大願成就
会社の誰にも私の真の目的に気づかせてはならない。
その思いを胸に私は表面上仕事熱心なサラリーマンを演じ続けた。
部長になった後も私は商品開発以外の何にも興味がないよう振る舞って来た。
人の上に立ち、下の者を指揮する立場にあるが、私は決して彼らを飲みには誘わないし、付き合わない。ただ仕事の時だけ彼らに接している。
徹底的にこの仕事の時間とそれ以外を区別している。別にプライベートな実感を誰にも邪魔されたくないと思っているわけではない。そもそも今の自分にプライベートは存在しない。開発以外の時間は犯罪計画のことで頭がいっぱいだ。これも私の仕事だ。
しかしこの時の私を誰にも見せてはならない。全ては本性が漏れないようにするため。
本性が漏れ、私がこの会社を潰していることが知れれば、全てが終わる。
別にこの会社をクビになることが嫌なわけではない。
今まで苦労の連続な人生にまた失敗を刻みたくないわけでもない。
ただ、私の犯罪計画に傷をつけたくなかったのだ。
犯罪計画に傷がつくこと、それはすなわち犯罪計画を作ることが生きがいの私には誇りを汚されたも同然。
依頼主が私の犯罪計画が使えない、駄作だと評価してしまえば、私は用済みとなってしまう。それは嫌だ。
でも、依頼主は優しい人だ。
きっと私の計画が失敗したところで、私の犯罪計画を蔑むようなことはしないだろう。
彼はこの四年間首を長くして待っていてくれた。私の犯罪計画に差し支えがないよう遠くから見守る形で。
もう犯罪を計画することをやめろとは言わなかった。
最後まで自分の意思、義を貫き通させてくれた。
彼は私が普通の社会人として今を生きていれば、それでいいと言ってくれた。
もしそれが彼の願いならば、私は叶えることができる。この会社で潜入を続けることだ。
しかし私は当初の目的を見失うことはなかった。全てが終われば私自身は捨てられるか、警察に売られるか、処分されるだろうが、きっとこの五年間に提供した私の情報は私が死んだ後もずっと使ってくれることだろう。
それは私にとって誰かの役に立ったと初めて声を大にして言えることであろう。
開発企画部のトップに上り詰めることができた。
私や甲斐部長が通った階級は開発部部長、しかしそのさらに上に開発部と企画部を統括する本部長というのが存在する。その位まで上り詰めることができた。
ここまで六年、それだけの年月をかけて犯罪計画の下準備がついに完成した。
しかしこれからが正念場である。
会社の上層部に手が届くようになった今、ようやく社長を陥れる計画を作ることができるのである。
開発企画部のトップに就任してから社長と面と向かって会う機会が多くなった。
やはりこの会社を一代でここまでの規模に拡大させただけであって、社長には類い稀なリーダーシップとカリスマ性がにじみ出ていた。それに惹かれるように多くの有能な人材が彼の周りに集まっている。
彼に足りないものがあるとすれば、それは常に高みを目指そうとする野心だが、彼には上に立っているという威厳さと存在感を持ち合わせているため、あまり気にならないだろう。
やはり、この会社の業績を落とすには社長の暗殺が一番効果的だろう。
社長は私のように仕事以外のことには興味がないらしい。
この会社を立ち上げたのも生きるために金が必要だったからだと言っていた。
私のこれまでの経験を持ってすれば、彼を暗殺することぐらい容易いだろう。実際に人を殺したっことはないが、頭の中でなんどもシミュレーションしてきた。机上の空論にはならないだろうという自信がどこかにあった。
私はふと、過去のことを思い出した。
「よっしゃあAランクまで上り詰めたぜ! このまま俺は完璧な犯罪を作り上げる。人十人殺しても絶対に捕まらない計画を!」
懐かしい声が脳内にこだました。
「なんだ乗り気じゃないのか克?」
「いや、私はこれまでいろんな犯罪系の本を読んで来た。それで思ったんだ。人は人であるうちは人を殺しちゃならないと」
「どういう意味だ。人が人であるうちってのは?」
「人が人であること。それは理性を保っているかどうかだと私は考える。極端に言えば憎しみや悲しみといった感情が人を狂気へと走らせる原因で、それを理性が食い止めている。しかし、感情が理性を上回ってしまえば、犯罪を犯すまで誰にも止められなくなってしまう」
「私たちは犯罪計画者だが、私たちはいたって冷静だ。理性も正常。私はこれまで読んだ本に登場する犯罪者がいかに自分勝手で欲望にまみれていたかを感じていた。そして私はそんな彼らが怖い以前に人間としてものすごく醜く見えた。しかし私が作った計画で人が死ねば、直接手を下さなくても間接的に人を殺すことになる。それはすなわち私が嫌悪し続けた奴らと同じだということだ。だから私は人を殺す犯罪計画は作らない。私に理性があるうちは」
「よくわからねえな。つまり人を貶めることはしても人を殺すまではしないってことか? お人好しだな」
龍興は小さく笑みを浮かべた。
「ふん、ただ臆病なだけだ。人を殺す決心がどれだけ努力してもつかないんだから」




