間者
「とりあえずは、お疲れ様というべきかな」
前までは「ご苦労様」だった気がする。出世したからか。それでも彼の方が立場が上であることに変わりはない。
いつもとは違う風景。真っ暗な締め切った部屋ではなく、小さめのシャンデリアで神々しく照らされたダイニング。白い大理石で作られた長テーブル。そのテーブルに広いテーブルクロスが被されている。横に六人ぐらいは並んで座れるほどのテーブルに私と依頼人は一人ずつ向かい合って座っている。
いつもは部屋が暗くて相手の顔がよく見えないが、今回ばかりは否応にも見えた。
最初に招き入れられたとき以来見ていなかったその顔は三年経った前とちっとも変わっていなかった。
やはり年を取ると三年という歳月は短く感じるのだろうか。
私はいつも会社で着ているスーツ姿で依頼主の家を伺い、食事をするときに上着を脱いでワイシャツ姿になった。
依頼主はなんと言えばいいか、燕尾服のような格好だ。
私は見よう見まねで依頼主と同じく、ナプキンを襟元から垂らし、たくさんのフォークとナイフが並べてある中から依頼主と同じ物を選び、食事に手をつけ始めた。
どこの料理かはいまいちピンとこないが、明らかに高級そうに見えた。
まあ多分フレンチかイタリアンのどっちかだろう。
食材本来の味を楽しむのが日本料理というものに対し欧米の料理はしっかりと火を入れてその料理専用のソースで楽しむ。火の入れ方も料理一つ一つで違うらしい。言葉足らずかもしれないが、それぐらいの知識しか私は持ち合わせていない。
味はともかく、食材の色味が素晴らしい。野菜の自然を感じさせる緑色、そこに火を入れることで野菜に光沢が生まれている。それに付け合わせるソースは赤ワインかそれともベリー系でも主体にしているのか少し濃い赤色そしてそれらがバランスよく盛り付けられているお皿はシャンデリアの灯りを反射するほど磨かれた純白。客への配慮なのか皿自体に少し暖かみを感じる。この色味が芸術を思わせるほどのコントラストを奏でている。などと、かっこいい感想を言ってみたい。
「どうだい、食事は口に合うかい?」
「はい」
正直いうと、味なんてわからない。この場所でこんな相手とこんな食事をするという事実だけで私の味覚は閉ざされてしまっている。最近私はよくこういう緊張を体感している。それは人と接しているからだ、慣れてくるさと依頼主に言われた。
「さて、食事しながらで構わないのだが、君の現状を聞かせてくれるかな」
「はい。順風満帆というべきでしょうか。会社にもうまく溶け込み、部下や上司からも徐々にではありますが信頼を得てきています」
「顔が随分変わったね。前は獲物を狩る狼のように常に生きるのに必死な目つきをしていた。でもこういう明るい社会に出たことでそんな邪悪な心が浄化されてきたのかな」
「そう言ってもらえると何よりです」
心なしか表情が和らいだ。それは依頼主が私に優しく語りかけてくるからだと思う。
「今は相手を食らうのではなく、思いやるような優しい顔つきだ」
「犯罪計画については随時作成中です。この立場になり、上層部にも顔が聞くようになりました。社長の趣味嗜好なども徐々にわかってきています」
「そうか…邪悪な心が尽きかけている君にこんな重荷を背負わせてしまってすまないと今更ながらに感じてしまう」
「いえ、あくまで私の目的は犯罪計画を作ることですから」
いくら表面上は浄化されたと言っても心の核はまだ光を一切通さない闇に包まれていることを自覚している。
「こんなことを言うのはアレかもしれないが、いっそ犯罪計画などやめてうちの会社に入ってくれないか。今の君の実力なら十分この会社で活躍できる。もちろん私と君の中だ、優遇しよう」
「引き抜きですか。嬉しい限りですが私の目的を見失うわけにはいきません。完全犯罪を作り終えるまでは潜入を続けます」
「辛くなったらいつでも言ってくれ。部下や上司を騙し続けるのはいくら君でも辛いだろう」
「…」
私は言葉に詰まった。核心をつかれた気分に陥ったのだ。
その姿を見ていた依頼主は静かにワインをすすった。
「あの…一ついいですか」
私は今日ここを訪ねてからずっと感じていたわだかまりを拭うため、依頼主に質問をした。
「なんだね」
「なぜそんなに優しく接してくれるのでしょうか。私は使い捨てのただの犯罪クリエイター。そんな私に人なりに接してくれるなんて」
「少し…昔話をしようか」
そう言って依頼主はフォークとナイフを皿の上に置いた。




