始まったのは端正な蹂躙
その攻勢は唐突だった。
戦場の緊張感こそ消え切らぬものの、一方で大望の悪魔殺し到着が予告されていた日魔連陣地。油断していた部分は、どこかにあったと言えるだろう。
「うわあぁぁ!?」
「な、なんだこの数は!?」
だが、油断をしていなければどうにかなったのかと問われれば、答えは否だ。なぜなら、悪魔の数が多すぎた。一度目とは比べ物にならない悪魔達が、魔法使い達を狙って押し寄せてきたのだから。
「落ち着け! 落ち着くんだ! やみくもに暴れ回った所で、悪魔の思う壺だ! まずは後退して陣形を立て直せ! ありったけの結界を起動しろ!」
「魔法の威力に自信がある奴は、狙いなんて定めず伊勢神宮に向けてぶっ放せ! これだけの規模なら、どんなノーコンだろうと命中する!」
中には冷静な戦術眼を持つ者や、人を動かすのが上手い者もいた。彼らの指示が全体の何割かにでも浸透すれば、日魔連側の立て直しも可能だったかもしれない。
「ガッ!?」
「ごふっ.......」
だが、いくら悪魔が人間を見下していようと、優秀な将を野放しにしておく脅威は理解している。彼らはここに来て、持ち得る秘策を必勝のために切ってきたのだ。
「こっちにも悪魔が......! あぁ、こっちにも......!」
「魔法の威力と命中精度を求める大会かぁ。気合の入った召喚魔法が的に込められてるせいで、イマイチ命中率が上がらないなぁ......」
「何だ、こいつら......何を口走ってやがるんだ!?」
「バカッ、あの虚ろな目を見ろ! どう考えても、契約魔法の術中に嵌ってる!」
夢の悪魔達も、何の準備もなく攻勢に入った訳では無い。いや、詳細を語るのであれば、一度目のぶつかり合いこそが秘策を仕込む準備であった。
一度目のぶつかり合いで主力となったのは、主に契約魔法使いの悪魔達だった。発動条件や発動準備を必要とするものの、一度発動すれば堅い防御すら貫通して魂を侵す呪いと呼ぶべき魔法だった。
戦場で精神を壊すだけの契約魔法なら、一度目のぶつかり合いで人間側の被害者を増やすだけに留まっていただろう。けれども、彼らは狡猾だった。契約魔法の条件だけを整え、魔法の発動自体は遅らせていたのだ。
人類側も戦場に参加した魔法使い全員に魔力感知を行えば、あるいは夢の悪魔達の狙いが看破出来たかもしれない。だが、一度目の戦いは被害が大きく、負傷者の傷を癒す事にリソースが割かれてしまった。発動準備だけが整った契約魔法が、魔法使い達の体内や魂に残されているとは思わなかった。
その結果として起こったのが、一度目のぶつかり合いに参加した魔法使い達の錯乱。日魔連の連合部隊は、一挙に内と外へ敵を抱える事になってしまったのである。
「不眠、前に出過ぎだ。消灯、もっと魔法の適用範囲を広げろ。未知、一体を始末するより陣地を広げる事に集中しろ」
「ぐっ、明らかに一度目と動きが!」
「敵は組織立っている! こちらも集団で動かなければ、一方的に蹂躙されるだけだぞ!」
さらに日魔連の悲劇は続く。
一度目のぶつかり合いは、夢の悪魔達からすれば準備に過ぎなかった。調子に乗りすぎた悪魔を捨て駒としてぶつけ、いくつかの人間に時限式の契約魔法を仕込むのが目標であった。
そして、二度目となる今回は本命。夢の魔王は世界そのものを顕現させ、夢の国に所属する大多数の悪魔を顕現させた。その中身は有象無象で、弱体化込みなら人間以下の悪魔も含まれている。けれども、彼らを有効活用できる将軍達も含まれるのだ。
このまま攻め続けるだけで蹂躙出来そうな混乱であるが、将に率いられた悪魔達は無理攻めを行わない。
始祖魔法使いに遠距離攻撃を行わせ、契約魔法使いに混乱を助長させる魔法を使用させ、召喚魔法使いの使役する使い魔達を使って兵力を誤認させ、変化魔法使い達によって強固な前衛を用意する。
人類も人魔大戦という災禍に対抗するため、日々の努力や魔法の洗練を欠かした事は無かったであろう。だが、彼らの戦いが常日頃から行われる事は無い。最後の最後にしか、彼らが戦力として用いられる事は無い。
けれども、悪魔側は日常が戦争だ。弱き国に同盟国家総出で兵を送り込み、国家の繁栄を促すために外郭の悪魔を狩猟するなど、命の取り合いが基本であった。一息とて気の抜けない世界が日常だった。
どれだけ数でそれっぽく整えても、中身は新兵と熟練の老兵くらいに差がある。ましてや、老兵だからって能力が落ちる事は無い。より魔法と技術を洗練させ、殺しに特化していくのが悪魔の生態である。
ただでさえ質で負けているのに、戦況で大敗していては勝つ事など不可能。人類は戦況からすれば穏やかだが、ゆっくりと押し込まれていく。そして、夢の悪魔達が魔法を使用していく事で、世界に夢の魔力が染み込んでいく。現世が夢の世界へと変容していく。
「どうして、このタイミングで......!」
「早く、悪魔殺しはまだ来ないのか!」
もはや組織立った戦闘を行えているのは、極僅かな集団だけ。派閥の括りなどまるで機能しておらず、優秀な人材が自然に寄り集まって防御陣地を形成しているだけだ。
だが、どれだけ優秀であろうと、彼らはただの魔法使い。悪魔殺しとの実力差は言うまでもなく、防御が成り立っているのは悪魔側が大局的な陣地奪取に目を向けているおかげに過ぎない。
それとて、悪魔側が満足してしまえば一転する。攻勢を留めて陣地の安定に舵を切れば、一瞬で魔法使い達の立場は最悪へ叩き落される。
錯乱していない事から、彼らの中に一度目を戦場で経験した者はいないのだろう。しかし、惨状を目にする機会はいくらでもあった。悶え苦しみ、まるで地獄の責め苦を味わうかの様な死体の話は何度も耳にした。
このままでは、二の舞となる。自分達が同じ役割を担う事となる。
そうならぬために出来る事は、人間の魔法使い程度には何も無い。ただ生を繋ぎ止め、悪魔殺しの到来を祈るくらいしか出来ないのだ。
そして彼らとて、願いが儚き夢である事は分かっている。
悪魔の大攻勢が本部に伝えられて数分。それだけの短い時間の中で、戦況はここまで悪化してしまったのだ。そこから悪魔殺しに連絡が届くまで数分、到着までにさらに数分か。とてもじゃないが、耐えられるとは思えなかった。
「おい! 右側の結界が薄くなってるぞ! もっと魔力を込めろ!」
「この血まみれの顔を見ても、同じ事が言えんのか! とっくの昔に魔力切れ寸前まで、魔力は込めてやってんだよ! 後は俺がポックリ逝って、役割に穴が開くだけだ!」
「誰か! 他に右へ回れる奴はいないのか!」
「どこもかしこも限界だ! っ、マズい! 大型が真正面から突っ込んできやがるぞ!」
すでにどこの防御陣地も、限界寸前であった。気紛れな魔法を受け止めるだけで精いっぱい。本腰を入れられれば、枯葉の様に吹き飛ぶ防御力しか残されていなかった。
とある防御陣地に迫っていたのは、そんな気紛れの一つである突進。悪魔側には、防御陣地を貫いてやろうという意思は無かった。最短経路だから、多少の障害物なんて気にしないと考えているだけだった。
「も、もう駄目だ!」
「うわあぁぁぁ!」
また一つの防御陣地が、気紛れな攻勢によって終焉を迎える。そんなありふれた終わりが、魔法使い達へ訪れようとした時だった。
「擬井制圧 曼殊沙華えぇぇぇ!!!」
突如として、上空で声が響いた。その声に呼応するかの様に、青白い十字架が何本も生成されていった。
十字架は徐々に弧を描いていき、最終的にドーム状へと変化した。そして、十字架それぞれの中心部に開いた穴からは、あり得ないほど高密度の魔力が放出されていく。ドーム全てを覆い尽くすほどの魔力が、内部に向かって浸透していく。
「ぐっ!? 何だ、この魔力......!」
「魔法が......クソッ、使い魔共まで.......!」
それまで蹂躙を楽しんでいた悪魔達が、手の平を返したかの様に苦しみの声を上げ始めた。
「潮時か......動ける者のみ撤退。ここからは専門チームの仕事だ。繰り返す。動ける者のみ撤退。弱者は捨て置け!」
弱者を戦力に変換していた将達が、迷わずに撤退を判断した。
「遅れてすみません! 大丈夫でしたか!?」
そして、防御陣地に突撃をかまそうとしていた大型悪魔が、少年の一太刀で叩き伏せられていた。フィジカルで勝るだろう体躯が、二回りは小さな人間に力負けを喫していた。
こんな現象、人間の魔法使いで起こせる者など一握り。そして、そんな貴重な人材なんて、ただの見張りに配置される訳がない。本部からの応援が、こんな短時間で到着する筈も無い。
ならば、答えは一つしかない。
「まさか、君は......」
「悪魔殺しです。こっからは、悪魔の好きにさせません!」
少年は青白い木刀を片手に、奇妙な形の翼を操作して空へと舞い上がる。その力強さと安心感は取り残された者達に、幼き日のスーパーヒーローを連想させるには十分な光景だった。
次回更新は10/30の予定です。




