腹を割った話
休日のある日、買い物に行く以外は滅多に外に出ないはずの私は小洒落たカフェにいた。
横文字だらけでよくわからないが、人気と書かれていた紅茶を頼んだ。
どことなく立ち寄ったわけではない。寄り道はしない主義だ。
店内の雰囲気が気に入ったから入ったわけでもない。殺風景な施設で育ったせいもあり、どちらかというと場違いな気がする。
店内は数少ない照明によって薄暗く点り、気持ちを安らげてくれる音楽が流れている。
店に入るときソファに座るか椅子に座るか聞かれたが、私は別にここに休憩しに来たわけではないので椅子を選んだ。
こげ茶というべき色をした椅子、テーブルも目の前のソファも床もこげ茶だった。
テーブルをじんわりと照らすアンティーク風の照明だけが、オレンジ色をしていた。アンティーク風といったが、もしかしたらビンテージ物なのかもしれない。ただ私には特に魅力的には感じなかった。
私の家はほぼ白一色なせいか、この場はより一層暗く感じた。
ここに来た客は優雅なひと時を堪能するために来ているのだろう。
一人客が大半を占めている。常連だろうか。
彼らは新聞や本を持参し、頼んだ飲み物を片手に静かに読んでいる。
私は先ほども言った通り、別にここに来たくて来たいわけではなかった。
待ち合わせをしている、石川棗と。
しばらくして、彼女は現れた。
「ゴメン、待った?」
彼女と会うのはこれで二度目だが、どことなく最初に見たときより大人びているように感じた。
「ごめんね、せっかくの休日に」
「いえ、社会人ですから。基本的に休日にしか時間取れませんから」
「うふふ、相変わらず真面目だね」
笑顔で明るく振舞っているが、どうやら中身は違うようだ。空元気のように感じる。
彼女はアイスコーヒーを注文した。
それと同時に私の紅茶が私の前に置かれた。
色は照明が暗いせいか、はたまたカップが白いせいか黒く見えた。
まだ湯気がぼうぼうと立ち込めている。
流石に少し冷ますべきだろうか。それにこういう時はマナーとして相手の飲み物が届くまで飲むべきではないと会社の面接対策として買った本で読んだ。
「私ね、親いないの」
顔を暗くして言った言葉がそれだった。
第一声にしては衝撃的な言葉だろう。普通は最近どう、などと場を和ませてから切り出すものではないのか。
もともと顔見知りというだけで深い中ではない。初めてのプライベートの会談で気まずい状況がより息苦しく感じた。
私の心情などつゆ知らず、うつむいた状態で彼女は自分の過去を語り始めた。
彼女は届いたアイスコーヒーに目もくれず、話し続けた。
私は小さく“お先に失礼します”と言ってから、紅茶をすすった。
施設でよく飲んでいたレモンティーより味の深みと高貴な香りを感じたが、特に違いはわからなかった。
「克くんがいなくなってすぐのことだった」
私は彼女の話を真剣に聞いた。
彼女が私に救いを求めているのだとわかったからだ。私一人の力で彼女を救えるかは別として…
「交通事故でね、死んじゃったの」
私も親はいない。正確に言うといるのだろうが、どこにいるのかわからない。探そうと思えば探せるだが、親にあってしまうと犯罪計画に支障をきたすかもしれないと思い、捜索はしていない。
「小六ってやっと身の回りのことを理解し始めた年だからさ、親が死んだって聞いて私は泣いた。死を受け入れてしまったの」
もしかしたら、私の親も私が死んだと聞いて泣いたのだろうか。
「もう少し幼ければ、もう少し大きくなるまで私に隠していたかもしれない。たとえ事実を聞いたとしても現実逃避できたかもしれない。だけど私わかっちゃったの、親はもういないって。受け止めきれちゃったの」
こんな話を私にしていいのだろうかと疑問に思った。弱みを見せれば付け込まれる。調和を重んじる人間の世界ではなく、弱肉強食がモノを言う生物全体の世界として当然の理りだ。
「私はすぐに親戚に預けられた。そこはここから遠く離れた場所。自然に囲まれた綺麗な場所っていうと聞こえはいいけど、はっきり言って貧しい田舎って感じだった」
「生まれてからずっと都会で生きて来た私にとってそこは外国と同じだった。全く知らない環境で、全く知らない人たちと一緒に暮らす。不安でたまらなかった」
彼女の会話の始めを聞いただけでなんとなくわかった。彼女は私と似ていると。私と境遇が似ていると。
もしかしたら私たちは互いを慰めてくれる存在ではないのか。
私はそう、直感した。




