっていたこともあるのだ。
ゴブリンが何匹いようと、物の数ではない。続いて二匹、三匹、と襲いくるゴブリンを軽々と屠っていく。
ゴブリンたちの間に動揺が走る。
完全に見た目に騙された!
ああ見えて敵はかなりの手練れだ!
そう気付いたときには仲間は三分の一が殴り殺されていた。
その時ウィッチゴブリンが杖を掲げ、なにかを唱えている。
杖に埋め込まれた赤い宝玉が怪しげに煌めく。
「くそ!」
たたらが舌打ちをする。
ゴブリンは弱い。かといってユーノという紛れもないか弱な少女を守っている以上、 彼女を置いてゴブリンの群れに飛び込む訳にも行かないのだ。




