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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【七章連載中】  作者: 村本 凪
胡蝶が舞うは夢か現か

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まどろみの隊列は深く鋭く

「最悪は最悪でも、ド級の最悪だけは回避出来たか......?」


 正面から迫ってきた大型悪魔は吹き飛ばし、翔はすぐさま周囲の状況を確認した。


 本来なら日魔連の陣地であった筈の場所は、多くの死体が積み重なる地獄と化していた。


 物理的な攻撃で、多くを欠損した死体。魔法的な攻撃で、苦悶の表情を浮かべた土気色の肌の死体。契約魔法で操られたせいで、味方を傷付け味方に引導を渡された死体。翔も出来る事なら、長く眺めているのは避けたかった。


「俺の結界は、発動にも解除にも時間がかかる! 大部分の魔法は抑えているから、とにかく結界の一番外側に避難してください!」


 だが、この場が一時的に収まったのは、翔の擬井制圧(ぎせいせいあつ) 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)が起動しているからだ。結界を解除出来ぬ理由を伝えねば、内部に取り残された魔法使いは不安に駆られるだろう。悪魔の力を抑えている伝えねば、出られない状況と合わさって恐慌状態になるだろう。


 だから翔は惨状を目に焼き付けながら、適切な指示を下すしかなかった。彼が判断と指示を誤れば、いとも容易く状況は悪化するのだから。


 (......思った以上に擬井制圧 曼殊沙華が大(・)き(・)く(・)な(・)っ(・)ち(・)ま(・)っ(・)た(・)。夢の悪魔達がそこまで意図して攻撃を仕掛けたんなら、さすが創造魔法使いの魔王としか言えないか)


 夢の魔王陣営からすれば、翔という創造魔法使いの存在は想定の域を出なかった筈だ。だが、彼らはまるで悪魔殺しの負担を増やすかの様に、決戦が近付いたタイミングで攻勢に出た。瞬間的だが、支配領域を倍増させた。


 これが夢の魔王の指示によるものだとしたら、完璧なリスクヘッジと言えるだろう。


 支配領域が広がったせいで、翔は擬井制圧 曼殊沙華を想定よりも巨大化させねばいけなくなった。そして、巨大化させればさせるだけ、維持には魔力が湯水の様に使用されていく。


 創造魔法使いは、やろうと思えば何でも出来る。だが、どんな行いであろうと、やるからには多量の魔力を消費する。同じ創造魔法使いであるからこそ、夢の魔王 空虚の狙いは的確だった。


「それに......切り替えが早すぎんだろ!」


 翔の擬井制圧 曼殊沙華を知る悪魔は、現世でダンタリアとハプスベルタの二体だけ。だというのに結界の構築と魔力の放出が始まった段階で、多くの夢の悪魔が伊勢神宮に退いた。分が悪いと踏んで、やすやすと支配領域を手放した。


 これが戦争の絶えない魔界の判断能力であり、意思統一が果たされた一国の軍隊の強みと言えるだろう。


 さらに、大部分が撤退したものの、中には戦場に残った者達もいる。それらは見るからに堅そうな外皮や筋骨隆々な肉体を有し、翔たった一人に向けて陣形を形成しつつある。


「ダンタリアの言った通り、内向きの変化魔法使い共って訳か」


 彼らこそが広範囲魔法への対策となる、内向きの変化魔法使い達で構成された軍隊に違いない。


 彼らの役目はただ一つ。この鬱陶しい魔力干渉の結界を破壊し、再び現世への侵攻を始める事だ。そして、あれほど分かりやすく登場してしまえば、魔力感知が無くとも下手人を見抜くなぞ容易い事だ。


 当初の予定では、マルティナやニナが結界内へ同時に入るつもりだった。けれど、夢の悪魔達による突然の侵攻によって、悪魔殺し達はそれぞれの最速で現場に赴かねばいけなくなってしまった。つまりは到着がバラバラになってしまった。


 背中に乗せてきた姫野は、結界外に待機させてしまっている。本来なら無理を言ってでもついてきて貰うのが正解だっただろうが、それで結界外に悪魔を一体でも取り逃がしてしまえば討伐の手段が無くなってしまう。


 故に姫野は外、翔だけが内に残る中途半端な形が出来上がってしまったのだ。これすら空虚の手の内ならば恐ろしい事この上ないが、こちらについては悪魔殺し達の未熟な面が強く出たに過ぎないだろう。


 悪魔殺し達は焦りのあまり、特殊な状況でありながら本来の陣形にこだわってしまった。そのせいで悪魔殺しという戦力は、内と外に分断される形となってしまった。


 結界内には、味方と呼ぶべき人間の魔法使いも残されてはいる。だが、いずれも精神的に追い詰められて、おまけに魔力切れ寸前の者ばかり。そんな者達を戦力に活用した所で、肉壁にしかならないのは目に見えていた。


 そして、翔が放った避難の号令は、人間だけでなく悪魔達にも届いていた。解除に時間がかかる結界内で、脅威となるのは翔ただ一人。そんな何もかもが優勢な状況を、悪魔達が見逃す筈がない。


「覆い尽くすほどの面制圧をする必要は無い。ただ絶え間なく攻め続け、相手に魔力消費を強要しろ」


 おそらくは残された悪魔達側の指導者が、言い放った命令。それが契機となったのだろう。夢の悪魔達は嗜虐的な表情を浮かべながら、実にお行儀良く翔を攻め立て始めた。


 大きな泡に包まれた怪魚が、攻撃の瞬間だけ泡から牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。目だけが怪しい赤色に発光する影が、鋭い鉤爪で八つ裂きにしようとしてくる。ありふれた中年男性の姿を取る悪魔が、包丁で刺突を狙ってくる。


「っ、この野郎! ぐっ、邪魔、だ! ぶっ飛べ!」


 翔は怪魚の突進を木刀でいなし、影の鉤爪を真正面から弾き飛ばし、中年男性の懐に潜り込んで強烈な蹴りを放った。


 初動への対応とすれば、まさに満点と呼ぶべき動き。しかし、問題は夢の悪魔陣営が、陣形を形成出来る程に多数存在している事。さらに指導者の指示によって、翔の消耗に重きが置かれているという事だ。


 悪魔三体の攻撃は、翔に擦り傷の程度の負傷すら残せなかった。けれど、裏を返せば、悪魔側の被害も中年男性が蹴り飛ばされた程度。いくら悪魔殺しの蹴りだとしても、魔力が伴わない攻撃ではほとんど効果が無いと言えた。


 その証拠として、中年男性はすぐさま起き上がって攻撃を再開してくる。怪魚は空中に浮かび上がって機を窺い、影は文字通り地面の影へと潜り込み始めた。


「想像の範囲に収まってるのを喜ぶべきか? それとも、本腰入れて魔法まで使われ始めたのを悲しむべきか?」


 翔の擬井制圧 曼殊沙華内で許された魔法は、彼自身の魔力由来と肉体に収まる内向きの変化魔法だけ。


 そして、内向きの変化魔法は、術者である本体を対象に発動するものだ。いきなり翔の立つ地面を爆発させたり、空間全体に毒を撒いたりといった芸当は不可能である。


 その点だけをピックアップすれば、翔は得意とする近距離戦に集中出来て幸運と言えるだろう。だが、内向きの変化魔法とて、れっきとした魔法に他ならない。全員が魔法の発動に舵を切ってしまえば、とてもじゃないが動きを追い切るのが難しくなる。


「ぐあっ!?」


 前方からの攻めに対応していた翔が、すぐそばに迫っていた影に気付かず肌を薄く切り裂かれた。


「っ!?」


 さらに痛手へ注意が向いた瞬間に、空中から猛スピードで怪魚が落下してきた。


 幸い怪魚の牙が噛み砕いたのは、数本の髪の毛だけ。されど、怪魚の方も落下の衝撃は、周りを覆う泡が吸収したおかげでゼロへと変換されてしまう。おまけに、遠方へ転がった怪魚は、回転の勢いを活かしてすぐさま空中へ舞い戻ってしまった。


「クッソ! 手応えがねぇ!」


 加えて初動に参加していながら、翔からただ一人だけ反撃を喰らった中年男性。彼は彼で、ここまできても一発とて攻撃を当てられていなかった。それどころか、十発は反撃を貰っていた。


 だというのに、中年男性は倒れない。すぐさまむくりと起き上がり、何事も無かったかの様に攻めへと合流を果たしてくる。どう考えても、防御的な魔法が発動しているのは明らかだ。翔も出来る事なら中年男性を無視して、他の悪魔に対処をしたかった。


 けれど、動きが拙いとはいえ、中年男性は包丁を手にしているのだ。腹部を刺されでもしたら、致命傷は確実。おまけに相手は自身の防御力を活かして、真正面から捨て身の攻撃を繰り返してくる。


 そのせいで一番脅威度が低いながら、一番対処を迫られてしまう形となってしまっている。無視をしたいのに、無視を許さないポジションへと中年男性が収まってくる。


 これこそが、多様性の強み。ベリトの様な単一の群体では表現出来ない、各々の個性を活かした攻めと言えるだろう。翔は得意とする近距離戦でありながら、僅かな時間で劣勢を自覚出来る程に追い込まれていたのである。


「このままだと、押し潰される......!」


 翔が一番に成し遂げなければいけない目標は、現世が切り取られる事の阻止。そして、翔が倒れるか結界が壊されてしまった時点で、その目標はご破算となってしまう。


 こんな序盤で、自分が倒れる訳にはいかない。


 翔は自分だけが標的とされている状況を活かし、擬翼を展開すると空へと脱出を図った。少なくとも空中ならば、地上程の包囲からは逃れられると思ったのだ。


「......人(・)材(・)が豊富すぎんだろ」


 だが、空中とて自由には程遠かった。


 翔を執拗に攻め立ててくる怪魚に、ペリカンの様な口とカンガルーの袋を持ったコウノトリ、さらには曇りガラスが施された天窓そのもの。そういった悪魔達がひしめき合い、地上から逃げ出した彼を待ちわびていたのだ。


「やってやる......!」


 絶望的な状況でありながら、翔は闘志を奮わせて木刀を強く握り込む。待ちわびる応援の気配は、いまだに感じられなかった。

次回更新は11/3の予定です。

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