契機となったのは戦力の到着
「町の風景に異常はまだ無いか。これなら、旅行客も気にせず楽しめるかな」
「なに呑気な事を言ってんのよ。異常が無いって事は、誰も危機感を抱いていないって事。私達がしくじったら、大した抵抗も出来ずに町が飲み込まれるって事なのよ?」
「それは......」
「まぁまぁ。翔だって、この先の戦いを勝ち切る自信があるから言ったんだよね? だから、戦いの前に言い争いは止めとこうよ」
「デュモンさんの言う通りよ。今回の戦いは、それぞれが受け持った仕事を完璧にこなす事が大前提。下手な不審を生む言い争いは、百害あって一利も無いわ」
「......言い過ぎた。悪かったわ」
「お、おう」
リムジンに乗って観光地を眺めるという初の経験をしながら、悪魔殺し達は決戦の地である伊勢神宮を目指していた。
運転手はマルティナの所属する教会関係者。教会本部によるバックアップもさることながら、下手に日魔連の一派閥が悪魔殺しと関係性を構築しないようにする大熊の計らいでもあった。
ただでさえ日魔連の構成員達は、伊勢神宮の動向に神経を尖らせている。そして、数多の出血によって、親しい人物や頼れる上司を亡くしている。
ここで悪魔殺しの到着を知ってしまえば、不必要な期待をかけてくる場合がある。あるいは、どうして今更になってと怒鳴り込んでくる可能性がある。
そんなトラブルに巻き込まれないためにも、悪魔殺し達の移動は秘密裏に行われなければならなかった。彼らは希望であると同時に、都合の良い暴力装置でもあるのだから。
「大熊さんの話だと、いまだに夢の悪魔達は動き出していないんだったか?」
「そうね。教会の独自調査でも、不気味な沈黙を保ったままだと言われたわ」
一度目の戦いを終えた後から、はや十数日。よっぽど戦力が底を突いてでもいない限りは、二度目の襲撃を仕掛けるのに十分な期間が空いていた。
けれども、夢の悪魔達は仕掛けてこなかった。盤石な支配を確立した伊勢神宮に引きこもり、ただの一度も散発的な襲撃さえ実行しなかったのである。
「世界を顕現させるのが、よっぽど無茶だったりしたのかな?」
「それなら私達には喜ばしいけど、逆に一度目が威力偵察だった可能性もあるわ」
「えっと......ボクとマルティナがベリト相手にやったような?」
「えぇ。それよ」
人類からすると、伊勢神宮の内部は全くの未知だ。夢の魔王が世界の支配にもだえ苦しんでいるかもしれないし、なんなら攫われた魔法使い達が八面六臂の活躍で生き残っているかもしれない。
だが、姫野が言った通り、予想以上の盤石な支配を確立している場合もあり得る。一度目はベリトが用いたような、捨て駒による何らかの調査だった可能性もあるのだ。
「わざわざ悪魔側に、人間について知りたい事があるのかよ?」
「よっぽど傲慢な奴でも無い限りは、あるに決まってるじゃない。例えば一般的な魔法使いの実力。例えば魔法関連設備の防衛力。例えばどこまで藪を突けば悪魔殺しが飛び出すか」
ふと出た翔の質問は、マルティナによってバッサリと即答された。
ベリトのような悪魔なら、人類の動向など毛ほども気にしなかっただろう。だが、ダンタリアのような悪魔なら、どんな些細な出来事も記憶に刻み込もうとするだろう。
夢の魔王がどちらに分類されるかと考えれば、おそらくは後者。直近で痛い目を見て、わざわざ現世に自分の世界を顕現させる魔王だ。行動のスケールで勘違いされがちだが、おそらくは慎重で用意周到な性格の可能性が高い。
そして、魔王は理解した筈だ。ただのぶつかり合い程度なら、悪魔殺しは出張ってこない。ただのぶつかり合い程度で、人類は攻めっ気を完全に失ってしまった事を。
「それだとボク達の威力偵察がそうだったように、次の攻めが本気の可能性が高いって事だね?」
「えぇ。いくら国家単位の兵力を有してると言ったって、現世で暴れ回る事が可能な悪魔は一握りの筈よ。そして、そんな悪魔を湯水のように消費させるのは、相手だって痛みが伴う選択の筈」
「つまり、次の戦いが事実上の最終決戦って事よ」
次の攻勢は、間違いなく本気の全力投入になる。幸いなのは、その一手に悪魔殺しの到着が間に合った所か。
日魔連構成員の消耗は激しかったが、そのおかげで悪魔殺し達も万全の準備を整える事が出来た。あとはお互いの持ち得る手札が、どれだけ強いかの出たとこ勝負。
マルティナの言葉によって、悪魔殺し達が気持ちをあらためた時だった。
「ん? 大熊さんから電話?」
ふと、翔のスマートフォンが鳴動を始めた。それを契機に、マルティナのスマートフォンが、姫野のスマートフォンが。
唯一鳴動を見せなかったのは、ニナが所持するスマートフォン。けれど、これは連絡の原因を予測すれば、理由は簡単に分かる事だった。
翔の通話相手に記された名前は大熊。マルティナには教会関係者。姫野には日魔連関係者。つまりは伊勢神宮の動向を見守っている相手から、緊急の連絡が送られていたのだ。
「もしもし?」
「翔か! 今どこまで進んだ!?」
電話口から聞こえる大熊の言葉には、明確な焦りが滲んでいた。予期せぬ連絡の時点で予測は出来ていたが、間違いなく現世にとって面白くない事態が起こったのだろう。
「もうすぐ伊勢神宮に到着する所です」
「なら悪いが、そっからそれぞれの最速手段で伊勢神宮に突入してくれ! 情報統制は日魔連で絶対にやり遂げる!」
「ちょ、そもそも何が起こったんですか!?」
これまでも日魔連の情報統制によって、隠蔽された悪魔関連の事件は数知れず。けれど、物事に完璧は無い。だからこそ大熊も、極力は人目に付く場所で魔法を使う事は抑えるべきだと言っていた筈だ。
しかし、たった今に下されたのは、その流れとは真逆を行く指示。翔とて理由を聞かされなければ、実行するのに躊躇があった。
「悪魔だ! 夢の悪魔達が、攻勢に入りやがった! 一度目とは比べ物にならない規模の軍勢が、伊勢神宮から飛び出してきやがったんだ!」
「っ!」
その言葉を聞いた瞬間に、翔は同じく通話に出ていた二人と顔を見合わせた。
マルティナの表情には、すぐにでも動き出そうとする行動力が。姫野の表情には、翔への同意が。そして、一人残されていたニナも、三人の表情から異常事態を読み取った。
「車を停めて! それと、ありったけの認識阻害を今すぐ準備!」
「天原君、また背中を借りられるかしら?」
「問題ない! ニナは!?」
「ボクは使い魔の背中を借りる! だから気にしないで!」
出来るだけ人目に付かない場所にすぐさま止められたリムジンから、なりふり構わないといった様子の少年少女達が飛び出してきた。
一人は背中に少女を乗せ、幻想的な青色の機械的な擬翼を生やして。一人は聖書に記されるような神々しい天使の翼を生やして。そして、残った一人は生み出した赤色のオオカミの背に乗って。
「規模が桁違いよ! これだと日魔連の魔法使いだけじゃ、時間稼ぎにもならない! アマハラ!」
瞳に宿した魔力感知によって、大まかに状況を把握したのだろう。マルティナから翔へと指示が飛ぶ。
「分かってる! 神崎さん、飛ばすぞ!」
「えぇ。お願い」
この場で誰よりも機動力を有する翔が、擬翼の放出口から限界まで魔力を吐き出して飛翔を開始する。
夢の悪魔との戦いは、ここにきて急転直下を迎えるのだった。
次回更新は10/26の予定です。




