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異人  作者: 蒼蕣
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感謝

「前に話したと思うが、君は二人目だ」

「犯罪計画者のことですか」

私もフォークとナイフを置いて静かに依頼主の言葉に耳を傾けることにした。

その顔はいつになく真剣そのものに映った。

「あの施設から買った最初の子。名前はスグルと言っていた。私は彼に依頼した、君と同じ内容だ。そして彼は失敗し、捕まった。いや正確には私が警察に売ったと言った方が正しいのかもしれない。計画者をスケープゴートとして警察に差出せる規定があの施設の取引所にはあったのでな」

「…」

「人でなし、などとは言わないのだな」

「別に。私たちは皆自分のことしか頭にないので、他人がどうなろうと知ったこっちゃないですよ」

「まあいい。彼が捕まってからしばらくして、ふとしたきっかけで衝撃の事実がわかった」

その時、依頼主の声が少しが震えた。

「彼が私の息子だったのだ」

「ご存知なかったんですか」

「ああ、いわゆる隠し子というやつでな公にできない間柄の子供だった」

上流階級の者たちにとってはよくあることなのだろう。私などには縁のない事情だ。

自分でも声が震えているのに気づいたのか、また一口ワインをすすった。

「彼と彼の母親が私と別れた後どうなったか、全く知らなかった。まさか彼があの施設で育っていたなんて。あの時は、いや今もだが私は会社のことしか頭になかったのだ。よく生き別れになった相手でも血の繋がりがあれば、言葉を交わさずとも察することができると聞くが、私は顔を見ても、ましては会話をしても気づかなかった。

自分の親族だとわかった時、私は大金を叩いてでも彼を保釈し、彼の母親の元へ帰してあげようと思った。金で彼が救えるのならと、せめてもの今の自分にできる償いだと思った。しかし…」

今度は彼は両手に拳を握りしめた。

「もう遅かった」

「どういうことですか」

「彼は獄中で死んでいた」

「…」

「書類上は病死となっていたが、調べ上げたら違った。彼は処刑されたのだ」

「…」

私も驚いた。

「あの施設で売られた者たちは計画遂行に失敗し、警察に捕まったら殺されるのだ。つまりあの施設と警察の上層部は手を取り合っていたのだ」

私は理解した。社会の混沌というべきか。

「警察が、犯罪を犯すことを承諾していたということですか」

「どうやら、そうらしい」

どこまでも用意周到だな。あの施設内、売られた後、そして捕まった後、全てにおいて自由など微塵もないのだ。完全という存在しないはずの犯罪計画を作ることに生きがいを感じさせ、そして用済みとなったら処分する。一体あの施設の目的はなんだ。一体何のためにあんなことを。ただ人が死んでいくのを楽しむためか。いや、違う。きっと世の中には他者の命など自分を輝かせるための糧としか見ていない究極の利己主義者がいて、彼らに需要があるからだ。

「私は自分の行為を悔やんだ。知らなかったとはいえ、自分の息子を殺したのだから。いやそもそもあの施設に行ったのが間違いだったのだ! 会社の存続のこととはいえ、人の命と会社を天秤にかけたのだ。そしてその過ちを私は二度も犯してしまった。私はまた自分の欲に負けたのだ」

依頼主は頭を抱えた。

生物は欲には逆らえない。たとえ後で過ちに気がつき悔いたとしても、やがて消え去っていく。だから彼が自分の利益のために私を買ったことを恨んじゃいない。何よりあの施設から脱出でき、今はこんな何不自由ない暮らしを送れているのだ。逆に感謝している。自分は恵まれていると自負している。

「君を買った時にはそこまで後悔に苛まれなかった。しかしこの二年の間に君がどんどん成長し、他の人と何の隔たりもなく交流し、ごくごく普通な社会人としての生活を送っているのも見て、自責の念に駆られた」

依頼主がこちらを見た。その顔は今にも泣き出しそうだった。

「君はあの子と同じぐらいの歳でね。正直親近感が湧いていたんだ。君に与えた名前覚えているか」

「はい、白谷和俊です」

「彼の名前はハクヤスグルという」

「はくや…あ」

「そう、白い谷と書いて白谷(はくや)だ。そして俊敏の俊、君の俊と書いて(すぐる)だ」

彼の思惑が身にしみて感じた。彼は私に俊と同じ道を辿って欲しくないのだ。それなのに彼は私にそのものそっくりの名を与えた。皮肉だな。でも…

私の思いが揺らがぬうちに…

「失礼します」

私は席を立った。

「ま、待ってくれ。だから自分のことを最優先に考えて欲しい。私のことは二の次でいい。この世界で生き残ってくれ」

私は立ち止まり、振り返った。

「お言葉ですが、私は死にます。この世の中には完全犯罪という者は存在しません。たとえそれが成功したとしてものちに見つかる。今の警察は優秀でねちっこいですからね。

たとえばれなくても自分の犯した罪を悔いて、悔やんで、早く苦しみから解放されようと自白してしまう。そんな弱い生き物なんですよ人間は」

「し、しかし計画執行はあくまで私だ。君は犯罪だけ作って去ってしまえば…」

「たとえあなたが捕まったとしてもあなたの周りを捜索すれば私の存在は浮上する。そうすれば私は少なからず教唆の罪で逮捕です」

「ならやはり今からでも遅くない、計画を中止しよう。こちらに戻って匿う。だから…」

「残念ですが、この世界に住み続けて三年以上経ちますが、未だ私の完全犯罪計画者としての匂いは完全にぬぐいきれていません。あの施設での洗脳はそれほどまでに強力なのです。決して逃れることはできない。しかしこの三年で学んだこともあります。今までは言われたことをただ理由もわからず、自分で考えることなくやるだけだった。しかし自我を持つようになりました。この犯罪計画、今はあなたに言われたからやるのではなく、自らの意思で最後まで遂行すると決めました。それは私を人並みに育ててくれたあなたへの感謝の気持ちです。これ以外にあなたに恩返しする方法が私にはありません。

お料理大変美味しくいただきました。ごちそうさまです。では失礼します。」

私は引き留めようとする依頼人の顔を横目で払い、そのまま立ち去った。

ごめんなさい。今はまだ…

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