里帰り
「ご無沙汰しております」
「やあ、久しぶりだね。ここの社会の生き方にももう慣れたかな」
「おかげさまで…」
私は軽くお辞儀をした。上司という立場になってから責任を追及されることは多くなったが、頭を下げる機会は少なくなっていた。
あいも変わらずこの部屋は暗い。相手の顔を識別もできないほどに。
カーテンの締め切った部屋、広い部屋とはいえ、窓の外が見えない部屋は息苦しく感じる。
まだあの施設での名残が抜けていないのだろうか。
「聞くところによるとあなたの会社も来月行われます合同発表会に参加するとのこと」
当たり障りのない発言に気を配らなければいけないのは大変だ。
「その通りだよ。一応、我が社も大手玩具メーカーだからね」
シルエットの方から声がした。
「ご依頼の件の一環として聞いていただければ幸いなのですが、御社の評判を上げるために弊社の情報を横流ししようと思ったのですが…」
「それは大変ありがたいことだ」
その言葉を境に依頼主は黙った。早速情報を話せということだろう。
「わが社が発表する商品はスリーウェイかるたです」
「…」
依頼主は無反応だった。代わりに相槌を打っているのかもしれないが、暗闇ではわからない。
「今回のテーマは親子仲良く遊ぶことのできる商品ということで一人では遊べないかるたを選びました。スリーウェイかるたとは成長する子供に沿って三段階の遊び方ができるということです。具体的に申しますと幼児には擬音語を多く取り入れ、日頃からよく耳にする言葉を使ったかるた。小学校に上がると知識の幅が増えるので無造作に選んだものではなくて、一つのテーマに絞ったかるた、今回は動物かるたを起用しました。そして小学校高学年になればさらに知識や経験を積み、より複雑な遊びを楽しむことができます。そこで考えたのが坊主めくりです。これは子供だけでなく今まで俯瞰的に子供の成長を見て喜んでいた親たちも実際に参加して親子共々楽しむことができます。この三種類の遊びを一つでできるという商品です」
「なるほど。さすがは玩具メーカーの新生。考えることが革新的だ。これに負けない商品を私たちも早く作らなければな」
「恐れながら、もう発表まで一ヶ月を切りましたがどんな商品を出すか決めておられるのですか?」
「ああ、だがこれを聞いた上で再検討しようと思っていたところだ」
「申し訳ありません、もっと早く報告できればと思ったのですが、早すぎても発表の日には改良に改良を重ねて全く別の商品を紹介することになるかもしれないと思いまして」
「いやいや、謝ることはないよ。顔を上げてくれ」
依頼主からは私の姿が多少なりと見えているのだろう。私の後ろの扉は全開で、外の廊下の光が差し込んでいるのだから。
「只今お出した情報ももしかしたら一ヶ月後にはさらに進歩したものになっているかもしれないので…」
「大丈夫だ、わかっているよ。その辺も考慮して検討させてもらうとするよ」
「あまり、お役に立てなくて申し訳ありません。企画の段階で没になった商品をいくつか教えようとも思ったのですが、没になったものを教えるのも失礼かと思いまして」
私は再度頭を下げた。
「何、我が社も一時期は最大手と言われていたんだ。アイデアを出すのは慣れているよ。それよりわざわざ情報を教えてくれてありがとう。確かもう課長だったね。立場的には君を慕ってくれる人も大勢いるんじゃないかな」
「はい」
「心が悼むかね?」
「いいえ、たとえ仕事にのめり込んでも自分の任務を忘れることはありませんから」
「そうか。やっぱり君を選んで良かった」
依頼主はやっぱり優しい。そんな優しい言葉をかけられたのは何年振りだろう。まるでふるさとに帰ってきたみたいな気分だ。
「恐縮です」
「もう少し君の昇進話を聞きたいが、君も私たちも忙しいからね。ここまでにして話はまた今度、発表会が終わってからにしよう」
「では…失礼します」
「検討を祈ってるよ。一ヶ月後の発表会もそして君の犯罪計画も」
「ご期待に添えるよう精進いたします」
私は振り返ってもう一度お辞儀をして、静かに去った。
「犯罪計画…」
これが私の生きる道…




